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御前試合開幕


「【黒の導師】リヒトハルトさまですね? 申し訳ありませんが、こちらへきていただきます」

「……ほう。そりゃまたどう言った理由で?」


 軍人風の男が持つ雰囲気と物言いに少し警戒した俺は、マリーとアリスメイリスをそばに引き寄せた。

 いざとなれば【コートオブダークロード】の特殊アビリティ【飛翔】でいつでも飛び立つつもりである。


 はっきり言って、こいつの言いかたが気に食わない。

 丁寧な口調ではあるが、ぶっちゃければ『問答無用で連行する』ってことだろ?

 俺にはそんなことに従ういわれなんてないね。


 とは言え、相手は身なりからしてきっと騎士だろう。

 こちらからいきなり張り倒すわけにもいくまい。


 隣にはミリア先生とジェイミーさんもいるのだ。

 俺にも世間体ってものがある。


 ま、向こうさんが暴力に訴えてきたら話は別だがね。


 警戒のあまり、少しだけ睨むような目になってしまったのは仕方なかろう。

 すると、男は鼻白んだ様子を見せる。


「いえ、実は内密なお話がありまして……少しお耳を拝借」


 大男なのに小心者なのか、汗を流しつつ俺の耳へ顔を寄せてきた。

 そしてとんでもないことを告げたのである。



「…………は? 冗談でしょ?」

「いいえ、冗談でも騙すつもりもございません。お願いです、私と来てください。でないとお怒りを買ってしまうのです。私にも女房と子供がおります。後生ですから」


 大男のボソボソとした泣き言を聞きながら俺は大きな大きな溜息をつく。

 ちらりと会場のほうを眺めると、渦中の人物はいつの間にか立派な椅子へ座り、俺のほうへ向かってニコニコしている気がした。


「わかった、わかりましたよ……あなたもあのじゃじゃ馬で苦労しているんですね」

「め、滅相もございません」


 俺はミリア先生とジェイミーさんに『所用ができたので少し退席します』と言い残し、子供たちと共に立ち上がった。


 俺を呼び出した当の本人、天下の奔放姫、人を振り回す天才、シャルロット王女の元へ向かうために。


 そう、この大男は王女からの伝令だったのである。



 歩きながらマリーとアリスメイリスに状況を説明した。

 子供に言ってもわかるまい、などと言う考え方は決してしない。

 

 情報を得て、どう判断するか。

 これこそが成長の要だと俺は思っている。


 答えが幼稚でもいい。

 自分の考えを持つと言うことのほうが、よほど重要なのである。


「えー! おひめさまにあえるのー!? わーい!」

「どんなおかたか楽しみじゃのー!」

「……いいかい、ちゃんとお行儀よくするんだよ?」

「はーい!」

「はいなのじゃ!」


 無邪気でした!

 いやぁ、この屈託の無い可愛い笑顔。

 俺のつまらん教育理論なんて、どうでも良くなるよね!


 伝令の案内でなるべく目立たぬよう、一般客席の裏を回り貴賓席へ向かう。

 三方向に別れた壁、つまり貴族席辺りに差し掛かると、流石にみんな品があって豪勢な身なりをしていた。


 だが、中には俺たちを見て、あからさまに顔をしかめる者もいる。

 どこの貴族もこう言った連中はいるものだし、俺は別段気にもとめなかった。


 どうせ『小汚い庶民がなんでこのような高貴な場所にいるんだ』とか思っているのだろう。

 言っておきますが、服も身体もきっちり洗ってますから。


 そんな一部の貴族から向けられたさげすみの目は、俺が王女の近くへ進むにつれ、驚愕の表情へと豹変していくのだった。


 痛快!


 俺が王女の知り合いだなどと、思ってもみなかったのだろう。



「リヒトハルトさま! お待ちしておりましたわ! 突然お呼び立てして申し訳ないとは思ったのだけれど、観客席にあなたの姿を見つけてしまったのですもの! わたくし嬉しくって!」

「いえ、お気になさらず、私のほうは……」

「まあぁぁ! こちらはまさかリヒトハルトさまのご息女ですの!? や~ん! お二人とも可愛いですわ~!」

「おひめさま、ごきげんうるわしゅうございます!」

「お初にお目にかかりますのじゃ」

「小さいのに偉いですわ! きちんとご挨拶できるのですわね! わたくしはシャルロット。お名前を教えてくださる?」

「わたしはマリーともうします!」

「わらわはアリスメイリスと申しますのじゃ」

「うんうん! マリーちゃんとアリスメイリスちゃんですわね! ね、ね、おいくつなのかしら?」


 あ……相変わらず人の話を聞かない王女さまだね……

 親しみやすいと言えばそうなんだけど……


 ほら、伝令の兄さんも周りの貴族もドン引きしちゃってるよ。

 そりゃそうだよなぁ。

 一介の庶民である俺と王女が親し気にしてちゃなぁ。


「そうですわ。リヒトハルトさま、お呼び立てしたのは他でもありません。わたくしと試合を観戦しませんこと?」

「はい…………はい!? で、ですが、国王陛下もおいでになる場所に私などがいては……」

「あぁ、あのアホなお父さまなら腹痛で城へ戻りましたわ。毎年この日になるとお腹を壊すんですのよ。ですからわたくし、副ギルド長に申し上げたのですわ『最初から玉座なんていらない』と」

「は、はぁ……」


 毎年この日に?

 そいつはまたおかしな話もあったものだ。


 だって、この御前試合を含めた催しの全てを企画したのって元々は国王陛下だろ?

 ってことは、一番楽しみにしているのも国王であるはず。

 なんせ、最愛の娘であるシャルロット王女を祝うのが目的なんだからね。

 それに出席しないなんてことがあるのだろうか。


 ……待てよ。

 そう言えば、パレードの中に国王陛下はいたっけ?

 少なくとも俺は見た記憶がないぞ。


「王女殿下、国王陛下はパレードに御出席なさっておりましたか?」

「リヒトハルトさま、話しかたが堅苦しすぎましてよ。もっと砕けた言いかたにしてくださらないかしら。もうお友達なのですから。ねー、マリーちゃん、アリスメイリスちゃん」

「うん! おひめさまとおともだちー!」

「お友達が増えたのじゃー!」


 いつの間に!?

 いやぁ、でもそう言われたところでいきなりってのはねぇ。


「王女殿下、国王陛下はパレードのどこにいたかわかりますか?」

「うーん。まだ少し硬いですが、良しとしましょう。お父さまはパレードにおりませんでしたわ。毎年、城のバルコニーからパレードを眺めるのがお好きらしいので」

「……なるほど。ありがとうございます」

「さぁ、お座りになって。わたくしの周りはお友達だけにしてあるから、気を遣わずとも結構よ」

「はい、では失礼して。マリー、アリス、かけなさい」

「はぁい」

「はいなのじゃ」


 俺たちには似つかわしくないほど立派な椅子へ腰かける。

 高そうな椅子だけあって、座り心地が素晴らしい。


 仮設の客席は尻が痛くなったからね。

 尻が痛いと腰にまで響くんだよ。


 そして目の前には石で造られた舞台。


 なるほど、御前試合を眺めるには最高の環境だ。

 王女は毎年こんないい場所から観戦しているのか……


 そうなると余計に国王不在なのが奇妙に思える。

 パレードには出ない、御前試合も欠席するでは、国王としてどうなのだろうか。


 ガガ、ガ、ピー


「お集まりの皆さま! たぁーいへんお待たせ致しましたぁ! 今年で記念すべき15回目を迎えた御前試合へようこそぉ!」


 姿は見えぬが、魔導拡声器からよく通る女性の声が会場へ響いた。


 へぇ、15回もやってるんだ……っておい!

 15年も!?

 王女が生まれてからほぼ毎年こんなことをやってるってのかい!?


「進行役、及び実況はわたくし、【冒険者ギルド広報部長】のアイラがお送りします! そして解説には今年も【白百合騎士団団長】のフィオナさんにお願いしてありまーす!」

「どうも。フィオナです」


 オォオオオオォォォオオ


 飛び交う大歓声。


「白百合騎士団?」


 聞き慣れぬ単語に頭を捻っていると、王女が答えをくれた。


「あぁ、女性だけで構成されたわたくしの私設騎士団ですわ。洒落で作ってみたのだけれど、みんな本気になってしまいましたの。今では王国軍の三分の一を占めるほどに」

「しゃ、洒落……」


 流石はシャルロット王女。

 周囲の振り回しかたが国家レベルとは。

 巻き込まれた皆さん、ご愁傷さまです。


「さぁぁ! では参りましょうか! 第15回! 【女だらけの御前試合】! 開幕だーーーー!」


 ウォォォォオオオオオオォォォォォ



 はい!?


 今なんて!?



 女だらけ!?



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