王太后と昼食を
「王太后さま、失礼を致しました」
「ご無礼、お許しを」
俺とリーシャは片膝を付いて礼の姿勢を取る。
子供たちはきょとんとしていたが、状況を察したのか俺たちを真似て膝をついた。
いいぞ。
さすが愛娘たち。
「普通に接して欲しい、と言ったはずよ。さぁ、お立ちなさい。立たないと怒ります」
柔和な表情ではあるが凛とした声。
王族として酸いも甘いもかみ分けてきた年季は伊達じゃなさそうだ。
王太后たるシャロンティーヌさまにそこまで言われては俺たちとて立つしかあるまい。
「パパ」
「お父さま?」
「うん、立っていいよ」
俺はそう声をかけながら立ち上がった。
マリーもアリスメイリスも、きちんと俺に判断を仰ぐあたりが偉い。
自画自賛になってしまうかもしれないが、これも教育の賜物だろう。
暇な時には、口うるさくならない程度に簡単な礼儀作法を教えてきたのだ。
躾がなっていない子ほど見ていて哀れなものはないからね。
いったい親は何をやってるんだ、なんて考えちゃうのはおじさんの証拠なんだけれども。
料理人時代にそう言ったおバカさんな親子をたくさん見てきたもんだからさ。
余計にうちの子たちが賢く可愛く見えるよ。
「さ、中へどうぞ。お茶を淹れましょうね」
「恐縮です」
「あ、私手伝います。お茶だけは鍛えられてますから」
「そう? ふふふ、じゃあお願いしようかしら」
犬のペロを先頭に歩き出す。
ペロはこちらへ振り返りながら、まるで俺たちを先導するかのように広い庭を進んで行った。
「僭越ながらお手を拝借してもよろしいですか?」
「あら、ありがとう。お言葉に甘えるわね」
ご高齢ゆえに足が悪いのか、ヨタヨタしているシャロンティーヌさまを見かねたリーシャが手を貸している。
リーシャは非常に気の利く子だ。
器量はいいし頭もいい。
料理の腕はまだまだだけど、俺が指導している以上、それもいずれは解消するだろう。
時々ストレートに思ったこと言ってしまうのは玉に瑕だが、裏表のない性格だと思えば逆に好感が持てる。
生来の世話焼きなのか、子供たちだけでなく俺の面倒までみようとするのも煩わしいどころかありがたくすら感じた。
普段は妹のように感じている俺だったが、折々に感じられる女性らしさでドキリとすることもあった。
共に生活しているのだから、なるべく意識しないように心がけてはいる。
グラーフが彼女に好意をもっていることでもあるし、関係がこじれては懐いているマリーやアリスメイリスも可哀想だからだ。
だが、ああも真っ直ぐにぶつかって来られると、俺もその気持ちに答えていいのではないかと考えることもある。
「パパ? どうしたの?」
「お父さまが難しい顔をしておるのじゃ」
「あ、あぁ、すまないね。さぁ行こうか」
娘たちに両手を引かれて歩みを進めた。
まるで介護されているような気分に陥りなんだか切なくなってしまう。
シャロンさまのようにご高齢でも歩けるなら全く問題ないが、俺が寝たきりになんてなったらシモの世話まで娘たちがすることに……
うぉぉ、本気で嫌だぁ!
自らに起こり得る悲惨な未来を妄想しつつ、古城と言っても差支えのない邸内へ入る。
外観の古めかしい見た目とは裏腹に、改装でも施してあるのか内部は真新しくなっていた。
思っていたよりも調度品の類は少ないものの、殺風景と言う感じはない。
きっとシャロンティーヌさまが手ずから制作なさったのであろう様々な刺繍があちこちに飾られ、邸内に温かみを持たせているからに違いあるまい。
「うわぁ、きれいー」
「素敵じゃのう……」
「ふふふ、褒めてくれてありがとう」
子供たちは刺繍に興味があるのか、青と金の瞳を輝かせながら見入っている。
俺はむしろ娘たちの純真無垢なその姿に感動すら覚えた。
俺も昔は何にでも興味を持てたんだけどねぇ。
せこせこした毎日を送っていると感情も薄くなっちゃうのかな。
それでも、冒険者になって娘が出来てからは、景色もだいぶ違って見えるようになったんだから不思議だよね。
やっぱり生きる張り合いってもんがないと人間はダメなのかも。
「さぁ皆さん、お掛けになって」
想像よりもずっと狭い居間に通された俺たち。
シャロンティーヌさまが過ごしやすいように小さく改装したのかもしれない。
だが、庶民の俺たちにはこのほうが余程落ち着ける空間となっていた。
「リーシャさん、キッチンはこちらよ」
「はい!」
シャロンティーヌさまとリーシャが隣室のキッチンへ消えていく。
お茶を淹れに行ったのだろう。
「パパー! ここにすわってー!」
「わらわたちの間なのじゃ」
「ああ、いいよ」
長椅子の両端に座るマリーとアリスメイリス。
その間に俺が腰を掛けると、甘えているのか身体を寄せてくる二人の娘。
ああ、もう!
可愛いなぁ!
「ほほほほ、そんなことがあったの」
「ええ! その時のリヒトさんの顔ったら! こーんな顔でしたもの!」
「ほほほほほ」
すっかり意気投合したシャロンティーヌさまとリーシャの笑い声。
お茶を飲みながら俺の面白エピソードを絶賛公開中なのだ。
子供たちは昼ごはん前なこともあって空腹だったのか、用意されたお菓子をモリモリいただいちゃってる。
俺は引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。
何が悲しくて王太后さまに自分の恥を暴露されているのか。
まぁ、誰かを弄って話を盛り上げる手法もわかるんだけどさぁ。
まさか俺にお鉢が回ってくるとはね。
俺よりもグラーフのほうが笑えるエピソードには事欠かないと思うんだけど。
ってか、これで慰問になってるんですかねぇ?
王太后様っつったら、あれだよ?
王様のお母さまだよ?
シャルロット王女殿下から見ればお婆さまだよ?
そんな高貴なおかたが何で辺鄙な場所で一人暮らしなのか、とかそう言った疑問は湧かないのかねリーシャくん。
肝心のシャロンさまはすっごく楽しそうにリーシャの話を聞いているし。
やはり女性同士のほうが気楽なのかもね。
でもこれじゃリーシャの独演会なんだが、それでいいのかな?
手持ち無沙汰の俺がそんな思考を繰り広げていた時。
ボーン ボーン
お金持ちの象徴、振り子時計が12時を告げる。
来た。
ここからが俺の出番だ。
「お話の途中で失礼します。私も少々キッチンをお借りしてもよろしいですか?」
「あら? お茶のおかわり?」
「いえ、実は私、元料理人でして、僭越ながら田舎料理でよろしければ召し上がっていただこうかと」
俺は長椅子の後ろに置いた荷物を掲げて見せる。
「まぁ素敵! 是非お願いしますわね!」
少女のように目を輝かせるシャロンティーヌさま。
一気にプレッシャーがかかる俺。
そんなに期待されても困るんですが……
背中にのしかかる重圧をはねのけながら俺はキッチンへ向かうのであった。
「んんー! とっても美味しいわ!」
「ですよね! 私もリヒトさんの料理が大好きなんです!」
「パパー! おいひいー!」
「お父さまは天才なのじゃ!」
思っていたよりも好評なようでなにより。
とは言っても、ネイビスさんがピクニック気分で行けとか言うもんだから、それほど大した料理は持ってきていないのだ。
ただ、ひとつだけ自信作がある。
「特にこのシチュー! どうやったらこんなに美味しくなるのかしら!」
そう、それですよシャロンさま。
昨日、夕飯の買い出し中にたまたま見つけたミルク。
それが何と、あのヨゼフさんの牧場で採れた牛乳だったのだ。
俺が考案した名物『子豚亭特製シチュー』の材料ともなっていたレアな品である。
まさか王都でヨゼフさんの牛乳とお目にかかるなんて思ってもみなかったよ。
そのかわりすっごく高値で驚いたけどね。
ヨゼフさんが『子豚亭』に卸していただいた頃は値段的にかなり勉強してくれてたんだなぁ。
ほんと、あのかたには感謝しかないよ。
ともかく、俺は最高の味と品質を誇るヨゼフさんのミルクで、かなり久々に特製シチューを作成したのである。
それを鍋に入れたまま、この王太后邸へ持ち込み、キッチンを借りて温めたと言うわけだ。
浅めに煮込んでおいたものを、今度は深く煮た。
お昼に食べることを想定して煮込み時間を逆算しておいたのだ。
この調整が肝なのである。
煮過ぎれば肉が固くなってしまうし、野菜も崩れてしまう。
しかし、浅すぎれば今度は具材から旨味が出ない。
今回はバッチリ上手く出来てる。
これにカリッと香ばしく炙ったパンを浸して食べてみなさいな。
「リヒトハルトさん。おかわりはあるのかしら?」
「ええ、勿論です」
「不思議ね。私は普段、滅多におかわりなんてしないのだけれど、このシチューはいくらでも入ってしまいそうで怖いわ……あ、大盛でお願いね」
「斯様なお言葉、痛み入ります」
「パパー! わたしもおかわりー!」
「わらわもー!」
「……あの、リヒトさん……私もいいですか……? てへへ」
「ああ、いいとも」
ご覧の通りさ。
美味しく食べてもらえるのは料理人としての本懐だ。
……『元』料理人ではあるが。
辞めた今となってもその気持ちに変わりはない。
ワイワイと和やかムードで食事を摂っていたその時、室内だと言うのに一陣の爽やかな風を頬に感じた。
瞬間────
「何奴じゃ!?」
アリスメイリスが素早く立ち上がり、居間の一画を見ている。
その視線の先に、いつの間にか人影があったのだ。




