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初クエストにて


 ドキドキワクワクの初クエストへ出発した俺とリーシャ。


 冒険者カードに表示されたクエスト情報によれば、依頼主の牧場はこのアトスの街から西へ2時間ほど歩いた場所にあると言う。

 近場なこともあって、簡単な食べ物と水だけを持って街を出た。


 俺やリーシャの余計な荷物は、いったんギルドへ預けてある。

 だが保管料と銘打って金を取るのはいかがなものだろうか。

 こっちは初心者なんだから少しは優遇して欲しいものだ。


 最近じゃ冒険者のなり手が少ないって聞いたぞ。

 こう言ったケチ臭いところに原因があるんじゃないのか?


 さて、そんなことを考えつつも取り敢えず街の西門を抜けたわけだが。

 地理的に西側は全くの未知。

 なにせ東西方面はほとんど出歩いたことがないのだ。


 だが案ずるなかれ、クエスト情報には目標地点付きのマップも表示されるから迷う心配はない。

 しかも、俺たちの現在地までわかっちゃう。

 なんて便利なんだろう。

 これを考案した魔導技師はきっと天才だな。


「わー、いい天気ですねぇー!」


 クンクンと草いきれを嗅ぎながら、草原に伸びる広い街道を軽快な足取りで歩くリーシャ。

 この子はいつも楽し気でいいね。

 辛気臭い子だったら、こちらまで滅入ってしまうからな。


 リーシャは時折すれ違う馬車に手を振ったり、珍しい草花や小動物にはしゃいだりと、目まぐるしく表情が変わる。

 こんな娘が俺にもいれば、うんと可愛がっちゃうんだけどねぇ。

 変な男を連れてきたらそいつをブン殴るくらいに。

 この歳になると、可愛い娘さんを子に持つ親父さんの気苦労が何となくわかってしまうよね。


 その後もしばらく歩き詰め、目的地へ近づいた頃、俺の足は早くもパンパンになっていた。

 そんな……

 どれだけ運動不足なんだ俺は……

 いや、きっと丘のせいだ。

 斜面を登ったり降ったりは足腰に負担がかかるからな!


 そう、ここは真っ直ぐ西へ伸びる街道から離れ、北へ入った丘陵地帯なのである。

 丘のてっぺんでは、リーシャがブンブン手を振っていた。

 足取りの遅い俺を、リーシャは置いて行ってしまったのだ。

 なんであんなに元気なの……


 リーシャは手を振った後、ここからでは見えぬ丘の下を指差している。

 きっと目的地の牧場を見つけたのだろう。


 ヒィコラ言いながら丘を越えると、確かに大きな牧場があった。

 大きなサイロと畜舎、それに隣接する家屋。


 柵の中ではンモーンモーと動物の鳴き声がする。

 どうやら牛を飼っているようであった。

 白黒のまだら模様な牛の群れ。

 たぶん乳牛だろう。


 そして、一人の老農夫がこちらへ手を振っている。

 依頼者かな。


 近付いて見ると、なにやら見覚えのある真っ白なヒゲモジャ顔。

 あれ?

 この人って。


「あなたがたがクエストを受けてくれた冒険者ですかな。ワシが依頼人のヨゼフです……おや? リヒトさんではありませんか?」

「え、えぇ。どうも、しばらくですねヨゼフさん」

「まさかリヒトさんが冒険者に? 子豚亭はどうしたんです? あの店はあなたで持っていたようなものじゃありませんか!」

「まぁ、その、色々ありましてね……ハハ。お恥ずかしい限りですが店をクビになっちゃいました。でも、この子のおかげで冒険者へ転職できたんですよ」


 目を丸くして俺とリーシャを交互に見るヨゼフさん。

 彼は俺が働いていた子豚亭に牛乳を卸しているかたである。


 その牛乳がこれまた良質で味も良く大評判なのだが、搾乳量が少ないからか、なかなか店には卸してくれなくてな。

 彼が街へ行商にくるたびに拝み倒したのが俺ってわけだ。

 ヨゼフさんも俺の料理に惚れこんでくれて、あなたが調理に使うのならと快諾してくださった。


 しかしまさかここがヨゼフさんの牧場だったとは。

 奇縁ってやつですかね。


「そうですか……お辞めになったんですか……リヒトさんがいないのでは、もう子豚亭に牛乳を卸す意味はなくなりましたな。次回、街へ出た時にでもその旨を店に伝えておきましょう。ワシャ、今の料理長が好きではありませんので」

「いえいえ、むしろ俺のせいですみません。ヨゼフさんには無理言って卸していただいていたのに」

「なにを言うんです。あなたのシチューのためならば行商分を減らしてでも納品するつもりでしたぞ」

「そう言っていただいてありがとうございます。恐縮です」


 わっはっは。

 ざまぁみろクソ料理長め。

 これで名物のシチューは二度と作れないぞ!

 あのシチューはヨゼフさんの牛乳があってこその味。

 そこらの牛乳じゃまず再現できないのさ。

 レシピを考案した俺が言うんだから間違いない。


 …………はぁ、虚しい勝利だ。

 辞めてから勝ってどうする。


「あの、それで問題の獣はどこに?」


 おっさんと爺ちゃんの長話に付き合いきれなくなったのか、ウズウズした顔のリーシャがヨゼフさんに問うた。

 すまんな。

 おじさんはまったりダベるのが好きなんだよ。


「あぁ、そうでしたな。畜舎の北を見てください」


 牧場からは多少距離があるものの、そこから北へ向けて森林が広がっていた。

 あの森は知っている。

 何故ならば俺の故郷、アルハ村の近くにまで到達するほどの大森林だからだ。


 子供ころは、森の近くへ遊びに行くだけでもひどく不気味に感じたもんさ。

 周りの大人からも絶対に入っちゃいけない、入ったら二度と帰って来れないと散々脅されてきた。

 村の子供たちが最初に覚える禁忌は間違いなくこの『エマーソンの大森林』だったろう。


 さらに驚いたのは街へ移り住んでから読んだ本にあった。

 なんと、現在も未踏破地域らしいのだ。

 太古からの原生林だし、保護の意味もあるのだろうが、まさか詳しい調査もなされていないとはね。


 しかしこいつは厄介だぞ。

 ヨゼフさんの言う獣があの森から来ているなら、俺たちも入って行かねばならない。

 そして、あの森が保護区なら許可なく勝手に侵入することは許されないのだ。


 こう言う時はどうすりゃいいんだろ。

 あ、そういや困ったら冒険者カードのヘルプを参照しろって言ってたっけ。


「獣たちは時々あの森からやってきましてのう。ワシの大事な牛を攫って行くのです」

「それは……迷惑な話ですね」

「獣自体はそれほど強くもないので、ワシ一人でもなんとか追い払えはします。ですが、結構数もいるしなかなか退治は難しい。歳も歳ですからのう」

「大丈夫です! 私たちに任せてください!」


 頼もし気に自分の胸をゴンと叩くリーシャ。

 それをよそにヘルプページを繰る俺。


 あった。

 冒険者特別権限の項目。


 冒険者には許可を得ずとも遺跡、未踏破区域、保護区への入出権限が与えられる。

 ただし、住民がいる場合はその限りではない。

 遺跡等において、特別な発見が成された場合は冒険者ギルドへの申告が義務付けられる……か。


 なんだ、問題なさそうだぞ。

 便利だな冒険者って。

 まぁ、その分、命の危険が伴うんだからそのくらいはね。


「ここ数日は姿を見かけませんでしたので、もしかしたらそろそろ来るかもと思っ…………来ましたぞぉ!」

「えぇぇぇ!? 嘘!? 冗談でしょ!?」

「うわ、ホントにきた!」


 ヨゼフさんが言ったそばから来やがったよ。

 こんなタイミング、有り得ねぇだろ!


 森の中から数頭の四足獣が飛び出して来たのだ。

 ザカッザカッと力強く大地を蹴って。


 唸り声と遠吠え。

 む、野犬、か……?

 それにしてはデカい。

 狼だろうか。


 ともかく、俺たちは急いで獣と畜舎の間に割って入った。

 果敢にもヨゼフさんすら鍬を構えている。

 無理はしないでくださいよ。


 俺は留め金を外し、背中からバスタードソードをヌラリと抜いた。

 左手にはしっかりと盾を持つ。


 そしていかついギルド職員から教わった通りに剣を構える。

 リーシャもブロードソードを抜き、獣を睨みつけた。


 さぁ、初めての戦闘だ。

 おじさん、緊張して来ちゃったよ。


 相手は狼ってんならまだなんとか……え?

 ちょっと待って。

 あれ、狼か?


 獰猛そうな顔と牙は確かに狼っぽい。

 だけど、毛皮がフッサフサ!

 愛玩犬か冬場のタヌキかってくらい真ん丸だぞ!?

 逆に怖いわ!


「なんですかあの獣は!?」

「ワシにもとんと見当がつきません! この年齢になるまで、あんなものは見たことがありませんでしたからのう!」


 な、なるほど。

 だからヨゼフさんはクエスト依頼を出した時に、獣、と曖昧に書いたわけか。

 普通なら狼とかゴブリンとか具体的に記すはずだもんな。


 しかし、流石は未踏破の大森林だ。

 訳のわからんものが住み着いてるようだ。


「っとぉ!」


 一匹俺に飛びかかってきたが、上体を大きく反らしてなんとか躱した。

 危なっ。

 戦闘中に余計な思考はまずいな。

 ぐっ、しかし今ので腰が……


 ギャヒン


 隣のリーシャは見事に一匹を斬り伏せていた。

 おいおい。

 本当に初めての戦闘か?


 ヨゼフさんも鍬を振り回して奮闘しているが、鎧も着てないんじゃ見てるこっちが怖い。

 少し下がってもらおう。


「ヨゼフさん! 下がったほうがいいですよ!」

「わ、わかりました! ああっ!?」

「リヒトさん! 危ない!」


 ヨゼフさんのほうへ振り向いたのがいけなかった。

 二人の叫びで咄嗟に前を向くと、そこには獣の大きな口と鋭利に並んだ牙が眼前に。


 全てがスローモーションのように思えた。

 リーシャの顔が悲痛そうに歪む。

 ヨゼフさんが腰を抜かしてへたり込む。

 生臭い獣の息が顔にかかる。



 そして獣の牙がゆっくりと俺の首へ吸い込まれて─────




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