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流されて


 唐突ですが。



 俺たちは現在。





 海に来ています。




「うーーーみーーーー! きゃー! ありすちゃんつめたいよぅ! あはははは!」

「そりゃそりゃー! マリーお姉ちゃんに攻撃なのじゃー! くふふふふ!」


 元気に海水を掛け合うマリーとアリスメイリス。


 マリーは金髪を頭の両脇でふたつにまとめ、自ら選んだピンク色の水着姿である。

 シンプルなワンピースの水着なのだが、腰回りに施されたレースのフリルがなんとも愛らしい。


 普段は青系の色を好むマリー。

 今回ピンク色にしたのはどうやらベリーベリーちゃんの鎧に影響を受けたようだ。


 アリスメイリスも、ゆるくウェーブのかかった薄紫の髪をマリーと同じくふたつのお団子にしている。

 彼女が選んだ水着は、自身の髪に合わせたものか、濃いめの紫色であった。

 こちらは胸の部分にレースのフリルがついていた。

 勿論愛らしいことこの上ない。


「こーらー! 二人とも準備運動はしたのー!?」


 娘たちにそう声をかけたのはリーシャである。


 少し長くなった赤毛をポニーテールにし、俺が贈った金の髪飾りでまとめていた。

 そして………………なんとも大胆な赤いビキニを身に着けたリーシャの肢体たるや。

 なかなかに豊満な腰回りには一応パレオを纏っているのだが、破壊的な眺めに変わりなどなかった。


 こう言う時ってさぁ。

 どこを見ていいのかわからなくて困るよね……

 顔以外に視線を向けると怒られそうだもんな……


 だが、男とは正直なもので、油断するとすぐに胸や太もも、お尻に目が行ってしまう。

 自分でも何故かはわからぬが『あれはズルいよな』と思った。


「いやぁ、リーシャの姐さんはやべぇっすね。反則じゃねぇですかいあれ?」


 俺の横で褐色の立派な肉体を晒しているのはグラーフである。

 普段はそこそこ精悍な顔つきなのに、鼻の下が異様に伸びていてだらしがない。

 まさか俺もあんな顔をしているのはあるまいなと、何度か表情筋を動かしてみたほどだ。


 なるほど。

 反則か。

 俺がズルいと思ったのも反則的だと考えれば納得がいくね。


 それはいいんだけどさグラーフ。

 そのド派手な蛍光イエローのブーメランパンツはなんなんだい?

 やたらともっこりしてるし……

 視界に入れたくないよそんなもの。


 どうでもよかろうとは思うが一応説明しておくと、俺は膝丈まである海水パンツだ。

 色は全員が満場一致した黒。


 俺は緑色を選んだのだが、リーシャ、マリー、アリスメイリスの猛抗議によって却下されたのである。

 いくら【黒の導師】なんて称号を持っていたとしても、海パンくらいは好きな色を選ばせてほしかったものだ。



 ともあれ、こんな格好をしておいてなんだが、俺たちは海水浴をしに来たわけではない。

 結果的にはすることになるかもしれないが本来の目的は違うのだ。


 この身を焦がすかのような煌めく太陽。

 白い砂浜と、どこまでも続く青い海。

 遠くの空には大きな入道雲。


 ここは王都近郊の海水浴場なのである。


 では何故俺たちがここにいるかと言えば、直近に迫った海開きの前に、海水浴場の点検と調査を冒険者ギルドから依頼されたのであった。


 一番賑わうのがこの海水浴場であり、何かあっては困るから、と言うのが副ギルド長ネイビスさんの言い分だった。

 実際、毎年のように何かしらの騒ぎや、海からモンスターが現れる事案が発生していると言う。


 しかし俺にはわかる。

 ネイビスさんは暇そうな俺たちに仕事を押し付けただけだと言うことが。


 未だにシャルロット王女生誕祭の後片付けが終わらず、ギルド職員と冒険者たちはその事後処理や撤収作業に大わらわだと言うことも。


 ま、点検や調査などと言えば聞こえはいいものの、実際は視察と言うか、ただの見回りだからね。

 こちとら気楽でいいってもんさ。

 一応、モンスターが現れたらそちらで対処してくれ、なんて怖いことも言われたけど、そんなことは滅多になかろう。


 それに、娘たちから泳ぎを教えてほしいって懇願されたんだよね。

 どうも級友の中で泳げないのは二人だけらしくてな。

 つまり、俺にしてみれば仕事のほうが『ついで』ってことだ。


「じゃあ、すまないけれど周囲の確認を頼むよ。リーシャ、グラーフ」

「はい。リヒトさんも溺れないように気を付けてくださいよ。若くないんですから」

「任せてくだせぇ!」


 何気なく『思ったことをストレートに言っちゃう病』を発症させるリーシャ。

 若くないことなど俺が一番よくわかっているのだが、やはりデリケートな心へと深く突き刺さる一撃であった。


 リーシャとグラーフは念のため剣だけをび、左右へ別れて歩き去っていく。

 手はず通りの行動である。

 俺が娘たちの面倒を見ている間に、リーシャとグラーフが点検を済ませる算段なのだ。


「パパー! はやくはやくー!」

「こっちなのじゃお父さまー!」

「あぁ、今行くよ!」


 手をブンブン振る娘たちのほうへ歩く俺。

 だが、波打ち際で足が海水に触れた途端、背筋が震えるほどヒヤッとした。


 うぅ。

 思ってたよりも水が冷たいなぁ。

 子供たちはよく入っていられるもんだよ。


 嫌な予感がした俺は一度砂浜へ戻り、念入りな柔軟体操を開始する。

 心臓麻痺でも起こしそうな気がしたのだ。


 リーシャが言った通り、俺はもう若くない。

 外からのダメージは受け付けない身体ではあるが、内部からの痛みは思い切り感じるのだ。


 少し歩くだけで痛みを覚える俺のポンコツな足腰が良い例だろう。

 つまるところ、心臓麻痺は充分に起こりえると考えるべきなのである。


「おいっちに、おいっちに」

「パーーーパーーー!!」

「お父さまーーーー!!」


 待ち切れずに絶叫するマリーとアリスメイリス。

 悠長に体操なんぞしてるんじゃないと言わんばかりだ。


 そんな娘たちも非常に可愛らしい。

 俺はそこそこに準備運動を切り上げ、そろりそろりと足から水に浸かってゆく。


 うひー。

 やっぱり冷たい。


「あははははは! パパあるきかたへんー!」

「くふふふふ、女の子みたいなのじゃ!」


 内股で歩く俺に笑い転げる二人。

 歳なんだから許しておくれ。




「こう? ぶくぶくぶく」

「ぷくぷくぷくぷく」

「そうそう、うまいうまい。まずは水に慣れないとね」


 俺が最初に教えたのは、海水に顔をつけるところからである。

 水への恐怖を無くすことから始めねばとても泳ぎなど覚えられない。


 二人の身体を支えながら注意深く見守る。

 少しでも異変があればすぐに水から引き上げるためだ。


 溺れたら大変だもんな。

 鼻から水が入っただけでも悶絶するほど痛いんだよ。


 しかしそんな俺の心配は杞憂でしかなかった。


 全身を脱力させて水に浮く練習。

 俺の腕に掴まってバタ足の練習。

 そしてバタ足のみで泳ぐ練習。


 短時間で次々とこれらをクリアしていったのである。


 ここまでくればもう泳げると言っても過言じゃないね。

 流石は俺の娘たちだよ。

 運動神経も抜群だね。

 ……俺はそうでもなかったりするけど。


「パパー! みてみてー! わたしおよげてるー!?」

「ああ! とっても上手だよマリー!」

「えへへへ!」


 ぱしゃぱしゃと得意気に泳ぎ回るマリー。


 すっかり人魚さんになったね。


「お父さまー! わらわはどうじゃー?」

「どれどれ……えぇ!? バ、バタフライ!? すごいなアリス!」

「くふふふ!」


 バッシャバッシャと見事なドルフィンキックを披露するアリスメイリス。


 俺、そんな難しい泳法は教えてないんだけど!?


 普段から一緒に暮らしていると忘れがちだが、アリスメイリスはこう見えても【真祖】なのである。

 極端に寿命が長いと言うこと以外は身体の構造も人となんら変わりはない。

 いや、変わりはあるのかもしれないが俺は知らないし、そのようなことがあったとしても些末なものだと思っている。

 だからこそ忘れがちになるのだ。


 そして時々こうやってずば抜けた身体能力を見せつけられると、その事実を思い出すわけ。


 まぁ、ひとつだけ不思議なことはあるんだよね。

 【真祖】ってのはアンデッドの王らしいんだけど、アリスは普通に生命活動をしている。


 心臓の鼓動もあるし、体温だってあたたかいんだ。

 死体や霊体では決して有り得ない。

 じゃあ、これはもう、『人間』ってことでいいんじゃないのかな?


 そ、それにその、聞いた限りではきちんと繁殖もできるみたいだし……


 おかしな能力を持ってる人間だって、俺を含めてそこら中にいるもんなぁ。

 スキルをバンバン使う冒険者連中なんてその最たるものだし。

 そうなると、人と【真祖】の境目ってのはどこにあるんだろうね。


 俺は大海原にプカプカと身体を投げ出して浮かび、真っ青な空を眺めながらそんな哲学的思考に耽った。



「……リヒト……ーん! ……に……ますよー!」

「早……って……せぇー!」


 遠くから声が聞こえる。

 リーシャとグラーフだろうか。


 ん?

 『遠く』から!?


 バシャリと身体を起こすと、足が地につかないではないか!


 海岸には豆粒ほどにしか見えないリーシャとグラーフらしき人影がこちらへ手を振っている。



 いつの間にこれほどの沖へ……



 ……いかん!


 これは離岸流りがんりゅうだ!



 俺たちは気付かぬうちに、沖へ向かう高速の水流に巻き込まれていたのであった。





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