団欒
「へぇー、こんな都会の学校でも運動会なんてやるんだねぇ」
俺の膝でゴロゴロするマリーの頭を撫でながらわら半紙に目を通す俺。
背後から俺の首に抱き着くアリスメイリスも『くふふ』と笑いながら、気持ち良さそうに顔をすりすりしてきた。
全くもう!
可愛らしい甘えん坊さんたちだこと!
そんな俺たちの様子をコーヒーをすすりつつ優しい瞳で眺めるリーシャとグラーフ。
まさに一家団欒と言えるだろう。
「私の田舎でも運動会はありましたよ。子供たちが少ないから半分以上大人が出てましたけど」
リーシャの言う田舎だが、実は俺と同郷のアルハ村である。
たいしていい思い出もないし、18歳で村を出奔した俺はその事実を誰にも伝えていない。
単に寒村で一生を終えるのが嫌だったんだよね。
リーシャのように目標があって出てきたわけじゃないんだ。
ま、リーシャの言う通り、俺が子供のころも運動会はあったよ。
むしろ大人が率先して参加しまくってたね。
子供のほうがオマケなくらいに。
「あ、おとなもでてほしいって、みりあせんせいがいってたよ。ごりょうしんにでてくれるようにたのんでねって」
「あの学校は生徒不足じゃからのー」
「なるほどね。親御さんも参加するわけか。こりゃあ、マリーとアリスの雄姿をお弁当を作って見に行かなきゃなぁ」
「あの……あっしも出るんですけど……」
「あぁ、そうだった。すまない、グラーフの雄姿も……って、きみも出るのかい? まさか生徒として?」
「へい。ついでに会場の設営も頼まれちまいやして」
「……きみはまるで大工だね……しかし、子供の徒競争にグラーフが交じるのは……」
「あっしもそう思ったんですが、なんでも平等性がどうたらとか……」
ど、どんな教育方針なんだろう……
平等性は確かに大事だけどさぁ。
大人のグラーフがビュンビュン走り回ったら、大差をつけられた子供たちが泣くんじゃないか?
「ふーん、面白そうね。私、出てみたいかも」
両手でマグカップを包むリーシャが不敵に笑った。
リーシャのような若くて運動神経の良い子が出ては、他の親御さんなど形無しだろうと思う。
「まぁ、俺が出るよりはいいかもね。足腰悪いし、ビリになったりしたらマリーたちも恥ずかしいだろう?」
「えぇー!? パパでないのー!?」
「お父さまと一緒に走りたかったのじゃ!」
「えぇぇ!?」
まさか一緒に走りたいなんて言うとは思ってもみなかったよ。
運動神経にあんまり自信ないんだけどなぁ。
「あははは、もう出るしかなさそうですよリヒトさん」
楽しそうに微笑んでいるが、あれは煽る時の顔だ。
「それに、他の子たちのご両親も走るのにリヒトさんは出ないなんて、そんな寂しい思いをマリーちゃんとアリスちゃんにさせるはずがないですよね?」
ほらな!
完全に煽りだよこれ!
「ねー……パパー……」
「……お父さまー……」
潤んだ大きな瞳で俺を見つめる娘たち。
そんな目で見られたら否とは言えるはずもなく。
「ぐぬぬ……わかったよ、俺も出よう」
「やたっ! 作戦通り!」
「わーい! やったー! パパだいすきー!」
「わらわはお父さまを愛しておるのじゃー!」
「ははは……」
正直言って、不安しかないです。
小さくガッツポーズをしているリーシャが恨めしいよ全く。
あぁぁぁ……
本番でコケたらどうしよう……
悶々とした一夜を過ごし、明けて翌日。
「いってきまーす!」
「いってきますのじゃー!」
「いってきやす!」
「みんな忘れ物はないかい!? お弁当は!?」
「もったー!」
「ちゃんとバッグに入ってるのじゃー!」
「大丈夫ですぜ旦那。何か忘れてたらあっしがひとっ走り戻ってきやすから!」
「ああ、頼むよグラーフ。いってらっしゃーい!」
「いってらっふぁーい!」
シャコシャコと歯磨きをしているリーシャと共に玄関から居間へ戻る。
幸い、昨日の畑仕事によるダメージは残っていなかった。
グーラフに力いっぱいマッサージされたのが効いたようである。
娘たちにはうつ伏せになった俺の背中で足踏みしてもらったりもした。
子供ってのは容赦がないからね。
思い切りドスドス踏まれたよ。
まぁ、痛いどころかむしろ気持ちいいんだよね。
そんな俺をリーシャが羨ましそうに見ていたのは謎だったけど。
娘たちに踏まれたかったのか、それとも俺を踏みつけたかったとか……?
はは……まさかね。
「ひひふぉふぁん、ひょうふぁ、ふぉうふるんふぇふか?」
「なんて?」
「ふぉら、ひょうふぁ、ふぁふぁふぇふぉふぁふもふふぉ」
「……口をゆすいできなさい。泡だらけだよ」
「ふぁ~い」
とことこと洗面所へ向かうリーシャ。
ホットパンツに包まれた豊かなお尻を見送る。
若いって、いいよねぇ。
さて、今日は本格的に畑を仕上げなきゃならない。
我が家の食卓事情を貧相なものにするわけにはいかないのだ。
「リヒトさん、さっきの話ですけど」
タオルで顔を拭きながらリーシャが戻ってきた。
顔を洗うためか、頭の両脇を短いツインテールにしている。
「あ、その髪型可愛いね」
マリーやアリスにも似合いそうだよね、と続ける前に。
「えっ!? 本当ですか!? えへへー! 照れますねぇー! でも可愛いって言ってもらえてとってもうれしいです!」
「あ、あぁ、うん、可愛いよ」
頬を染めてモジモジと喜ぶリーシャを見ていたら、とてもじゃないが訂正などできそうもない。
リーシャが可愛いのも間違いないので俺は余計なことを言わないでおいた。
こんなおっさんに言われても嬉しいのかな。
乙女心はよくわからないよね。
「でさ、さっきはなんて言ってたんだい?」
「いやんいやん! ……ああ、そうでした。今日はどうするのかなーと思ったんです。せっかく庭を耕しましたから作物とか決めたいじゃないですか」
「うん、俺もそれを考えてたんだよ」
「わぁっ! これって以心伝心ですよね!」
「そ、そうなるのかな。でさ、ハリソンさんが詳しそうだったし、聞いてみようと思うんだけど」
「そうですねぇ。でも、お店でおすすめとか聞いたほうが早いんじゃないですか? この土地に合ったものとかもあるでしょうし」
「なるほど、それもそうだね。よし、リーシャの意見を採用します!」
「やりました! お手柄だよ私! うん! やったね私!」
自分で自分を褒めるリーシャ。
二人きりだと時々子供っぽくなるのも可愛らしい。
「じゃあ、準備ができたら出掛けようか」
「おー!」
まるで冒険へ出発する時のように拳を掲げる俺たちなのであった。




