ごほうび
「【紅の剣姫】さん! 私、あなたのファンなんです! 握手してください!」
「は、はぁ。ありがとうございます」
「キャー! 手を握っちゃった!」
「おぉ! あなたが【黒の導師】さまですな! いやぁ、王女さまからの信頼も篤いようで羨ましい限りですなぁ!」
「は、はぁ、どうも」
「今度、冒険者ギルドのほうに指名依頼をさせていただきますぞ!」
『ドキッ! 女だらけの御前試合!』から数日が経った。
……タイトル違ったっけ?
まぁいい。
あの日以来、俺とリーシャはこうして街を歩くだけで、様々な人々から声をかけられるようになった。
リーシャは勇猛さで知られる【白百合騎士団副団長】のベリーベリーを倒した強さと名声、そしてその美貌から。
俺は……シャルロット王女と不審なほどの親密ぶりを知られてしまったからである。
そして内訳がひどい。
黄色い声はリーシャに。
野太い声は俺に……
「どうして私に声をかけてくるのは女性ばっかりなんです……?」
辟易した様子のリーシャ。
試合で受けた身体中の痣も、俺のヒールによってほぼ目立たないほどまでに回復していた。
だが、顔はげんなりしている。
「リーシャはまだいいじゃないか……俺なんて全員が男だよ? 時にはものすごい暴言を吐くヤツもいるし……」
「それはリヒトさんが悪いんですよ。『吸血鬼』の噂を追ってたら王女と会ったなんて話、私聞いてなかったですもん。そのご縁で王女の隣に座るなんて……」
「すまないとは思ってるよ。だけど、王女のほうから秘密にしろと言ってきたんだぞ。試合の時に呼ばれたのだって、きっと気まぐれさ」
「その言い訳も聞きましたー。だからってあんなにベタベタしてたらそりゃみんな怒りますよ」
「ベッ、ベタベタなんてしてなかったと思うんだがね?」
「いいえ、してましたー。舞台の上からはよーく見えましたー」
くっ。
剣の腕だけじゃなく、口まで達者になって……!
「だから今日は、がんばった私を思い切り労ってください!」
先程までのげんなり顔もどこへやら、太陽と同じくらい眩しい笑顔を向けてくる。
おじさんには眩しすぎるよ……
「わかったよ。本当によく頑張ったもんな。リーシャのわがままをなんでも聞こうじゃないか」
「やった! 男に二言はありませんよね?」
「お、おう」
俺とリーシャは二人で南の商店街へ向かっていた。
そう、今日は平日である。
なので、マリー、アリスメイリス、グラーフは元気に登校しているわけだ。
シャルロット王女生誕祭の前後数日は祝日となっていた。
王女が生まれた際、とても歓喜した王が勝手に定めたらしいが、王都民にすれば休みが増えてありがたいことだったであろう。
冒険者の俺たちにはそれほど関係ない話ではある。
元々が自由業のようなものだからだ。
フワフワとクラゲみたいな生活をしておいて何が冒険者なのだと言うことなかれ。
先程の男性が言っていた通り、『指名依頼』がここのところ増えてきているのだ。
つまり、依頼者は私的、公的にかかわらず、俺を名指しで依頼が可能になると言う冒険者ギルドにおける制度である。
当然だが、内容は多種多様だ。
極端に言えば、いなくなったペットの捜索から、強大なドラゴンの討伐までと幅広い。
実際にはあまりにも簡単な依頼や、長期間拘束するもの、俺の力量ではクリア不可能だと判断したものは冒険者ギルド側で厳選し、弾いてくれる。
とは言っても、俺の肩書き【オリハルコン】級冒険者が仇となって、かなり高難易度の依頼も多いのだと副ギルド長ネイビスさんが語っていた。
『引き受けるも受けないもリヒトハルトさま次第ですぞ。まぁ、ギルドとしてはやってもらいたいクエストがごまんとあるんですがね』
なんて言いながらガハハと笑っていたっけ。
ま、当座の資金に困ったら検討しようと思っているんだけどね。
実のところ、今はそれほど財政難でもないのだ。
王太后シャロンティーヌさまの慰問クエスト報酬が、想像以上によかったからである。
きっと俺たちを気に入ってくれたシャロンさまが色をつけてくれたんだろうね。
ありがたすぎるよ。
「そうだリーシャ。オルランディさまの件はどうするんだい?」
てくてく歩きながら隣のリーシャに聞いてみる。
元々、リーシャが御前試合に出場したのは、シャロンティーヌさまの古城で出会った【剣聖】オルランディさまのせいだった。
弟子入りを志願したリーシャを体よく断るためと俺は睨んでいたのだが。
「あぁ、あれですか? ……えへへ、断っちゃいました」
照れ隠しのようにチロリと舌を覗かせるリーシャ。
「えぇっ!? だって行方不明の師匠を立派な剣士になって見返してやるって野望はどうするんだい!?」
「や、野望って……もうあんなバカ師匠のことはいいんです。あ、立派な剣士になりたいのは今もそうなんですけどね」
「そ、そうなのかい?」
「はい。昨日ベリーベリーさんと闘って、なーんか色々スッキリしちゃったんですよね! ……まさか年上だとは思わなかったですけど」
「ははは、確かに。あれは驚いたね」
「それに私、気付いちゃったんです」
「?」
「オルランディさまみたいな立派なかたじゃなくても、私にはリヒトさんと言う素敵な師匠がいるじゃないかって!」
「師匠!? 俺が!?」
「へへー! まぁ、いいじゃないですか! リヒトさんとの特訓でベリーベリーさんに勝てたのは事実なんですから!」
「あ、あれは、リーシャがたゆまぬ努力と地道な訓練を怠らなかったからであって……」
「言いかたがなんだかおじさん臭いですよ!」
「だっておじさんだもの……」
「あはははは!」
なんて話をしながら歩く。
お目当ては美味いと評判のレストランだ。
頑張ったリーシャへのご褒美に何でも好きな物を食べてもらおうと言う作戦なのである。
商店を冷やかしながら歩いていると、時折コツンコツンとリーシャの手が俺の手に当たる。
「ッ!?」
「あ、ご、ごめん」
つい無意識に彼女の手を握ってしまった。
娘たちがよくこれで『パパと手を繋ぎたい』のサインを出してくるのだ。
俺は慌てて離そうとしたが、逆に指を絡めてくるリーシャ。
これではいわゆる『恋人繋ぎ』と言うやつだ。
今度は俺が驚く番であった。
「!?」
「わ、私は別に構いません。せっかくですから手を繋いで歩きましょうよ」
「俺みたいなおじさんでいいのかい?」
「……リヒトさんだからいいんです」
顔を見られたくないのか、それとも何か気になる商品でもあったのか、リーシャはそっぽを向いてしまった。
赤毛の隙間から見えるリーシャの顔は、首筋までもが真っ赤であったのだ。




