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カフェにて


「…………」

「…………」

「…………」

「……はむはむ」



 えーと。


 なんでこうなったんだっけ?



 ここはお茶やコーヒーがやたらと美味い、俺たち家族行きつけのカフェ。

 そして軽食も出しているのだが、どれもこれも絶品なのである。


 王都へ来てから割とすぐに、たまたま見つけたお店なんだけどね。

 店内の落ち着いた雰囲気といい、その味といい、一発で気に入ったんだよ。


 ここの店主も元々は料理人だったらしく、一流のレストランに勤めていたものの、なんやかんやで辞めたと聞いた。

 境遇も俺とそっくりなのである。


 そんな話を耳にしては、懇意にせざるを得まい。

 なので、それ以降割と頻繁に顔を出していたりするのだ。


 しかし、もっと納得いかないのは、この店がそれほど流行っていないことだろう。

 大手のチェーン店や、安いだけでちっとも美味くない店が幅を利かせているからである。


 良いものが認められない世の中ってのは、おかしいと思うんだよね。

 まぁ、これも時代の流れと言ってしまえばそうなのかもしれない。

 でも俺は、やっぱり良いものには良い値段をつけてしかるべきだと信じているよ。


 って、そんな思いに耽ってる場合じゃないよね。



「……」

「……」


 無言でお茶をすすっているのは、テーブルを挟んで差し向かいに腰かけたリーシャ、そしてなんと、【白百合騎士団団長】のフィオナ氏である。


 俺も同じテーブルの壁際に設置された長椅子に座っているのだが……な、な、なんとぉ!


 我が膝の上には、【白百合騎士団副団長】の小っちゃくて可愛いベリーベリーちゃんが座っているのです!


「はむはむ……もぎゅもぎゅ」


 そしてとっても美味しそうにパンケーキを頬張っているのだ!

 目一杯膨らんだほっぺがハムスターみたいで可愛い!


 いや、ちょっと待って。

 なにがどうしてこうなったのか、本気でわからなくなってきたぞ。



 えーと、俺とリーシャは野菜の苗や肥料を買うために出掛けたんだよな。

 そうだそうだ。

 んで、歩きながら話をしてたわけ。


「えへへー。いい苗と肥料が買えてよかったですねリヒトさん!」

「そうだねぇ、思ったよりも安かったし、家にまで届けてくれるんだから都会ってのはサービスがいいもんだ。ところでどうしたんだいリーシャ。やけにご機嫌だけど」

「そりゃあそうですよ。前回はすっごい邪魔が入りましたからね。今度こそリヒトさんとデートするんです!」

「そ、そうか。(これをデートと言ってしまうのかこの子は……)」

「? なんです?」

「いや、確かにそうかもしれないね。よし、今日はみんなに内緒で美味しいもの食べちゃおうか」

「やったぁ! いいですね!」

「あの時はびっくりしたもんなぁ。まさか王女直属の白百合騎士団が出てくるとは……」


 俺がそう言った時、人混みの中で立ち止まった二人の女性と目が合ってしまったのである。

 やはりと言うかなんと言うか、向こうも即俺たちに気付いた。


「!」

「あーっ!?」

「げえっ! どんなタイミングだよ!」

「出たぁ!?」


 悲鳴をあげる俺たちへ、つかつかと詰め寄って来たのは、言わずと知れたフィオナ団長とベリーベリーちゃんだったと言うわけである。


 俺たちは以前、白百合騎士団の連中に拉致監禁されたのだ。

 それはリーシャを白百合騎士団に入団させるためにシャルロット王女が下知した策略だったのだが、それは俺たちの心に微妙なトラウマとして今も色褪せず残っていた。


 ジリジリと後退る俺とリーシャ。

 逃げだす瞬間を探る。


「ま、待ってください。リヒトハルトさまたちを追っていた、などではないのです! 捕えたりしませんから!」

「団長。いっそ捕まえたほうがいいんじゃないです?」

「こら、ベリーベリー! 失礼ですよ! 今日は違うのです。我々はたまたま警邏けいらに出ていただけでして」


 割としどろもどろに説明するフィオナ団長。

 あの毅然とした団長がこうなるのは珍しい。


 確かに二人とも鎧姿だし、警邏中なのは間違いなかろう。

 相変わらずベリーベリーちゃんの鎧はピンク色でド派手だが。

 それがある意味ではゴロツキやチンピラへの威嚇になっているのかもしれない。


 リーシャ戦を観戦させてもらったし、ベリーベリーちゃんが強いのは折り紙付きだからね。

 フィオナさんは実力が未知数だけど、こちらも強そうだ。

 なんせ団長を張っているくらいだもの。


 ともあれ、俺たちを追っていないと言う言葉に、心底ホッとするのであった。


 シャルロット王女のことだ。

 あれくらいで諦めるはずがないと思ったからである。


 ん?

 だったらなんでフィオナさんとベリーベリーちゃんは俺たちに声をかけてきたんだろう?

 普通にスルーすればよかったのでは?


 そんな俺の疑問はフィオナ団長に届いたらしい。


「あ、あの、ここで再び相まみえたのも何かの縁。少しお話を聞いてくださいませんか?」

「ちょうどお腹が空いたと思っていたところです」


 申し訳なさそうに言うフィオナ団長に対して、何故かドヤ顔のベリーベリーちゃん。


「はぁ」

「えぇ~~! また邪魔が入るんですかー!?」


 既に諦めた俺と、あからさまな不平を漏らすリーシャ。

 ものすごい渋面で『思ったことをストレートに言っちゃう病』を発症させていた。


「どこか静かな場所があるといいのですが」


 リーシャの不平を華麗にスルーしたフィオナ団長の提言に、俺は、このかたも人の話を聞かないタイプなのだろうかと思いつつも『それならいい店があるよ』と答えたのである。

 そこで、こう言っては失礼だが、客も少なく落ち着いて話せるこのカフェに入ったのだ。


 一番奥のテーブル席。

 当り前のように差し向かいで座るフィオナ団長とリーシャ。


 俺は少しウキウキでベリーベリーちゃんと並んで長椅子へ座った。


 フィオナ団長はコーヒー。

 リーシャは紅茶。

 ベリーベリーちゃんは生クリームたっぷりのパンケーキ。


 それを聞いて、なんだか甘いものが欲しくなった俺は、以前娘たちが食べていてとても美味しそうだった品を注文した。

 色とりどりのフルーツが乗ったパフェである。


 そして事件は起こった。

 注文の品が運ばれて来た時。


「リヒトハルトさま。私、これではとっても美味しそうなパンケーキが非常に食べにくいのです」

「ん?」


 隣のベリーベリーちゃんは俺を見上げてそう言った。

 なるほど、テーブルが高くて確かに食べにくそうだ。


「なので、膝の上に座らせてもらってもいいです?」

「!?」


 一も二もなく頷く俺。

 千載一遇もここに極まれり!



 くして冒頭の如く、と言うわけである。


「……」

「……」

「はむはむ……」


 口を開かないフィオナ団長。

 何か言い出しにくいような話なのだろうか。


 代わりに大きなお口でパンケーキを食べるベリーベリーちゃん。

 ほっぺたに生クリームが付いている。

 俺はおしぼりでそれを拭いてあげた。


「子ども扱いしないでください! ……でもありがとうです」


 ベリーベリーちゃんは抗議の声をあげたものの、俺のなすがままになっていた。

 とうとうデレ期が来たとでも言うのだろうか。


 ふむ。

 普段もマリーを抱っこして食べていたからね。

 気付きもしなかったけど、考えてみれば子供には高いテーブルなのかもしれないな。


 ……って、あれぇ?

 ベリーベリーちゃんはこれでも成人女性だったよね……?

 俺もついマリーやアリスと接するような感じになっちゃってるけど……

 ホントに大人……?


 ペロリとパンケーキを平らげたベリーベリーちゃんは、俺のフルーツパフェをじっと見ている。

 もしかすると食べたいのかもしれない。


 俺はスプーンでパフェをすくうと、恐る恐る問いかけてみた。


「食べてみるかい?」


 無言で俺の顔とスプーンを交互に見るベリーベリーちゃん。

 まるで『いいのです?』と尋ねているような瞳へ頷いてみせると───


「はもっ」


 一息に口へ含み、即座に目を輝かせた。

 余程美味しかったのだろう、落ちそうなほっぺを両手で支えている。


 可愛い!

 飼いたい!


 いや、これでは語弊があるな。

 正確には、猫だったら家で飼いたい!

 だね。

 そうか、俺がベリーベリーちゃんに感じていたのはペット的な可愛らしさなのかも。



「……で? 話ってなんでしょう? 言っておきますが白百合騎士団への入団は考えてませんよ」


 俺がベリーベリーちゃんと戯れていると、しびれを切らせたのかリーシャが先に口を開いた。

 しばし逡巡するフィオナ団長であったが、やがて意を決したようだ。



「いえ、その件ではなく……いえいえ、あるいはその件も関係あるのやもしれません」

「へ?」

「ん? 話が見えないね」


 ベリーベリーちゃんにパフェを食べさせながら、つい突っ込んでしまう俺。



「リヒトハルトさま、実はここのところシャルロット王女が塞ぎ込んでおられるようなのです! なにか原因をお知りではありませんか!?」

「はい!? なんで俺に聞くんだい!?」



 驚きで落としそうになったスプーンをすかさず口でキャッチするベリーベリーちゃんなのであった。




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