慰問
「うわぁ~! おっきい~!」
「ほぉ~! こりゃ立派じゃの~!」
「リヒトさん……本当にここで合ってるんですか?」
「ネイビスさんの話だと間違いないはずなんだが……それにしてもすごいね」
ここは王都から西へ向かう大街道を数時間歩いた海岸沿い。
その大街道を少し逸れた結構な断崖となっている岬の先端。
そこにそびえ立つは、まるで城とも言えるほどの巨大屋敷である。
大嵐の夜に稲光で照らされるのがお似合いとしか思えない古城、とでも形容すべきか。
俺たちはその異様な城の巨大な門前で呆けているのだ。
格子の門扉は開いているが、内部の庭からは番犬と思われる犬の鳴き声がひっきりなしに聞こえていた。
しかも、入ってくるな怪しいヤツめ、と言わんばかりの勢い。
俺ですら本当にこの場所が目的地なのか疑いたくなってくる。
副ギルド長のネイビスさんから俺が受けた依頼とはこうだ。
『さる高貴なおかたが王都の郊外に暮らしている。お一人では色々と難儀なさっているご様子なので、慰問するとともに不自由な思いを解消して差し上げよ』
まとめるとこんな感じであった。
ネイビスさんはもっと色々言っていたが、あまりにも依頼とはかけ離れた話なので割愛する。
このおかたは定期的に冒険者ギルドへ似たような依頼をしているとのことだ。
だが、今は時期が悪く、冒険者連中やギルド職員は『王女殿下生誕祭パレード』の準備に駆り出されている。
なので、丁度暇そうなうえ金欠の俺たちへと白羽の矢が立ったわけだ。
……グラーフはパレードの準備に強制連行されて行ったけどね……
しかもネイビスさんの冒険者適正試験の時に有利だなどと言う甘言に乗せられて。
それって絶対に嘘だと思うんだがなぁ。
「とりあえずここまで来たんですから、入ってみるしかありませんよね?」
「そうだねぇ。お化けとか出そうな雰囲気だけど」
「ひっ! お化け!?」
「いや、まだ出てないよ」
お化け嫌いのリーシャが俺の腕にしがみついてくる。
ビビり過ぎだと思うが、苦手な物は誰にだってあるのだ。
庭へ入ると、一層犬の鳴き声が大きくなった。
建物へ近付くにつれ、鳴き声も迫ってくる。
放し飼いにでもしているのだろうか。
そう思った時、右手の茂みから赤い首輪をつけた茶色く大きな犬が突然飛びかかってきた。
獰猛な唸り声と牙が向かったのはマリーの方向。
ガウゥ!!
咄嗟にマリーを俺の後ろへ隠し、犬の前へ腕を突き出した。
あやまたず犬は俺の腕に噛み付いたのだ。
当然痛くはない。
だが、マリーを傷つけようとしたその行為に俺の怒りは燃え上がった。
「……おい。どうやらお前は躾がなってないようだね……」
キャイン!!
俺がギロリと睨みつけた途端、巨犬は悲鳴を上げてひっくり返った。
そのまま腹を上にして動かなくなる。
これは犬が完全服従した時のポーズだ。
俺にはとても敵わぬと見て屈したのだろう。
犬は力量の上下関係に敏感なのである。
これならもう安全と言えよう。
「ん? ここか? ここがいいのか?」
クゥン! キャゥウン!
むき出しの腹をまさぐってやると犬は嬉しそうに大興奮していた。
「わんわんかわいいー! ふさふさー!」
「大きな犬じゃのー。首輪もしておるから飼い犬かの」
「あははは、リヒトさんワンちゃんをあやすの上手ですね」
「そうかい? ほれほれ」
クゥゥン! クン! キュウゥン!
俺の成すがままになり身悶えする犬。
マリーとアリスメイリス、そしてリーシャにもまさぐられてとても気持ち良さそうだ。
「あらまぁ、ごめんなさいねぇ。うちの『ペロ』がご迷惑をかけてしまったかしら」
玄関の方向からそんな声が聞こえた。
見れば小さな老婆がヨタヨタとこちらへ歩いてくるところであった。
「我々のほうからそちらへ向かいますんで、無理なさらないでください!」
俺は老婆にそう声をかけて立ち上がる。
「ペロ、ご主人様のところへお行き」
ウォン!
俺に向けて返事するように一声鳴いてから老婆のほうへと軽快に走って行くペロ。
最初はバカ犬かと思ったが、かなり賢いようだ。
考えてみれば侵入者に襲い掛かるのも、番犬ならば至極当然なことである。
俺たちが歩み寄るのを、ペロの頭を撫でながら待っているお婆さん。
白髪を頭の上でひとつにまとめた品のある老婆だった。
そしてとても小さい。
アリスメイリスより少しだけ背が高いかなというくらいである。
「あらあら、可愛らしいお嬢さんがただこと。そして素敵な殿方。あなたがリヒトハルトさんね? ネイビス副ギルド長からうかがっておりますよ」
「お初にお目にかかります。【オリハルコン】級冒険者、リヒトハルトでございます」
「わたしマリー!」
「わらわはアリスメイリスなのじゃ!」
「【ゴールド】級冒険者、リーシャと申します」
頭を下げる俺たちを、ニコニコ見守るお婆さん。
「私はシャロンティーヌよ。気さくにシャロンと呼んでちょうだい」
「かしこまりましたシャロンさま」
「そんなにへりくだらなくてよろしいのよ。普通に接してくれるほうが嬉しいわ」
そうおっしゃられてもね。
俺はネイビスさんから、さる高貴なおかた、としか聞いてないんですよ。
粗相をするわけにもいかんでしょうに。
……それにしてもシャロンティーヌさま、か。
どこかで聞いたような気がする名前だね……
ま、俺の記憶力なんてアテにならないんだけどさ。
ちなみに、リーシャも先の未発見モンスター、のちに名前負けしているとしか思えない【インフェルノウルフ】と名付けられた、丸っこい狼の発見と討伐による功績で【ゴールド】級冒険者の称号を得ていた。
下から、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、アダマンタイト、オリハルコンと連なる冒険者へ贈られる称号群。
もうひとつ上の称号もあるようだが、現在では名誉称号となっており、ほぼ使用されることはないと言う。
リーシャの【ゴールド】は、長年に渡る冒険者生活を続けた者や、著しい功績をギルドが認定した者などに与えられる。
言わば冒険者としては中堅クラスと言っていいだろう。
ポイントは冒険者ランクと称号が切り離されている点だ。
どれほど冒険者ランクが高く、途轍もない強さを持っていたとしても、功績が認められねば称号はもらえない。
反対に冒険者ランクが1のままだとしても、見合った功績をあげれば称号はもらえると言うわけだ。
俺たちの場合はまさに後者である。
まぁ、俺の冒険者ランクは文字化けしてるから正確な数値はわからないんだけどね……
たぶんリーシャとそんなに変わらないんじゃないかな……
「リヒトハルトさん、あなたは優しいかたね」
「はい?」
俺を見つめ、突然そんなことを言い出すシャロンティーヌさま。
目を白黒させる俺。
「あなたは腕を噛まれながらもペロを傷つけることはなかった。そうでしょう?」
「あ、あぁ、いえ、首輪も見えましたし、ペロはシャロンさまにとって家族の一員なのではないかと思いまして」
「まあ、やはり優しいかたね。ネイビスさんのお話通りです」
「ですが、もしも娘たちが怪我を負ったりしていたらどうなっていたかはわかりません」
「ええ、それでよろしいのよ。時には非情になれない冒険者など、なんの役に立つと言うのかしら」
少しだけ仰天する俺。
意外と過激なことをおっしゃる。
それにしてもシャロンティーヌさまは随分と冒険者に理解のあるおかたのようだ。
副ギルド長のネイビスさんとも懇意な風に見受けられるし、過去になにかあったのだろうか。
ん?
冒険者ギルド……?
シャロンティーヌさま……?
……おいおい。
確か、ギルドからもらったパンフレットに……
「……まさか、冒険者ギルド創設の立役者だった王太后がいると……」
「ええ、それは私のことよ」
「えぇぇぇ!?」
「ええぇぇぇぇ!?」
このかたが王太后さま!?




