紅の剣姫
ゴォォオオオン
二人のやたらマッチョな女性……? で、合ってるよね……?
ともかく二人が打ち鳴らす銅鑼を合図に、とうとうリーシャの試合が始まった。
リーシャは開始位置から少し下がったところで木剣を構える。
きっと俺が言った通り、ベリーベリーの動きを観察する作戦に出たのだろう。
うむ。
最初はそれでいい。
ベリーベリーちゃんがどれほど素早いのか、まだ俺たちは知らないのだから。
あ、『ちゃん』付けになってしまった……
見た目が幼女なせいだね……
ベリーベリーは木剣を下げたまま、トーントーンと軽くステップを踏んでいた。
やはり足に自信があるらしい。
ジリッと移動するリーシャ。
相手は右利きだ。
つまり、セオリー通り死角である左側から攻めようと思っているのだろう。
そんなリーシャを見てニッと笑うベリーベリー。
いかん!
読まれてる!
刹那。
ベリーベリーの姿が一瞬消えた気がした。
「!?」
ガギィッ
猛烈な瞬発力で一気に間合いを詰めたベリーベリー。
彼女もリーシャの左側に回りながら一撃を放ったのだ。
そしてリーシャも瞬時に反応し、剣で受け止めたのである。
オォォオオォオオオオ
沸き上がる観客。
「おぉーっと! 初手からこれはすごい! とんでもない速さのベリーベリー! それをなんなく受けるリーシャ! どちらも傑物だーーーっ!」
実況のアイラさんよ。
そりゃ違う。
リーシャの顔を見てみたまえ。
青ざめてる!
あの速度では多分、俺ですらピンク色の影が迫ってきた、くらいにしか感じ取れなかっただろう。
咄嗟に出したリーシャの剣が、たまたま受けとなっただけだ。
それでも僥倖と言わざるを得ない。
下手をすれば初撃で終わっていたかもしれないのだ。
「べりーべりーちゃん、おもってたよりもはやいねー」
「じゃの。じゃが速すぎる気がするのじゃ」
マリーとアリスメイリスの冷静さに驚くが、俺もそう感じていたところである。
今も軽快なステップでリーシャを翻弄しているが、いくら【神速】の二つ名を持っていたとしても速すぎるのだ。
俺は身体能力上昇系スキルの使用を疑ったが、【解析】のスキルで見ても、ベリーベリーの状態は正常であった。
この御前試合はスキル禁止だし、そんな不正を禁じた張本人であるシャルロット王女が許すはずもない。
だからこそ腑に落ちないのだ。
いや待てよ。
ベリーベリーちゃんの鎧、なんだか動くたびにカタカタと音がしてないかい?
…………まさか……木製!?
きっとそうだ!
あのピンク色の鎧は速さを追求するために軽い木材でできているんだ!
くそっ、そう来たか!
そんなことにも気付いていない様子のリーシャは、焦りと緊張で早くも肩で息をし始めている。
このままでは不味い。
「リーシャ! 礫を思い出すんだ!」
「!」
それだけで通じたのだろう、リーシャは剣を構え直して目を半眼にする。
俺がリーシャへ至近距離から赤い木の実をぶつける訓練を思い出してくれたようだ。
あの訓練は、ただ避けるためではない。
五感の全てを使い、敵の攻撃がどこから来るのかを察するものなのだ。
『見るとはなしに、全体を見る』
言わば、究極の空間把握である。
敵の動きで生ずる、ほんのわずかな空気の揺らぎ。
攻撃によって生ずる、殺気や音。
それら全てを全身で感じ取るのだ。
ウォオオオオオオオオオ
歓声が一際高くなる。
リーシャがベリーベリーの攻撃を躱しだしたのだ。
「……りーしゃおねえちゃんすごい……」
「……驚きじゃ」
娘たちも驚愕の眼。
王女やお友達に至っては声もない。
はっはっは。
驚いたようだね。
実を言うと一番驚いてるのは俺だよ!
リーシャはすごいね……
闘いの最中に成長するなんて……
「くっ! ハァッ!」
ベリーベリーの焦りが俺にまで伝わってくる。
かつて、攻撃をこれほど躱されたことなどないのであろう。
己の足に絶対の自信を持っていたのだ。
俺のポンコツな足腰と交換してほしいくらいだよ……
だが、リーシャも完全に躱しているわけではない。
動きを必要最小限にしているからか、時々木剣が顔をかすめたり、手足に良いのを貰ってしまったりしているのだ。
ベリーベリーの攻撃は速く、鋭い。
体術も相当に訓練しているらしく、身軽な身体と素早さを生かして時折攻撃の中に蹴りやパンチも織り交ぜてくるほどであった。
まさに息もつかせぬ猛攻と言えるだろう。
リーシャはその全てを回避するのは不可能と判断したようで、急所を狙ってきたものだけを受け流すか躱し、それ以外は当たっても構わないと覚悟したのだ。
完全な受けに回らないのは体力を消耗しないためか……?
俺との三択特訓ではかなりの確率で成功していたんだけど……
……ふーむ、そうか。
なんとなく見えてきたぞ。
ベリーベリーちゃんは体格が異様に小さい。
娘たちと同じく、通学用のスモックが似合うほどにね。
つまり、彼女の膂力そのものは命中しても大したことないとリーシャは考えたんだろう。
簡単に言えばやせ我慢だ。
体力の数値には自信のあるリーシャらしい発想だよ。
それに、もしかしたらリーシャは何かを狙っているのかもしれないな。
決め手となるような何かを。
だが、木剣とは言っても当たれば当然痛いはず。
顔、腕、足など、至るところにみるみる痣が増えていく。
額やこめかみをかすめた時に切ったのであろう、鮮血も流れ出していた。
俺が贈った金の髪飾りが血で赤く染まっている。
それが凄惨さをより際立たせていたのだ。
叫び出したい気持ちを抑え込み、代わりに心が絶叫する。
踏ん張るんだ!
リーシャ!
「おねえちゃーーん! がんばってーーーー!」
「勝機は必ず来るのじゃーー!」
娘たちの応援にも熱が篭る。
「どうしたーーー! リーシャは防戦一方かぁーーーーっ!? ベリーベリーが押しまくっているぞーーー! フィオナ団長、経験の差がここで効いてきたんですかね!?」
「いや……これは……」
解説役の【白百合騎士団】団長のフィオナが、少し戸惑った声を漏らす。
彼女も何かがおかしいと感じ始めたようだ。
「おいおい、なんであの子は降参しねぇんだ……?」
「あんなにボコボコにされてるってのによぉ……」
「あたし、涙が出てきちゃった……」
「審判! もう止めてやれよ!」
観客たちもザワつき出した。
「……な、なんなんですの……あのかたは……」
王女の声が震えている。
【不撓不屈】
リーシャの頭上に忽然と浮かぶ文字。
闘いのさなかに、リーシャは新たな称号を得たのだ。
頭部をガードした腕の隙間から見える、リーシャの輝きを失っていない紅き瞳がギラリと煌めいた。
「ひぃっ!?」
眼光を受け、わずかに怯むベリーベリー。
疲れからか、それとも恐怖からか、彼女の剣が大振りに────
「今だリーシャ!!」
バチンバチン、ドサッ
一瞬で鎧をパージし、身軽になったリーシャの木剣が、吸い込まれるようにベリーベリーの首筋へ。
だが、ベリーベリーの木剣もリーシャの胸を目がけて……
「ハァァァッ!」
「ワァァァ!」
ガガッッ
静まり返る場内。
「ごめんね」
リーシャの呟きと共に膝から崩れ落ちるベリーベリー。
相打ちではあったが、リーシャの膂力は完全にベリーベリーの意識を断ち切ったのだ。
「け…………決着-------!! これはすさまじい大番狂わせ!! 勝者は【ゴールド】級冒険者! 【紅の剣姫】! リーシャだーーーーーーーーっ!!!」
ドォォォォオオオオオオオォォォォォオオオオオオ
この日以降、リーシャは【紅の剣姫】の二つ名を得ることとなる。




