パレード
「ほんじゃ、あっしは先に行ってやすぜ! 旦那と姐さんがたはあとからゆっくり来てくだせぇや! いい場所に席は取ってありやすから! いってきやーす!」
「ああ、わかったよ。いってらっしゃいグラーフ」
「ぐらーふいってらっしゃーい!」
「頑張るのじゃぞグラーフ!」
大工道具と大剣を担いで玄関を出ていくグラーフを見送った俺と娘たち。
大股で歩き去る彼の広い背中がみるみる小さくなっていく。
グラーフは『冒険者ギルド青年会 生誕祭実行委員』なる若手の連中で構成された組織へ、冒険者でもないのに加入させられているのだ。
下手人は言うまでもなく副ギルド長のネイビスさんである。
嘘か真か、ネイビスさんの『ギルドに恩を売っておけば冒険者適正試験の時に有利だよ』という甘言に乗ってしまったグラーフだった。
そのおかげで、学校が休みの日は大抵お祭りの準備に駆り出されているが、当のグラーフ本人は甘言を信じているらしく毎度張り切って出ていく。
しかし今日はいつもと少しだけ違う。
グラーフの任務は環状公園の周辺警備と、特設会場が破損した場合の修繕が主目的である。
彼によれば、王女シャルロットは王城前環状公園を何度か周回したあと御前試合が行われる特設会場入りするとのことだった。
そう、今日こそが『シャルロット王女生誕祭祝賀パレード』当日なのである。
そして、リーシャにとっても御前試合で特訓の成果を見せる晴れの日であった。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁ…………」
テーブルに頭を突っ伏しながら奇声を漏らすリーシャ。
声とともに魂が口から脱け出しているかのようだ。
「パパ、りーしゃおねえちゃんどうしちゃったの?」
「お腹でも壊しておるのかの?」
朝食の食器を片付けながら、心配そうにしているマリーとアリスメイリス。
ちゃんと俺のお手伝いを出来るなんて、偉すぎる娘たちなのであった。
「ははは、大丈夫だよ。ただね、リーシャはほんのちょっと緊張してるだけなのさ」
「きんちょー? おねえちゃんが?」
「柄にもないのじゃ」
「はうぅぅ……言わないでよ二人とも~」
娘たちから意外と刺さる言葉を突きつけられて涙目のリーシャ。
俺もまさかリーシャがこれほどプレッシャーに弱いとは思ってもみなかった。
一応予定通り昨日は完全休養日としたのだが、身体を動かしていないと妙な思考に陥るらしく、ずっと居間をグルグルと歩き回る始末だ。
身体を休めるのも訓練のうちだと言い聞かせたところで効果はなく、俺は加齢で枯れそうな脳をひねくり回し思いついたことを言ってみた。
『身体を動かさない代わりに頭を動かそうか。イメージトレーニングなんてどうだい?』
効果は覿面であった。
リーシャは居間の床に正座し、目を閉じて仮想の相手と戦闘訓練を始めたのである。
それもかなりリアルに闘っているらしく、時折『うっ!』とか『ぐっ!』とか『やりますね!』とか呻いていた。
時々目を開けては俺のほうを恨めし気に見ている。
もしかしたらリーシャの前に立ちはだかる仮想の強敵とは俺なのだろうか。
待て待て。
俺と闘うのはいいが、そんな目で見られる謂れはないよ?
睨まれても困るんですけど。
だが俺が悪役となったおかげか、リーシャは身体を充分に休めることが出来たようだ。
ただし、脳のほうは疲弊しきったようにしか見えないが。
頭が疲れた時は、よく眠れるものである。
なので俺はもうひとつ、リーシャへ贈る休養作戦を実行した。
名付けて『娘たちによる寝かしつけ大作戦』!
事前にマリーとアリスメイリスには打ち合わせを済ませておいた。
就寝時間になったらリーシャへ本を読み聞かせしてもらうようにせがむと言う、割とそのまんまな作戦なのだ。
しかし、またもや効果は覿面であった。
読み聞かせと言うのは、聞いているほうは勿論のこと、読んでいる側も非常に眠くなってしまう。
ましてや小さな娘たちの寝息を聞いていると、あっと言う間に眠気の虜となるのだ。
リーシャも例外ではなかったらしい。
最後まで起きていたアリスメイリスの証言によると、読み聞かせ開始10分でマリーがまず陥落し、20分後にはリーシャ本人がダウン。
そのリーシャは娘二人を抱きしめながら気持ち良さそうな寝息を立てていたと言う。
完全に寝ているのを確認したあと、アリスメイリスも眠りについたと話してくれた。
俺の作戦は完全に成功したのである。
これで睡眠時間の確保はバッチリだろうね。
脳が休まないと疲れってのは取れないもんだよ。
あとに残された問題はリーシャ本人にしか解決できない。
御前試合開始までになんとか緊張がほぐれてくれるといいのだが。
「パパー! おきがえしよー?」
「そうしようか。どの服がいいかな?」
「ありすちゃんとおそろいのやつ!」
「マリーお姉ちゃんとお揃いのやつがいいのじゃ!」
「はははは、そうだね。お天気も良いし、水色のワンピースはピッタリだよ。よーし、二階へいくぞー!」
「きゃー! あはははは!」
「くふふふ! 早いのじゃー!」
俺は二人を両脇に抱えて二階までダッシュした。
はしゃぐ娘たちの笑い声が耳に心地いい。
髪を結い、すっかり着替えも終えたマリーとアリスメイリスに急かされ、リーシャもなんとか準備を整える。
装備品のチェックは俺がしてやるしかあるまい。
こうして準備万端となった俺たちは、眩く煌めく太陽の元へ飛び出したのである。
パレード会場となる王城前環状公園は、既に人々でごった返していた。
あちこちにグラーフたちが作ったものであろう、仮設の観覧席がかなりの高さにまで設置されている。
そこも観客で押し合いへし合いの大騒ぎだった。
いい席から眺めたいのは誰でも同じなのだ。
特に南側広場はすさまじい人数だった。
南側は広場の中でも一番広く敷地面積が取られており、ここに御前試合が行われると言う特設会場が設けられるはずだからである。
普段からこの場所での催しは多い。
演劇、サーカス、楽団等、枚挙にいとまがないほど。
劇場や音楽ホールもあるにはあるのだが、広場で演るほうが観客も多く、名も広まることからこちらのほうが人気だったりするのだ。
「おぉーい! 旦那ぁー! こっちですぜー!」
人混みの中から手を振るグラーフ。
彼は大きいので良く目立つ。
しかし、よくこっちを見つけたもんだね。
「いやぁ、旦那は真っ黒なマントだからすぐわかりやしたぜ! さ、席に案内しまさぁ!」
な、なるほど。
『ネイビスさんから【黒の導師】たる者、それ相応の装備を忘れないでいただきたい!』などと言われたもんだから、一応着てきた【コートオブダークロード】のせいだったか……
もう初夏だし、暑いから嫌だったんだけどなぁ。
俺たちが案内されたのは、パレードを観るためだけに作られた階段状の高い観客席である。
その高さは建物の3階分もあるだろうか。
広場を一望でき、その奥の王城すら正面に見える。
まさに特等席だ。
だが不思議なことに、広場と王城の間には巨大な長方形の箱が置いてある。
あれが御前試合の会場なのだろうか。
それにしてはやけに小さく感じるが……
「グラーフ、会場ってあれかい?」
「へい、その通りでさぁ」
「ちっちゃくない?」
「へへっ、そう思いやすよね。あれには……」
パパラパッパパー
パパラパパラパッパッパーーーー
「おっといけねぇ、パレード開始の合図でさぁ。あっしは警備に戻りやすんで、ゆっくり見ててくだせぇ! 西から始まるんですぐ王女さまが来やすぜ! んじゃ!」
そう言うとグラーフは駆けて行ってしまった。
さっきのラッパがどうやら合図だったようだ。
「さ、座ろうかみんな……うげ」
俺の喉から妙な音が漏れた。
理由は座席、と言うか観客席そのものにある。
大きな横断幕に『黒の導師御一行様』とでっかく書いてあるんだけど!?
誰だよこんなもんを考えたのは!
バカじゃないのか!
「あっははははは! これなら一目でわかりますね」
ガッチガチで無口になっていたリーシャもこれには大笑い。
かなり恥ずかしいが、彼女の緊張が少しでもほぐれたのなら良しとしようではないか。
「あぁ、いたいた。みなさんごきげんよう」
「リヒトさーん、私も来ちゃいましたわ」
「おぉ、これはどうも。ささ、お座りください」
「せんせー! おばあちゃーん! こんにちはー!」
「ミリア先生、ジェイミーお婆さま! ごきげんようなのじゃ!」
「こんにちは。マリーちゃん、アリスちゃん、今日も元気ね」
早速横断幕の効果が出たのだろうか、あっさりと俺たちを見つけた様子のジェイミーさんとミリア先生。
ミリア先生は普通だが、ジェイミーさんはド派手な紫のドレス姿だった。
なんやかんやと挨拶をしているうちに、左方、つまり西側から大きな歓声と音楽が近付いてきたのである。
西、南、東、北の逆時計回り順で広場を巡るようだ。
パレードの列が見えてくると、こちらからも大歓声が巻き起こる。
楽隊の列。
警備兵の列。
王侯貴族が乗っているのであろう、屋根のない豪華な馬車の列。
シャルロット王女はどこだろうか。
俺が目を細めてそのお姿を探すと、ひときわ大きなピンク色の乗り物が目に入った。
なにあれ……?
象!?
「わぁー! ぴんくのぞうさん! かわいいねー!」
「こりゃまたすごい乗り物じゃのー!」
俺には微妙に思えても、娘たちには大ウケしているようだ。
あちこちの子供から黄色い声が聞こえてくる。
そして王女はその象さんの上にいた。
彼女もピンク色のフリフリドレスを身に纏い、両手を振って臣民の歓声に応えている。
「王女さまよ! 今日もお綺麗だわ!」
「いやぁ、相変わらず別嬪さんですなぁ!」
「シャルロット王女さまーーー!!」
「お誕生日、おめでとうございますーー!!」
耳が痛くなるほどの喝采と賞賛。
娘たちだけではなく、ジェイミーさんもミリア先生も、リーシャも王女へ向けて手を振っていた。
結構距離もあるし、見えるはずもないとは思うが俺も軽く振ってみる。
すると、たまたまだろうか。
バチッと目が合った気がしたのである。
王女の笑顔が、更に満面の笑みへと変貌していく。
「リヒトハルトさまーー!!」
大観衆の中でさえもよく通る声が、俺を呼ばわった。
そして───
大胆にもシャルロット王女は投げキッスを放ったのである。
ドォオオオオォォオオオオオ
大地を揺るがすほどのどよめきが俺を襲ったことは言うまでもない。




