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カフェにて 2


「待ってくれよ。お、俺なんかにシャルロット王女の悩みがわかるわけないだろう?」


 我ながら上ずった声だ。

 勿論、心当たりなどあるはずもない。

 あるはずもない割に声は上ずる。


「そう、でしょうか? 王女殿下は時折リヒトハルトさまの名を呟きながら熱い吐息をお漏らしになるのですが……」

「嘘ォ!?」

「ふぅ~ん、へぇ~……」


 フィオナ団長が放つ衝撃の事実。

 リーシャの俺に対する疑惑に満ちた視線。


「ちょっ、さすがにそれは有り得ないと思う。聞き違いだよきっと」

「いえ、複数名の者が聞いております。ちなみに私も一度直接耳にしましたので」

「!?」

「……ほほぉ~……なかなか興味深い話ですよねぇ? リヒトさん……」


 いかん。

 リーシャの背後に闇のオーラが蠢いているように見える。

 ゴゴゴゴと効果音までもが聞こえてきそうだ。


「しかもそのご表情ときたら……まるで恋する乙女の如く、バラ色に頬を染めていらっしゃるのです」

「……あらあら~、シャルロット王女さまもお年頃ですもんねぇ~……」

「……」


 最早わざと煽っているとしか思えないフィオナ団長の言葉。

 リーシャの静かな怒気は膨れ上がるばかりだ。

 口は半笑いだが、目はまるで笑ってなどいない。


 うおぉ……怖ぇ~。


「それはまだいいのですが、ひどく塞ぎ込まれる時がありまして……その場合は食事も喉を通らぬご様子なのです」

「それは……心配ですね」


 たちまち真顔に戻るリーシャ。


 以前に拉致監禁された挙句、危うく『くすぐりの刑』まで処されそうになった彼女。

 故に王女を毛嫌いしているのかと思っていたが、別にそんなこともないらしく本気で心配そうな顔をしていた。

 なんともお人好し……ではなく、優しい子である。


「ええ。大好きなデザートもふたつしか召し上がらないのです」


 おい。

 それって充分元気なんじゃ……?


 とは言え、あの快活を絵に描いたようなシャルロット王女が落ち込むと言うのは確かに多少心配になる。

 あんな性格だけに見落としがちだが、王族にはそれなりの苦労や悩みもあるはずだ。


 俺たち庶民ではわかってあげられないような苦悩もあるだろう。


 政治や経済に始まり、果ては国民からの様々な意見や不平不満。

 それら全てを一身に受けるのが王族と言う存在なのだ。


 ちゃらんぽらんな俺には到底務まりそうもない。

 二人の娘にすら振り回されているようでは王になどなれないのである。


 ぺしぺし。


 そんなことを考えていた時、ちっちゃな手が俺の腕を叩いた。


「ん?」

「……」


 無言で俺を見つめる大きな瞳。

 ベリーベリーちゃんが『早くパフェを食べさせて』と、目で催促しているかのようであった。


 自分で食べてもいいのに、わざわざ俺を待っているとは。

 なんとも健気で可愛らしいではないか。


「はい、あーん」

「あーん……むぐむぐ……むふーっ」

「……くっ……ズルいですよリヒトさん。私もベリーベリーちゃんにあーんしてあげたいです」


 愛らしさにたまらなくなったのか、リーシャがベリーベリーちゃんを撫でるべく手を伸ばした。

 彼女の小さい子好きも鳴りを潜めることはないらしい。


「キシャー!」

「ひいっ! ベリーベリーちゃんに威嚇されました! なんでぇ!?」


 繰り出される猫パンチ!


 リーシャの手を引っかこうとするベリーベリーちゃんなのであった。

 そのままリーシャを睨みつけながら俺の腕にしがみつく。


「フフフ、ベリーベリーはすっかりリヒトハルトさまに懐いてしまったようですね」


 俺たちを見守っていたフィオナ団長が、ふと頬をゆるませた。

 むしろ初めて見る彼女の笑顔は、いつもの毅然とした態度からは考えられないくらい優しいものだったのである。

 きっとベリーベリーちゃんを普段から妹のように思っているのだろう。


 俺としては、気性の荒い捨て猫を飼いならしたような気分である。

 同時になんとも言えぬ達成感も得た。


「ベリーベリーは孤児でしたから、親の愛に飢えていたのかもしれません」

「親!?」


 俺を父親みたいに思ってるってことかい?

 いやまぁ、それはそれで嬉しいんだけど、そんな大事なことをさらっと暴露していいんですかフィオナ団長。


 しかし、その親も親だよ。

 こんなに可愛らしい子を孤児にさせるだなんて……

 もし見つけたら思い切り説教してやりたいよね。


「そうだったんだ……ベリーベリーちゃん……私をお姉ちゃんだと思っていいのよ? だからおいでおいでー!」

「キシャー!」

「ひぃぃ! なんで引っかくのー!?」

「私のほうが年上!」

「あ、そう言えば……すっかり忘れてました……」


 懲りない女の子、それがリーシャであった。


「それで? 他に王女はなにか言ってなかったのかい? 悩みに関するようなことをさ」

「そう、ですね……うーん……ちょっと待っていただけますか? 思い出してみます」


 俺の問いに考え込む様子のフィオナ団長。

 瞬時に思考へ没入する集中力は流石であった。


 俺は彼女の邪魔をせず、ベリーベリーちゃんにも尋ねてみることにした。


「きみはどうだい? なにか王女から聞いてるかな?」


 ベリーベリーちゃんは俺の腕の中でプルプルとキノコみたいな頭を振る。

 知らぬという意思表示だろう。


 うーむ。

 それでは八方塞がりに等しい。

 王女にとって、側近中の側近たる白百合騎士団の団長と副団長が揃って知らないのではどうしようもないぞ。

 普段から王女のお世話をしている側仕えの侍女とかに話を聞いたほうが良いのではなかろうか。



 だがその時、全てを覆す事象が起きたのだ。


 ゴーン ゴーン ゴーン


 なんのことはない。

 正午を知らせる鐘の音である。


 パフェを食べ終え、俺の膝の上でごろにゃんしていたベリーベリーちゃんがハッとした顔になった。

 ピンク色の鎧をカチャカチャ鳴らしながらむっくりと起き上がる。

 リーシャと戦闘した時の木製鎧とは違って、当たり前の話だが普段は金属の鎧を身に着けているようだ。


「フィオナ団長! もうお昼です!」

「!」


 思案に明け暮れていたフィオナ団長も、ベリーベリーちゃんの一声で血相を変えた。

 正午に何事かあるのだろうか。


 慌ただしく身支度を整えて立ち上がる二人の騎士。

 ポカンとする俺とリーシャ。


「申し訳ありませんリヒトハルトさま。我々は行かねばならぬのです」

「ど、どこへ?」

「店主さん! このテーブルの払いは白百合騎士団が全て賄うゆえ、請求書を回してください! ではリヒトハルトさま、支払いはこちらに任せてごゆるりと食事をお楽しみくださいませ。これはせめてものお詫びですのでご遠慮なきよう」


 問いには答えず、そう言い残したフィオナ団長は、カツカツとグリーブの音も高らかに颯爽と店を出て行った。

 背筋をピンと伸ばした後ろ姿は流石に団長らしい風格である。


 だけど、シャルロット王女の関係者はみんな話を聞いてくれないんだよね。


「…………」

「ん? どうしたんだいベリーベリーちゃん。団長行っちゃったよ?」


 俺を無言でじっと見つめる小さな姿。

 その姿が一瞬にして視界から消えた。


「!?」


 チュッ


 気付いた時には俺の頬へ柔らかなものが触れていたのだ。


「パフェ、ありがとです!」


 ベリーベリーちゃんはそれだけを言い、とんでもない速度で店を飛び出していった。

 呆然と唇が触れた部分に手をやる俺。


「い、いやぁー……ははは、子供みたいなことするよねぇ……」

「へぇ~……そうですか? 私にはすごく喜んでるように見えますけどぉ?」


 しどろもどろで言った俺に、またもや闇のオーラを纏わせたリーシャが引きつった笑みでそう答えた。


 いかん。

 不可抗力もいいところなのに。


「さ、さぁて、白百合騎士団が支払ってくれるみたいだし、なに食べようかなぁ。ほら、リーシャも好きなものガンガン頼んでいいんだよ」

「もう! ……こうなったら、一番高いのから食べまくります!」



 頬を膨らませながらメニューを睨みつけるリーシャ。



 微妙な空気ではあるが、無駄に豪華な昼食となりそうであった。


 

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