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畑を作りましょう


「ただいまパパー!」

「ただいまなのじゃー!」

「ただいま帰りやした」


「ふぅ、もうそんな時間か。みんなお帰り」

「あれっ? 夕刻の鐘、鳴りましたっけ? お帰りなさーい」


 元気に下校してきたマリーとアリスメイリス、そしてグラーフ。

 三人を庭で迎える俺とリーシャ。


 足にしがみついてきた娘たちの小さな頭を手袋を外して撫でる。

 くすぐったそうに撫でられる二人は今日も愛くるしい限りだ。


「さ、着替えておいで」

「はーい!」

「はいなのじゃー!」


 はしゃぎながら家の中へ入って行くマリーとアリスメイリス。

 今日も一日学業お疲れ様。 



 俺とリーシャも別にのんびりと優雅なアフタヌーンを過ごしていたわけではない。

 驚くなかれ。

 俺たちは懸命に庭の一角を耕していたのだ。


 全ては、畑を作るためである。


 ここのところ急騰した野菜の値が、俺を一念発起させた要因のひとつとなった。

 言わば『野菜が高いなら作ってしまえばいいじゃない』の精神だ。


 急激に値上がりした原因はわからない。

 モノによっては突然5倍の値段がついたほどなのだ。


 はっきり言って、我が家の懐事情には大打撃であった。


 だって、うちには食べざかりの子が4人もいるんだよ?

 マリーやアリスはまだ幼いからそれほどでもないけど、リーシャとグラーフは人一倍食べるからね。


 若い子の食べっぷりは見ているこっちが気持ちいいくらいだよ。

 元料理人としては嬉しい限りなんだけどね。


 でも健康や栄養面を考えると、どうしても野菜は必須になってくる。

 となれば、もう自分で作るしかないよね?


 当然、売り物よりは味も落ちるだろうし、そもそも上手く育てられるかすらわからない。


 だけどね、背に腹はかえられないんですよ!

 決して貧乏ではないんだけれども、娘たちの将来を考えたら貯蓄しておきたいじゃないですか!


 ……いや、冒険者なんて不定期収入の最たる職業だもんな……

 ある意味万年貧乏なのかも……


 そんなわけで、地権者であるお隣のジェイミーさんから許可を得て、『庭の一角を畑にしちゃおう作戦』が発動されたのである。


 いわゆる家庭菜園と言うヤツだ。

 この広い庭を生かさない手はないもんな。


 はす向かいに住む絶倫老人ハリソンさんが、昔は農業をやっていたらしく、くわなどの道具を貸してくれたのは幸いであった。

 彼はその農業で財を成し、王都で成功するのはまた別のお話。

 なんてね。


 単に庭でウンウン悩んでいた俺たちを見かねて声をかけてくれたのが彼だっただけなんだけど。

 それでも親身に話を聞いてくれて、そのうえ農器具まで貸してくれたんだからありがたい話だよホント。

 俺はご近所さんに恵まれたなぁ。


 ともかく、俺とリーシャで日当たりのよい場所を選び、えっさほいさと耕していたのである。


 取り敢えず、今日はここまでかな。

 うねもなんとか形になったし。

 明日は作物の種類を決めて、肥料と種か苗を買ってこなくちゃね。


 問題はその作物なんだよ。

 育成が難しい野菜も多く存在するからさ。


 ふむ。

 やはり葉菜類か根菜類がいいのかなぁ。

 特にキャベツやレタスは恒常的に使う食材だしね。

 出来ればジャガイモや人参も欲しいところだけど。


 詳しそうだったし、後でハリソンさんに聞いてみようかな。


「あ゛ぁ~……」


 俺は腰を反らせて伸ばしながら、夕焼けを眺めた。

 かなりシュールな光景だと思うが許して欲しい。


 鍬を何度も振りかぶっては下ろしの繰り返しだったからだろう。

 無闇やたらと腰が痛むのだ。


 下手をすれば明朝は痛みで動けないかもしれない。

 寝たきりな自分を想像し、だんだん気が滅入ってくる。


「あははは、なんだかお爺さんみたいですよリヒトさん」


 赤く照らされたリーシャが俺の隣へ並ぶ。

 夕日のせいか、顔にかかった髪を指ですくう仕草がなんとも色っぽく見えた。


「んー? まぁ、お爺さんの一歩手前みたいなもんだからねぇ」

「あっははは、なに言ってんですか、もう~! まだまだこれからですってば」

「そうかなぁ」

「そうですよ」


 いつの間にかリーシャは俺の左腕にピトッとくっついている。

 肉体労働後の俺たちは、お互いが少し汗で湿っているが、不思議と全く不快ではなかった。


「身体はもういいのかい?」

「ええ、すっかり」


 リーシャは先日海で溺れ、呼吸停止にまで陥ったのだ。

 何度かヒールをかけたものの、完全な回復はリーシャの体力に任せるしかなかったのである。


「あーんな熱烈なキスされたら死んでても生き返りますよ」

「ちょっ、あれはキスじゃないって言っただろう? 人工呼吸はリーシャも習ったはずだよ」

「……じゃあ、ちゃんとしたキスってどんなのです?」

「さ、さぁなぁ。あんまりしたことがないんでわからないよ。試してもいいかい? なんちゃってね、冗談さ」

「…………いい、ですよ?」

「!?」


 俺とリーシャの影がそっと重な…………らなかった。


「ちっともよかぁねぇですぜ!? 旦那と姐さんがそんな関係になってただなんて! あっしは知りやせんでしたぁ! うぉぉ~~ん!」

「きゃあ! どこから湧いたのよグラーフ!」

「うわっ! なんだきみか……脅かさないでくれよ……心臓が止まるかと……」


 グラーフの長身がいきなり俺たちの背後に現れた。

 しかも男泣きしている。


 彼にも海での出来事はきちんと説明したのだが、リーシャ共々誤解したままのようであった。


「パパー! きがえてきたよー! ごはんつくろー!」

「わらわたちも支度を手伝うのじゃー!」


 修羅場(?)に救世主現る!

 スモックを脱いで着替えたマリーとアリスメイリスがこちらへ走って来たのだ。


 ああ、流石は俺の天使たち……

 いや、女神と言っても過言ではないね!


「よしよし、食事の準備をしようなー。今夜は何がいいかなー?」

「えーっとね、うーんとね」

「お腹がぺこぺこなのじゃー」


 俺は娘たちの手を引いてキッチンへ向かうのであった。





「パパ、これね、がっこうからのおてがみなの」

「先生から保護者のかたに渡しなさいって言われたのじゃ」

「あっしもです。保護者と言やぁ、リヒトの旦那でさぁ」


 食後のまったりとしたひと時。

 ソファでゆるりとコーヒーの香りを楽しんでいた俺へ、わら半紙を渡す娘たちとグラーフ。


 俺は思わずコーヒーをブッと吹き出しそうになった。

 三枚とも同じ文章、同じ内容だったのである。


 そりゃ俺が全員の保護者なんだから同じ手紙になるのはわかるんだけどさ。

 どうせなら一枚にまとめてくれたらいいのに……

 ミリア先生も意外とお茶目さんだからなぁ。


 美人で頭が良くて、性格も良いのにお茶目さんとか、完璧すぎるよね……

 ミリア先生のような人を『高嶺の花』って言うんだろうなぁ。

 ま、俺には手が届きそうもないのは確かだね。


「てがみよんでよんでー!」


 首に抱き着いてくるマリーを膝に乗せ、今度は文面をじっくりと眺めた。


 ほう。

 これは……



 わら半紙にはこう書かれていたのである。




 『運動会開催のお知らせ』




 ────と。




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