人さらい
「……流石に照れるね」
「……奇遇ですね、私もなんです」
なんとなく手を繋いで歩くことになった俺とリーシャ。
いい年して何やってんだと周囲の通行人も思っていることだろう。
俺もそう思う。
そしてやはり、なんとなく言葉少なになってしまう俺たち。
握った手の感触だけがぼんやりした頭にもはっきりと伝わってくる。
汗ばんでいるのは俺の手かそれともリーシャか。
リーシャは家族だ、妹みたいなもんだ、と幾度も脳内で反芻するのだが、まるで効果はなかった。
己の免疫不足が空恐ろしくなるほどに。
だが不思議なことに、口では『照れる』などと言ったものの、お互い手を離そうとはしない。
むしろリーシャは筋力にモノを言わせて、がっちり握りしめてきたのだ。
照れ隠しのようでもあり、まるで『もう離さない』と言う意思表示にも思える。
この力加減……
俺以外はきっと骨が粉々になるだろうね……
緊張で加減できてないのかな?
「なぁ、あれって【紅の剣姫】リーシャちゃんだろ? 手なんか繋いで青春してるじゃんか。甘酸っぺぇなぁ」
「よせよ、からかわないほうがいいぞ。【紅の剣姫】さんの顔見てみろって。獲物を狙う猛禽類みたいな目になってる」
「マジだ……可愛いのに怖ぇ~」
「てか、もしかして隣のおっさんが彼氏とか……?」
「ねぇわー。あんな可愛い子があんなおっさんと付き合うとかねぇわー。きっと親父なんじゃね?」
「だよな。いくらなんでも年が……ひっ!?」
「お、おい、やべぇよ、殺される! 行こうぜ!」
見知らぬ二人の兄さんを一瞥するリーシャ。
脱兎の如く駆け去る兄さんたち。
俺ですらドン引きするくらいに殺気が膨れ上がったのである。
彼女の顔が見えなかったのは幸か不幸か。
大の男が逃げ出すくらいだ。
きっとすさまじい形相だったのであろう。
「失礼しちゃいますよね!」
「いやぁ、俺自身もどうかと思ってるくらいだからね。彼らの反応は至極当然かもよ」
「いいえ。それを決めるのは私とリヒトさんであって、周りの人じゃないはずです」
「そ、そりゃそうだが……うむむ、なんと言う正論……」
「私はリヒトさんとこうして手を繋いで歩くのがすごく楽しいし嬉しいんですよ!」
「わ、わかったから、もう少し小さな声にしよう。な?」
「あ、あぁ、そうですね。つい興奮しちゃって……ごめんなさい」
プンプン顔から一気にシュンとしてしまうリーシャ。
そのあたりは我が娘たちと行動がさして変わらず、とても可愛らしく思えた。
こんな子から真っ直ぐに好意……これは好意でいいんだよな?
その好意をぶつけられて悪い気がするはずもない。
ないんだけれども、そのあたりがちょっとよくわからないんだよなぁ。
父親の代わりとして俺を見ているような節も感じるしさ。
もしそうであるなら、俺は立派に父親代わりをしてあげなきゃ、とも思ってるんだけどね。
実際、現在の保護者は間違いなく俺なんだから。
いや、やっぱりせめて兄くらいの扱いにしてほしいかな……
俺はグラーフやリーシャの親父だ、なんて考えてると余計に老け込む気がするんだよ……
マリーやアリスくらいの幼い子ならまだしもねぇ……
まぁ、少なくとも俺はグラーフやリーシャを弟妹みたいに感じてるわけだし。
それと、仮にリーシャの好意が…………その、なんだ……えーと、考えるのもこっ恥ずかしいんだけど……だ、だ、男女間の『アレ』だと仮定してだよ?
こんないい年したおっさんに惚れる要素ってあるもんなのか?
足腰弱いし、子持ちだし、甲斐性もないし……容姿に自信があるわけでもないし……ダメージを受け付けない変な身体だし……うぅ……もういい……自虐はやめるんだ俺よ……
「なんですかあなたがたは?」
リーシャの少しだけ緊張した声に、ハッと妄想から帰還する。
俺の手を握る力が少し強くなったようだ。
気付けば俺たちの周囲を大人数が取り囲んでいたのだ。
どいつもこいつも鎧姿、か。
俺が素早く周囲を見回すと、視界に入った全員が武装しているようである。
あれ?
でも、この人たちって……
ガチムチだけど、みんな女性……?
「うんしょ、うんしょ……ぷはっ! もう! みんな大きすぎ!」
マッチョな女性たちの隙間を掻き分けるように現れたのは、小さくてピンクの鎧を纏った少女。
筋肉で押しつぶされそうになっているのがなんとも可愛らしい。
ん?
この子とはどこかで……
「べ、ベリーベリーちゃん!?」
「あぁ、ベリーベリーちゃんだったのか。ちゃんと会うのは初めてだね。俺はリーシャの保護者、リヒトハルトだよ……保護者って意味わかるかな? まぁいいか、先日はうちのリーシャがお世話になったね。ありがとうなー。そうだ、キャンディ食べるかい?」
「ちゃんって言わないでください! そして子ども扱いもしないでください! こう見えても私は大人なんですっ!」
ムキーッと憤慨するベリーベリーちゃん……さん。
キノコみたいな茶色の髪が逆立っていて尚更可愛い。
そう言えば彼女は成人女性だってシャルロット王女もおっしゃってたっけ。
うーむ、顔立ちも幼いし、身長も小さくてとてもそうは見えん。
マリーとアリスの級友って言われても、なんら不自然さを感じないよ。
「ベリーベリーちゃん、さん。私たちに何か用なの? ……ですか?」
「え? あー、うん」
頭を撫でようとした俺を、猫のごとく爪を尖らせて威嚇していたベリーベリー。
今にもキシャーと飛びかかってきそうだった。
おかしいな。
俺は小さい子に好かれるはずなんだが……
マリーとアリスなんて一発で懐いてくれたのに……
「こほん。リーシャさん、デートの邪魔をして悪かったです」
「デート!?」
「? 恋人みたいな手の繋ぎかたをしてるからてっきり……違いましたか?」
ほほう。
一応第三者の目からだと、俺とリーシャはデートをしてる風に見えるんだね。
親子に見えているもんだと思ってたよ。
「えーっと……その……はい……デ、デート、です……」
「ですよね」
初々しいリーシャの反応に、周囲のマッチョな女性たちも、ほっこりした表情になっている。
確かにある意味ではデートっぽいから俺も敢えて否定はしない。
だが、こちらまで照れ臭くなるのは困りものだ。
俺はかゆくもない鼻をコリコリしながら何もない空を見上げるしかないではないか。
「で、それを邪魔してすまないと先に言ったわけです」
「へ? それってどう言う……」
「白百合騎士団! かかれ!」
オォオ!
およそ女性とは思えないほど豪快な声を上げながら俺たちへの包囲を狭めるマッチョ軍団。
どうやら全員が白百合騎士団の騎士らしい。
「ちょっ! なになに!? キャァァ!」
「うおっ!?」
ソイヤァァァ!
多勢に無勢もいいところ。
あっと言う間に担ぎ上げられる俺とリーシャ。
ソイヤッソイヤッソイヤッ!
そしてそのまま一気に運び去られるのであった。
「なんなのぉぉ!? いやぁぁぁ!」
「ギャー! やめてくれぇー! 人さらいー!」




