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お相手は幼女騎士?


 まさに最悪としか言えない。


 今のリーシャとは最もらせたくない相手であった。


 俺は対戦相手を大男と想定していたのだ。

 御前試合ともなれば、力自慢の男たちや腕自慢が集まって、その勇壮さを見せつけるのが相場であろうと勝手に思い込んでしまった。


 完全に俺の判断ミスである。


 リーシャと相対しているのは、シャルロット王女私設騎士団【白百合騎士団副団長】で【神速】の異名を持つ、どう見ても幼女のベリーベリー。


 実況のアイラさんとやらも言っていたが、非常に身長が小さい。

 アリスメイリスよりも少し大きいくらいであろう。

 なにせリーシャの胸の高さほどしかないのだ。


 そして二つ名が【神速】ときた。

 名前からして敏捷性に長けた人物なのだろう。

 金属製ではあるが余剰なパーツを全て外し、軽さの追求と全速力での戦闘行動に齟齬そごをきたさないよう改良された鎧からもそれが伝わってくる。


 つまり、俺が想定していた相手の真逆を行っているわけである。


 小さくて素早い者と闘う訓練などまるでしてこなかった。

 リーシャはこの対戦において、始まる前から既に大きなハンデを背負ったことになるのだ。


 普段ならば、キノコみたいな茶髪のちっちゃなベリーベリーに愛らしさを覚えたかもしれない。

 だが、今や立ちはだかる強大な敵としか見えなくなっていた。


 でもさぁ、そもそもなんであんなに幼そうな女の子が騎士団の副団長に……

 はばかりながら、王女さまはそっちのがあるとかじゃないよね?


「べりーべりーちゃんだってー! なまえもかわいいねー! ぴんくのよろいもかわいいー!」

「じゃのー。じゃが、あの子からは強い闘気を感じるのじゃ。リーシャ姉さまなら大丈夫じゃろうが、舐めてかかったら危険なのじゃ」

「うん! ちっちゃいのにつよそう! だから、りーしゃおねえちゃんをいっぱいおうえんしなくちゃね!」


 娘たちよ……

 きみたちのほうが余程すごいって気付いてるかい……?


 まだ幼いのにそんな批評や、力量を計ったり出来るなんて、とんでもないことなんですよ。


 見なさい。

 王女さまのお友達の面々を。

 みんな驚愕に満ちているじゃないか。


 シャルロット王女だけは『マリーちゃんもアリスちゃんも将来有望ですわ! 我が騎士団へ是非ともスカウトしたいくらい!』なんて言っちゃってるけどね。

 冗談じゃないよ。

 俺は娘たちに闘わせる気なんてないぞ。


 もし戦争ともなれば、騎士団は戦地におもむかねばならないわけだろ?

 誰が好き好んで娘を危ない目に合わせるかってんだ。


 丁重に全力でお断りさせていただこう。


「本気でれ、とベリーベリーには命じてありますわ。さぁ、リーシャさんがリヒトハルトさまに相応しいか見極めてやりますわよ」

「くっ、お戯れが過ぎますよ王女殿下。リーシャは幼子に弱いと知っていたんですか?」


 つい俺も愚痴が出てしまう。

 王女へはとても直接表現でなど言えないので、かなりマイルドに言い換えている。


 本当なら『ズルいぞ! リーシャは幼女を見るとメロメロになっちまうんだ! ましてやあんな可愛い子をぶつけてくるなんて、こっちの情報を徹底的に調べやがったな!? 卑怯者!』と言いたいのだが。


 実際、調べる気になればいくらでも情報は得られたであろう。

 俺とリーシャは隠すことなく庭で訓練をしていたのだから。


 【望遠】や【監視】のスキルを使用すればもっと確実である。

 このふたつは遠距離から指定した人物の動向を探ることが出来るのだ。


 流石に遠くから見ているだけなら俺にも察知は不可能だろう。


 そうであるなら、多少の戦闘知識を持つ者が見れば、すぐに大男相手の訓練だとわかってしまう。

 つまり、後出しでこちらが最も苦手とする対戦者を用意することが出来るわけだ。



「いいえ? 初耳ですわ。それはわたくしの勘と采配がナイスであるとしか申せませんわね! それよりも、むしろリヒトハルトさまは大きな勘違いをなさっておりますのね」

「? なんのことです?」


 広げていた豪華でみやびな扇をパチンと閉じて、ベリーベリーを指し示す王女。


「我が栄えある【白百合騎士団副団長】ベリーベリーは、21歳! 立派な成人女性ですわ!」

「えぇぇぇ!? な、なんだってーーーー!!」


 ガチで驚いた。

 敬語が出ないほどに。


 あ、あんな小っちゃい子が21歳!?

 嘘だろ!?

 見たことないけど噂に聞く亜人とか!?


「りーしゃおねえちゃーん! そのひと『せいじんじょせい』だってー!」

「こりゃー! 姉さまー! だらしない顔をしておる場合ではないのじゃー!」


 脳みそが麻痺した俺の代わりに、娘たちは得た情報を素早くリーシャに報告していた。

 本当に将来が有望そうで、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない。


 目尻がさがり、口元がだらしなくユルッユルになっていたリーシャもハッとした表情に変わった。

 どうやら娘たちの声が届いたらしい。

 リーシャはこちらへ親指を立てて了解の旨を知らせてきたのである。


 ふぅ。

 これで一安心。

 マリーとアリスメイリスの声でだいぶ落ち着きも取り戻したようだね。

 そうだ、俺もコーチとして一声かけてあげないと。


「リーシャ! 相手はかなり素早いらしい! 動きをよく見るんだ! きみならやれる! 自分を信じてくれ!」


 俺の声も届いたらしく、パッと顔が輝いたあと、戒めるようにキュッと唇をめるリーシャ。

 いつもの訓練時と同じく、ゆったりと剣を構えて立つ。


 よしよし。

 いい感じに肩の力が抜けているようだね。

 身体が強張っていては初撃すらかわせないよ。


「ふーん、リヒトハルトさまは本当にあの子を想っておいでですのね……納得いきませんわ! ベリーベリー! やっておしまい!」

「ちょ、王女殿下! それでは悪役のセリフみたいですよ!」

「お黙りなさい!」


 ひええ。

 ダメだ、王女の目が完全にわっている。


 周囲におられる王女のお友達も、両手を上に挙げてお手上げのポーズだ。

 毎度のことなのであろう、全員がやれやれといった顔で首を振っていた。


 いや、お友達なら止めてくださいよ!

 不当すぎるでしょこんなの!



「さぁぁああ! 王女殿下からの檄も飛んできたぁぁ! 【ゴールド】級冒険者リーシャ! 【白百合騎士団副団長】ベリーベリー! 両者の瞳に炎が宿ったぞぉぉぉ! 観客たちよ! 一瞬たりとも目を逸らすな! 第七試合! 開始だぁぁぁぁぁ!!」



 ウォオオオオオォォォォオオオオオォォ




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