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脱出



「あ、でもお断りします」

「ちょっ!? 決断が早すぎませんこと!? 少しは悩みなさいな!」


 【白百合騎士団】へのスカウトをシャルロット王女自らおこなったというのに、それをいともあっさりと辞退するリーシャ。

 なかなかに豪胆であると言わざるを得ない。


 破天荒な王女もこれには驚いた様子。

 可哀想なくらい顔が青ざめていた。


 周囲のマッチョ軍団やフィオナ団長、ベリーベリーちゃんも驚愕の表情でザワついている。

 彼女たちにはリーシャが稀に見る奇異な人物と映ったのだろう。


 きっと今まで断られたことなんてなかったんだろうね。

 王族、しかも第一王女たるシャルロット殿下だもんな。


 望めば全て叶ってしまうと言う、王女が歩んできたこれまでの人生を一瞬で全否定するとは、俺も驚きだよリーシャ。


「みみみなさん! おおお落ち着きなさい! わわわたくしはこのくらいへっちゃらでしてよ! えぇ! へっちゃらですとも!」


 全身をものすごい勢いでガクガクさせながら取り繕う王女。

 生まれたての小鹿ですらもう少しまともに立っているはずだ。

 もはや動揺のレベルをはるかに超えているようであった。


 そ、そんなに無理しなくても……

 なんだか余計に哀れですよ……


 見なさい。

 マッチョな騎士たちもどうしたもんかと顔を見合わせているじゃないか。


「あの、お誘いはとても嬉しかったんです」


 リーシャも憐れみを感じたのか、一応フォローに乗り出したらしい。

 確かにこのままでは事態が悪化の一途を辿るだけだ。


「だだだだったら何故断るのですか!?」

「……それは……」


 チラリと横目で俺を見るリーシャ。

 意味がわからずハテナマークを飛ばしまくる俺。


「王女さま。ひとつお聞きしたいのですが」

「ななななにかしら?」

「白百合騎士団は……常駐ですか?」

「?」


 動揺しまくっていた王女も、リーシャが言った質問の意図が不明だったのかキョトンとしていた。

 そして俺にもさっぱりわからない。


「それは……まぁ、常駐ですわね」

「となると、騎士叙勲を受けたら宿舎住まいになるってことですよね?」

「え、えぇ。そうなりますわね」

「お断りします」

「だからどうしてですの!?」


 キィッとわめくシャルロット王女。


「もしかして、ですが、リーシャ嬢は現在のお住まいを離れたくないのではないでしょうか?」


 フィオナ団長がわめく王女の顔を両手で挟みながらそう言った。

 タコのような顔になった王女がハッとした表情となる。


「まあぁぁ! そう言うことでしたのね! リーシャさんはリヒトハルトさまのおそばから離れたくないと!? いや~ん! 甘酸っぱ~い! 青春~!」

「なっ!?」


 ボンと瞬時に赤くなるリーシャ。

 彼女の赤毛よりも顔のほうが赤い。


「違いますっ! ……いえ、違わないんですけど、違いますっ!」


 『どっちだよ』と周囲の女性騎士が一斉にツッコミを入れる。

 どの顔も一様にほんわかした表情だ。

 きっと、全員が王女と同じ気持ちになったのだろう。


 だがリーシャの耳に届いた気配はない。


「ちーがーうーんーでーすー! …………ただ……私は……リヒトさんのおかげでベリーベリーちゃんに勝てるほど強くなれたんです……だから……これからもリヒトさんと剣の修行をしたいなって……そう思って……」


 ぼつりぼつりと心情を吐露するリーシャ。

 その初々しさにシャルロット王女もフィオナ団長も騎士たちもほっこりした表情で頬を染めていた。


 『ちゃん付けはやめてよ! そして私をそこで引き合いに出さないで!』とベリーベリーちゃんだけはプンスカしていたけどね。


 うーむ。

 なるほどねぇ。

 リーシャはそう考えていたのか。


 俺もリーシャが騎士叙勲を受けたらそれはそれで嬉しいし名誉なことなんだと頭ではわかるけれども、宿舎に入ってしまったら滅多に帰ってくることはなくなってしまうのが寂しいと思う。

 なにより娘たちも泣いてしまうだろう。


 正直言って、それは嫌だ。

 【剣聖】オルランディさまの弟子入りを断ってくれたのだって、実は心の奥底で安堵していたのだから。



「そう、ですか。よくわかりましたわ」


 フッとため息を漏らすシャルロット王女。

 珍しく最後まで人の話を聞いていたようだ。


「じゃあ……」

「ですが、わたくしは欲しいものを手に入れられなかったことはこれまでないのですわ!」


 うわ!

 背骨が折れそうなほどふんぞり返ったぞ!?


「リーシャさん。あなたに『ああん! 王女ちゃま~! 白百合騎士団に是非入らせてくだちゃいませ~!』と言わせる方法くらい、いくらでもあるのですわ!」

「えぇぇ!? 私はそんな言いかたしませんよ!?」


 ツッコむところそこなのリーシャ!?


 しかし、王女は本気で悪役じみてきましたな。


「入ると言うまで『くすぐりの刑』に処しますわ! さぁ、やっておしまい!」

「い、いやぁぁ! ちょ、ちょっと、やめてぇぇ!」


 こりゃいかん。

 激しいくすぐりで服がはだけ、あられもない姿にされたリーシャなんて……見たいなぁ……


 おっと、そうじゃない。


 これまで俺が黙って捕らわれていたのは、事の真相を確かめるためだ。

 白百合騎士団が関わっている以上、裏に王女の手が回っているのはわかっていたからね。


 まぁ、こんな話になるとはちょっと予想外だったけど。


 さて、こうなったからには逃げたほうがいいだろう。

 よっこいしょ。


 バツン!


「!?」


 全身を拘束していたロープをあっさり引き千切る俺。

 仰天する女騎士たち。


 おやおや。

 王女も目を丸くしているよ。

 俺の力を見るのは初めてだろうから仕方あるまい。


「ど、どうやって縄を!?」

「うわぁぁ!」

「な、なに!? きゃぁぁ!」


 俺はリーシャに群がるマッチョたちを軽く押した。

 それだけで将棋倒しになっていく。


 そのマッチョに薙ぎ倒されて下敷きになったベリーベリーちゃんが目を回していた。

 俺は素早くベリーベリーちゃんに駆け寄り、思う存分その小さなキノコ頭を撫でくりまくったのである。


 念願だったんだよね。

 嫌われた猫ほど撫でてみたくなるだろ?

 そんな感覚さ。

 あー、可愛い。


 満足したあと、呆然と突っ立っている王女やフィオナ団長を余所に、俺はリーシャがくくりつけられた椅子ごと持ち上げた。


「ひゃああ!」

「逃げるぞリーシャ!」

「は、はいっ!」


 俺は扉へ駆け出しながら周囲を見回す。

 この部屋に窓や外への出口はないようであった。


「あなたたち! 早く追いなさい! こら! ベリーベリーも起きるのです!」

「ははっ!」


 背中に王女の声が刺さる。

 向こうさんも動き出した気配。


 俺は分厚い扉を蹴破った。

 そこはやけに広い廊下となっていて、上へ昇る階段と玄関らしき大扉が目に飛び込む。


 く、玄関はダメか。

 騎士が大勢固めているようだ。

 王女は意外と抜け目ないね。


 はて、どうしようかな。

 下手に暴れたら怪我人が出ちゃうもんなぁ……


 よし、上にしよう。

 きっと下よりは手薄だろうし。


「リヒトさん! きましたよ!」


 リーシャの声を受け、二段飛ばしで一気に階段を駆け上った。

 複数の足音が後ろをついてくるが振り返る余裕はない。


 うぅぅ。

 こっちは歳で足腰が弱いんだ。

 追ってくるなよ。


 二階に上がり、手近な部屋へ入ると、そこは大きな会議室かなにかのようであった。

 壁には窓がいくつもあり、そのままベランダへ出られる造りになっている。


 しめた!


「はぁ、はぁ、はぁ、なにもそんなに全力で逃げなくてもよろしいではありませんの……」


 日頃の運動不足が祟ったのか、息も絶え絶えのシャルロット王女が騎士たちとともに入ってきた。

 だがベリーベリーちゃんだけいない。

 きっとまだ目を回しているのだろう。


「ですが、もうこれで行き場はありませんわよ。わたくしの説得を心ゆくまで聞きなさい」


 袋のネズミと確信したのだろう。

 王女が薄く笑った。


「ど、どうするんですかリヒトさん」


 俺の腕の中でか細く尋ねるリーシャ。

 なにも答えず、ニッと笑って見せる。


「シャルロット王女殿下! 我々はこれにてお暇致します!」


 俺は窓際に寄りながら、腰のポーチに手を突っ込み黒い布を引っ張り出した。

 騎士たちを威嚇するようにそれを大きく広げ、リーシャごとこの身を覆う。


「ハッ!? まさか!」


 どうやら王女は気付いたらしい。

 あの初めて出会った夜のことを。


 この【レジェンドアイテム】である【コートオブダークロード】のことを。


「飛んで逃げる気ですわ!」

「は?」

「へ?」


 王女の金切り声。

 ポカンとする騎士たち。

 フィオナ団長も例外ではなかった。


 人が飛ぶなど夢にも思っていないのであろう。


 俺は好機を逃さず窓を開けてベランダに出た。

 そして欄干を乗り越え宙へと踏み出す。


 【飛翔】スキル発動!


 バッと広がる黒きマント。

 浮遊感が俺とリーシャを包み込む。


「!!!??!!」


 大声で何かを叫ぶ王女たちの姿が、あっと言う間に遠ざかっていくのであった。




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