拘束
「あのー……これじゃいわゆる、監禁なのでは?」
一応そう言ってみる俺。
「そうですよ! いくらなんでもひどいです!」
隣では声を荒げるリーシャ。
今、俺たち……
椅子にガッチリとロープで縛られています!
それも、ご丁寧に手や足まで!
白百合騎士団副団長のベリーベリーとマッチョな女騎士たちによって、さらわれるようにこの建物へ運び込まれた俺とリーシャ。
どうやらここは、王城に隣接する白百合騎士団のためだけに建設された巨大な屯所らしい。
全王国軍の三分の一にまで膨らんだ白百合騎士団であるから、このくらいの規模がないと入り切らない人数に達しているのだろう。
シャルロット王女が趣味と勢いのみで創設した栄えある女性騎士団。
こう言ってはなんだが女性しかいないだけあって、建物全体が濃密な女の匂いに包まれていた。
ガチムチのマッシブな騎士たちも、やはり中身は女性とみえて体臭には気を使っているようである。
いや、違うな……
きっとこの人のせいだよ……
臭いのは嫌がりそうだもんな。
「どう言うつもりなのですか! シャルロット王女殿下!」
リーシャの言った通り、俺たちをさらい、縛り上げた張本人が仁王立ちで見おろしていた。
「おーっほほほ! いい眺めですわよ! リヒトハルトさま! そしてリーシャさん!」
「お二人ともすみません。私はお止めしたのですが……」
完全に悪役みたいな風情のシャルロット王女。
鞭でも持ってピチピチしていたらとても似合いそうである。
俺が喰らうのは御免だが。
その隣には困り果てた顔の【白百合騎士団団長】であるフィオナさんが立っていたのだ。
まるで男装の麗人のようなフィオナさん。
キリッと上がった細い眉、短めの青みがかった髪、だが前髪だけは伸ばしてあって顔の右半分を隠している。
そして切れ長の目が美しい。
ぶっちゃけると、異性よりも同性にモテそうな人物であった。
ちっちゃな副団長ベリーベリーちゃんは、王女の後ろで鼻息も荒くドヤ顔を決めている。
俺たちをさらった実行犯のくせになんという不遜な態度か。
出来ることならこの場でお尻ペンペンの刑にしてやりたいよ。
ちなみに、マリーとアリスは既に経験済みだったりするけどね。
二人が一度だけ食べ物で遊んじゃったことがあってさ。
俺は元料理人だから、食材に対する尊敬と、それを作った生産者のみなさんへ感謝の気持ちを常に持っているわけだ。
だからこそ心を鬼にして怒ったんだけど、いやぁ、大泣きされて困ったよ。
『パパなんてきらい!』って言われた時には首を吊ろうかと思ったくらいにね。
でも、きちんと言い聞かせたら最後は納得してくれたんだ。
あれは嬉しかったなぁ。
流石我が娘たち! と、思い切り二人を抱きしめて、俺までオイオイ泣いちゃったよ。
おじさんは涙腺がゆるゆるでダメだね。
威厳もクソもあったもんじゃないよ。
怒られていないリーシャとグラーフまで涙ぐんでいたのは謎だったがね。
鞭の代わりにやたらフサフサした扇をパチンパチンと鳴らしながら、シャルロット王女がビシッとリーシャを指し示す。
「単刀直入に申しましょう。リーシャさん、あなた、わたくしの『モノ』におなりなさい!」
「はいぃ!?」
「ブッ!?」
このお姫さまはいきなりなにを言い出すのだろうか。
……まさか……
王女が立ち上げた白百合騎士団は女性限定……
王女が主催した御前試合も参加資格は女性のみ……
もし俺の考え通りだとしたら、リーシャを飢えた猛獣に差し出すようなものではないか!
俺の大事な家族を変態に渡すわけにはいかん!
「は、憚りながら申し上げます、お、王女殿下はまさか……レズビアンなのですか……?」
「はいぃぃ!? なにをおっしゃるんですのリヒトハルトさま!」
俺の言葉に、今度は王女が仰天する。
プークスクスと笑い出すフィオナ団長以下、マッチョ騎士たち。
「私にその気はありませんから!」
「わたくしにもないですわ!!」
全力で否定し、ゼィゼィと肩で息をするリーシャとシャルロット王女。
「……わたくしは至って正常でしてよ。きちんと殿方を恋慕していますもの…………きっとリーシャさんと同じ殿方を、ですわ」
「!!??」
王女に何事か耳打ちされ、真っ赤な顔でアワアワするリーシャ。
言った当人の王女も顔どころか首まで朱に染めている。
後半部分は小声過ぎてなにを言ったのかわからんが、王女も恥ずかしいなら言わねばよかろうに。
しかし、この王女がまともな恋愛感情を備えていたとは驚きだ。
絶対に妙な性癖をお持ちだと思っていたのだが。
いずれにせよ、恋慕された殿方とやらはとんでもなく苦労するだろうね。
それが俺ではないことを祈るばかりだよ。
…………俺じゃないよね?
「こほん。今日お二方に来ていただいたのは他でもありませんわ」
『来ていただいた』……!?
王女はどのツラ下げてそんなこと言うの!?
完全に拉致だよこれ!
「完全に拉致監禁じゃないですか! 犯罪ですよ! いくら王女さまでも、やっていいことと悪いことがあるんです! ……せ、せっかくのデートだったのに……」
おおっと、ここで出ちゃったリーシャの『思ったことをストレートに言っちゃう病』!
俺が我慢したってのに、この子ったらもう!
だが、いいぞ!
もっと言ってやれ!
王女は俺の話など聞きやしないが、同じ女性のリーシャだったら少しは効果が……
「不思議なことをおっしゃるのね。いいこと? この国で一番偉いのは誰かしら?」
「……王様です」
「では二番目はどなたかしら?」
「…………王女さまです~!」
「うん、よろしい。これでわかったようですわね」
おい!
子供みたいな戯言でやり込められてるんじゃないよリーシャ!
そこは適当にでも言い返すべきだろ!
『世界を統べるのはこの私、リーシャよ!』とかさぁ。
……ごめん。
うちのリーシャはこんなこと言うような子じゃないよな……
「シャルロット姫。愚見ですが、本題を話さないからこんなことになっているのではないでしょうか」
キランと俺たちに流し目を送りながら、王女に対してもきっぱりと発言するフィオナ団長。
うーむ、声まで凛々しい。
女性歌劇団の男役がとてもよく似合いそうだ。
「やーん! フィオナったら、そんなにかっこよく言わないでほしいですわ!」
やんやんと両頬を押さえて首を振りまくるシャルロット王女。
どうやら王女の萌えポイントに命中したらしい。
この人やっぱりレズなんじゃ……?
確かマリーとアリスにもこんな感じでメロメロになってたよね……
「おっほん。いいでしょう。わたくしの言いかたが誤っていたようですわね」
シャルロット王女は、身動きの取れないリーシャの顎を例の扇でクイッと上へあげた。
キスでもするつもりなのだろうかと一瞬だけ不安と期待が俺の心に去来する。
見たいような見たくないような……そんな気がした。
そして王女はリーシャへ極限まで顔を近付けて、こう告げたのである。
「リーシャさん、あなたを正式にこの栄えある【白百合騎士団】へスカウトしますわ!!」
「えぇぇぇ!?」
「何ですとー!?」




