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剣聖


「何奴じゃ!?」


 侵入者へ真っ先に反応したのは、意外にもアリスメイリスであった。


 いや、彼女は元々が不死者の王である【真祖】だ。

 俺たちよりは奇妙な気配に対して遥かに敏感だと考えるほうが自然だろう。


 俺はほんのわずかに遅れて立ち上がり、素早くアリスメイリスの肩を抱き寄せ、マリーとシャロンさまの前に立つ。

 リーシャもわきまえているのか、剣の柄は握ったものの抜刀にまでは至らなかった。

 ただ、腰を落とし、いつでも抜ける構えで静止しているのは流石である。


 王太后邸で刃傷沙汰を起こすわけにもいかないからな。

 ……それにしても俺としたことが油断してしまったね。


 人影は、屋外であれば景色に溶け込んでしまうような緑色の外套を纏っていた。

 深くフードを被り、表情どころか顔すらうかがい知れない。


 ただ、腰に二本の長剣を帯びていることから、剣士であることは想像が付く。


 それだけではない。


 その佇まい。

 その隠しようもない圧倒的なオーラ。

 その全く隙の無い立ち姿たるや。


 突っ立っているだけなのになんと言う圧迫感。

 どう考えても只者ではない。


 横で構えるリーシャのゴクリと喉を鳴らす音。

 こちらにまで彼女の緊張感が伝わってくる。


 だが、緊張の糸は唐突に断ち切られた。


「はぁ……あなたと言う人はまたそんなところから入っていらして……お客さまたちが驚いているではないの」


 目頭に指を当て、やれやれと言った風に溜息をつくシャロンさまによってであった。


「ワハハハ、これは失礼致した。どうにも人目につくのが苦手でしてのう」

「余計に目立ってるのではないかしら」

「そのようですな。ウワハハハハハ」


 ポカンとしている俺たちを余所に、笑い合うお二方。

 どうやら知り合い、もしくは旧知の仲であるようだ。

 フードの人物は豪快な笑い声をたてているが、かなりご高齢と思われる声色であった。


「まさかこのような辺鄙へんぴな地に客人が来ておるなど思ってもみなかったですぞ」

「あら失礼ね。彼らは慰問に来てくれたのよ」

「ほう! こんな偏屈婆さんに付き合うとは、とんだ物好きもいたもんですな! ウワハハハ!」

「口の悪さも相変わらずね、オルランディ」


 フードの人物、オルランディはバサリと外套を脱いだ。

 白髪の短い髪。

 真っ白で見事な長髭。

 人生の年輪とも言える、深く刻まれた皺。

 だが、その瞳だけは猛禽類のように鋭く光っている。


「オルランディ!?」


 引きつったような奇声を発したのはリーシャであった。


「リーシャ、知ってるのかい?」

「このおじいちゃんだれー?」

「ただの人間とも思えぬが、何者なのじゃ?」


 俺と娘たちから矢継ぎ早に質問を受けたリーシャは、それに答えることなくゆっくり構えを解き、オルランディと言う老人の前に立った。

 うつむいたまま少しのあいだ逡巡したあと、おもむろに彼の前へ片膝をつく。


「お初にお目にかかります。私はリーシャ。剣士アザトースの一番弟子リーシャです! 【剣聖】オルランディさま!」

「ほう、あの泣き虫アザトースの弟子とはな。ひよっこが弟子を取るほどまでになったか……時の流れとは早いものだのう。で、そのアザトースはどこに」

「オルランディさま! 師匠の居場所を知りませんか!?」

「む?」

「あれっ?」


 オルランディさまとリーシャが顔を見合わせた。

 どうやらお互い知らなかったようである。


 場に奇妙な空気が流れた。

 カッカッと言う振り子時計の音がやけに耳へ響く。

 退屈そうな犬のペロが大あくびをする。


「……と、取り敢えず皆さんお座りになられませんか。俺はお茶を淹れ直してきますので」

「あぁ、それがいいわね。お願いするわリヒトハルトさん。さぁさ、リーシャさんもオルランディもお座りなさい」


 空気に耐えられなくなった俺とシャロンティーヌさまとで事態の収拾をはかる。

 危険はもうなさそうであるし、子供たちとリーシャを長椅子に座らせて飛ぶようにキッチンへ駆け込んだ。

 【ファイアボルト】で竈に火を点け、ポットをコンロにかけてから一息つく。


 それにしてもあのオルランディと言う老人には驚いたね。

 アリスが過剰反応するほどだから只者ではないと思ったが、まさか【剣聖】とは。

 剣士系ジョブの最高位称号だよ?

 俺の【オリハルコン】級冒険者の称号に勝るとも劣らないほどさ。


 俺は湯が沸くまでの間、腰の物入れから冒険者ギルドで貰ったパンフレットを取り出して読み漁った。

 どうにもオルランディと言う名をどこかで見た気がしてならないからである。


 そしてやはり、そこに答えはあった。


 剣士オルランディと聖女シャロンティーヌの名が刻まれていたのは冒険者ギルド創設にまつわる序章。

 当時、まだ一介の冒険者だったオルランディ、シャロンティーヌ、そして名も知れぬ魔導士の三人。


 内容には触れられていないが、多大な功績をあげた三名はその時代の王に認められギルドを設立した。

 野良の冒険者たちはこぞって賛同し、その気概は他の大陸にまで広がりを見せ『世界冒険者ギルド連盟』成立に至ったのだ。


 そしてオルランディは叙勲と爵位を受け、新設された騎士団の団長へ。

 シャロンティーヌは、まだ王子だった頃の先王に見初められ結婚を。

 名も無き魔導士はギルドのシステムを完成させたのち行方知れずに。


 要約するとこんな感じである。


 ……よく考えたらとんでもないことだよね。

 歴史に名を残すお二方がここへ揃っているなんて。


 それはいいけど、なんでこのタイミングなんだ……

 なにも俺たちが来ている時じゃなくていいだろうに。

 これではもう慰問もへったくれもありゃしない。


 しかし、リーシャの剣がオルランディさまのお弟子さんから教わったものだったなんてね。

 それも驚いたけど、師匠さんが失踪してたってことにもビックリだよ。


 きっとリーシャは師匠を探すために王都まできたんだろうね。

 でも、なんだって突然行方をくらましたんだ?


 リーシャみたいな才能が有って、とてもいい子を放り出して消えたわけだろ?

 俺なら最後まで教え切るけどなぁ。


 ……あれぇ?

 何でか知らんがムカッ腹が立ってきたぞ。

 もし見つけたらそのアザトースって野郎には思い切り説教してやるしかないな。

 おじさんの説教好きを舐めるなよ。


 ゴボゴボゴボッ


 うわぁ、しまった。

 湯を沸騰させちゃった!

 お茶に熱湯は禁物だってのにぃ!




「なるほどのう。アザトースのやつめ、責任感を持てと散々言ったはずなのだが……見つけたあかつきには二晩ほど説教してくれるわ」

「是非お願いします! あのバカ師匠には私も本気で頭に来てますから! 基礎中の基礎を教えただけで消えちゃったんですよ!? 授業料は前金で払ってたのに、ひどいと思いません!?」

「う、うむ……それはひどいのう」


 リーシャから顛末を聞き終えたオルランディさまは、少しだけ怒気を発していた。

 彼も先程の俺と同じ考えを持ったようである。

 それよりも、リーシャの『思ったことをストレートに言っちゃう病(俺命名)』が炸裂しているようだが、大丈夫なんだろうか。



「美味しい……! このお茶、リヒトハルトさんが淹れたの?」

「ええ、お口に合いましたか?」

「勿論よ! あなた、どうして冒険者をしてらっしゃるのかしら? 王宮の料理人たちより素晴らしい腕をお持ちなのに」

「いえ、さすがにそれは褒めすぎですよシャロンさま」

「まぁ、ご謙遜なさらないで! ほほほほ」

「パパのごはんおいしいよねー」

「うん。お父さまは世界一じゃ」

「マリーちゃんとアリスちゃんの言う通りよ。私の専属コックになってほしいくらい!」

「いやいや、そんな。ははは」


 真面目な話をしているオルランディとリーシャの横で繰り広げられる、俺たちのまったりとした会話。


 シャロンティーヌさまも王太后とは言え元は平民だ。

 なので、少々下世話であろう俺たちに対しても気さくに話してくださるぶん打ち解けるのも早かったのである。


 『私はね、王宮暮らしが窮屈で仕方なかったの。だから孫のシャルロットが生まれた時にこの旧王城へ強引に来てしまったわ。余生くらい私の自由にさせてもらわないとね』なんて言いながら笑っていたシャロンティーヌさま。

 飾らない人柄が非常に好感を持てる。


 だけど、シャロンティーヌさまといい、シャルロット王女といい、この国の王族は破天荒すぎやしないか?

 王女なのに魔導飛行装置で空を飛んでみたり、王宮暮らしが嫌だからって老齢なのに一人暮らしをしたりとかさぁ。

 はっきり言って前代未聞だよ。



 などと俺が考えていた時、リーシャのほうはとんでもない急展開を迎えていたのだ。



「オルランディさま……!」

「なんだね? アザトースのことなら手を回しておくが」

「私を弟子にしてください!」

「ブホッ!」

「ブヘァッ!」



 飲みかけのお茶を盛大に撒き散らす俺とオルランディさまであった。




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