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禁忌の森


 喉元をガップリと獣に噛み付かれた俺は、糸の切れた操り人形のごとく崩れ落ちた。


「嘘っ!? 嫌あぁぁぁ! リヒトさん! リヒトさん! 返事してくださいよ! このっ! 邪魔よワン公! どきなさい!」

「……おぉお……なんてことだ……リヒトさん……!」


 遠くからリーシャの絶叫とヨゼフさんのかすれ声が聞こえる。

 どうなったんだ俺は……


 ギャヒン


 獣の悲鳴が聞こえ、俺から離れる気配がした。

 リーシャが追い払ってくれたんだろうか。


 すまないねリーシャ。

 せっかく冒険者になろうって誘ってくれたのに、最初のクエストで終わっちまうなんて。

 だけど、その程度の人生だったってのも、俺らしいかな。


 あぁ、首から熱いものがヌルヌルと流れ出して……


 俺は震える手で己の首を押さえた。

 だが、手に触れたのはヌタッとした液体。


 あれ?

 なんだ……?

 うわっ! 

 臭っ!

 獣の涎だこれ!


 あまりの臭さに飛び起きる。

 そんな俺の周囲には、白い欠片が散らばっていた。

 どうやらそれは、砕けた獣の牙らしい。


 首を噛まれたと思ったんだが、あの獣は肩当てにでもかじりついたんだろうか。

 いや、そんなはずはない。

 首に残る感触と涎が、俺の考えを否定している。


 チンピラに殴られた時といい、今回といい、どうなっちまったんだ俺の身体は。


「わぁぁん! リヒトさんが! …………あら?」

「おぉ……これは奇跡ですかな……?」


 起き上がった俺を見て驚愕するリーシャとヨゼフさん。

 俺が一番びっくりだよ。

 誰かに説明して欲しいくらいにね。


 だが、ひとつだけわかることがあった。

 俺はまだやれるってことさ。


「どうぞ、リヒトさんの剣です……って、重っ! とてつもない剣をお持ちですな!」


 落とした剣をヨゼフさんが拾ってくれたようだが、ヨタヨタしている。

 またまた。

 大げさですよ。

 そいつは枯れ枝みたいに軽いんですから。


 俺はヨゼフさんから剣を受け取り、ヒョイと肩に担いだ。

 ほら、軽いもんです。


 さて、残った獣は3匹か。

 2匹はリーシャが仕留め、1匹は俺を噛んで逃げた。

 あれも追わねばまた牛が襲われるだろう。


 だがまずは目の前のヤツらを。


 身を屈め、牙もむき出しに呻る獣。

 もう俺に油断はない。

 慎重に獣の動向を見定め、ヤツが地を蹴った瞬間。


「シッ!」


 短く息を吐きながら踏み込みざまに剣を右へ薙いだ。

 あまりの手応えのなさに、空振りしたのかと不審に思ったほど。

 が、獣は上下にまっぷたつとなっている。


 え、当たってたの!?


「す、すごい……剣筋が全く見えなかったわ……」

「これは……驚きましたぞ……」


 よせやい二人とも。

 そんなに褒めたところで何も出ませんよ。

 出るのは屁くらいなもんです。

 ……いかん。

 これではオヤジギャグじゃないか。


 残りの2匹は俺とリーシャでそれぞれ始末した。

 後は逃げた獣を追うだけだ。


「ヨゼフさんは牛を見ててあげてください。俺たちは逃げたヤツを追います」

「わかりました、あまり奥へは行かないほうがいいですぞ! くれぐれもお気をつけて!」


 ヨゼフさんに見送られ、颯爽と走り出す俺たち。


 ……颯爽としていたのはリーシャだけでした。

 俺の足腰はとうに限界を超えているんでね……

 くそう。

 歳には勝てんよ。


 リーシャは俺のヘロヘロ走りに速度を合わせてくれた。

 先程の一件もあるし、流石に単独行動は控えたのだろう。

 偉い偉い。

 いや、単に俺が情けないだけだな……とほほ。


 おや。

 リーシャが心配そうに俺を見ているじゃないか。

 そんな顔をされたら、俺だってやせ我慢するしかないだろう。

 子供の前で要らぬ見栄を張っちゃうのが大人ってもんだからな。


「ははは、俺はもう大丈夫だよリーシャ。心配いらないさ」

「本当ですか? あんなに思い切り首を噛まれたんですよ? 私、もうダメかと思っちゃいました」

「それより、リーシャこそ怪我はないか? だいぶ奮闘してくれたみたいだし」

「ええ、へっちゃらです!」

「でもさっき、『わぁぁん!』って……」

「泣いてません! 怪我もしてません! ただちょっとリヒトさんが心配だっただけだもん!」


 あれまぁ、頬を膨らませちゃって可愛いこと。

 おじさん、撫でてあげたくなっちゃうよ。


 決して変な意味ではないぞ。

 純粋に感謝の気持ちを込めて、だ。

 善い行いをした子はきちんと褒めるべきだと思うんだよね。


 獣道が森の入口にまで続いている。

 あいつらはあそこから来たのだろう。

 真新しい足跡が複数残っていることからも間違いはなさそうだ。


 そして鬱蒼と生い茂る禁忌の森林へ足を踏み入れた。

 ここからは慎重にならざるを得ない。

 どんな怪物が出るかもわかっていないのだから。


 太い幹の木々が密集し、ひどく薄暗い。

 奇怪な植物があちこちに枝葉を伸ばしている。

 遠くからは不気味な鳴き声が。


 さながら別世界に迷い込んでしまったかのような様相を呈していた。

 これは人間の立ち入って良い場所ではない。

 まさに禁忌そのもの。


 俺の村の大人たちが言っていたのは、満更嘘でもなかったようだな。

 この森へ入ったきり帰って来れないと言う話も、今なら真実だろうと思える。

 それほどの畏怖を感じさせる場所なのだ。


 幸い、あの獣が残した足跡は判別が可能だ。

 地面が柔らかいせいでもあろう。


 願わくば他の足跡と混ざりませんように。


 俺は幸運の神に祈りを捧げる。

 それほど信仰にあついわけではないが、人間と言うものが最後に頼るのはいつでも神なのだ。


「なんだか、怖いですね……」


 いらぬ者を呼び寄せないためか、リーシャが小声で言う。

 その辺りの配慮ができるのも田舎育ちだからだろう。

 なにせ俺も立派な田舎育ち。

 山でばかり遊んでいるとみんなこうなるのさ。


 子供たちだけで行うちょっとした探検や冒険ごっこでも、そこで培われる経験ってもんは意外と大事だったりするわけだ。

 時々モンスターと遭遇することもあったしね。

 とは言っても、せいぜいはぐれゴブリン程度なんだけど。


 今思えば、あんなのでもかなり怖かったな。

 ガキだった俺の目には、やたらと大きく強そうに感じたもんだよ。


 勿論子供だけで闘うなんて出来やしない。

 だからこそ気配を最小限に抑えてやり過ごすのが上手くなったりもするわけだ。


 そうか、田舎育ちも悪いことばかりじゃなかったんだな。

 こんな年齢になってから役立つなんてね。


 それもこれも冒険者になった今だからこそわかったことだ。

 料理人のままだったら理解せぬまま死んでいったと思うよ。

 重ね重ねリーシャには感謝しなきゃならんな。


 などと考えながら黙々と足跡を追う。

 木々を縫うように続く足跡。

 そろそろ森へ侵入してから小一時間といったところか。


「結構奥まで逃げたようですね」

「うん。さっきから妙な気配を感じるし、そろそろ引き返したいところなんだけど……ん?」


 急に視界が開けた。

 とは言っても森の外に出たわけではない。

 ぽっかりとした空間、そこには小さな沼……いや、池があった。

 ここは獣たちの水場かもな。


 そして、その池の縁には横たわった獣が。

 牙がなくなっていることからして、俺を噛んだヤツだろう。


 だらりと長い舌が口からはみ出ていた。

 どうやら既に絶命しているらしい。


 おかしい。

 こいつは何故死んだ?

 牙がなくなったくらいで死ぬものか?


 もしや、別な怪物に襲われた……?

 だとしたら俺たちもやばい。

 まだ近くにいるかもしれないからだ。


「えっ!? リヒトさん! あれ!」


 池を見ていたリーシャが素っ頓狂な声を上げる。

 当然俺の身体はビクッとした。


「怪物か!?」


 と思ったが、違ったようだ。


 脅かすのはやめてくれよ……

 丁度怪物のことを考えていたんだからさ……

 心臓が止まるかと思ったぞ……


「あれ、人じゃないですか!?」

「はい?」


 慌てたリーシャが指差しているのは池の対面だ。

 薄暗い中、俺も目を凝らす。


 うぅ……おじさんになるとね、暗い場所は物が見え辛くなるんだよ。


 だが、確かになにやら白っぽいのが見える。

 服、かな?


 俺とリーシャは忍び足で向かった。

 ここが水場ならどんな怪物が出てきても不思議ではない。

 なんせ俺たちはランク1なんだからな。


「あ、私さっきの戦闘で冒険者ランクが3になりましたよ」

「嘘ぉ!?」


 リーシャは誇らしげにカードを見せてくる。

 確かに3へ上がっていた。


 なにそれズルいぞリーシャ!

 俺は?

 俺のは!?

 ……文字化けで読めませんでしたー。

 はい、お約束ー。



 それはともかく、白っぽいものはやはり服や布の類だったようだ。

 だが、異様に小さい。




「おいおい、これは……!」

「……子供じゃないですか!」




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