郊外
「おっでかけ~! おっでかけ~!」
「ピクニック~! ピクニック~!」
ご機嫌で鼻歌を歌いながら大手を振って歩くマリーとアリスメイリス。
お揃いでお気に入りの青いワンピースを着た二人は、とっても楽しそうに手を繋いで歩いている。
リーシャが選んだと言う白いカチューシャが良く似合っていて非常に愛らしい。
そんな娘たちを後ろから見守る俺とリーシャ。
子供たちの歌通り、俺たちは王都の郊外まで足を運んでいる。
王都の西側を貫く大通り。
その周辺に広がる職人たちの店が軒を連ねた通称『職人通り』を抜け、そのまま西門から大街道へ出たのだ。
予定ではこのまま西進し、目的地へ向かうことになっている。
何故俺たちが王都を離れたのか、その経緯はこうだった。
「いやぁ、リーシャさんの淹れるお茶は美味いですなぁ! がっはっは!」
「リヒトさんの教え方が上手だからですね」
「いや、リーシャの飲み込みがいいからだと思うよ」
「やだ、そんな、照れますってば」
「がっはっは! 相変わらず仲がよろしいですなぁ! まるで本当の親子のようですぞ!」
「ガーン!? ……お、親子……」
居間のソファにドッカと腰を下ろした副ギルド長のネイビスさん。
ショックを受け蒼白となったリーシャをよそに、さも美味そうな顔でお茶を飲んでいる。
彼は時々、何の用事もないのに我が家へ来てはお茶を飲んでくつろいでいく。
聞けば冒険者ギルドにいると、下の連中からの突き上げで息が詰まってしまうらしい。
組織と言うのは確執が付きものだ。
俺が勤めていたレストラン『子豚亭』ですらそれは避けられなかったくらいである。
おかげさまで見事にクビとなった。
やはり人との折り合いは重要であると感じた一件となったわけだが。
それでもどうしたってウマが合わない人物の一人や二人は存在するのもまた事実である。
そんなネイビスさんの苦労もわかってあげられるので俺は別段文句を言うこともなく、こうして彼の暇つぶしに付き合っているのだ。
「最近はだいぶ暑くなってきましたなぁ」
「ええ、もう初夏と言ってもいいくらいの陽気ですね」
「月日が経つのは早いものですな」
「全くです。俺たちが王都へ来たのはまだ春先だったんですが」
「この分ではお互いあっと言う間に年寄りになってしまいますな」
「いやぁ、俺も最近ではどうにも足腰が痛くて難儀してますよ」
「がっはっはっは! 私に比べたらリヒトハルトさまはまだまだお若いでしょうに!」
「ネイビスさんこそ、まだ現役の冒険者に戻れるんじゃないですか?」
「がーっはっはっは! ウチの職員にもよく言われますわい! 『副ギルド長は殺しても死にそうにない』などと!」
概ねこう言った世間話をしているだけなのだが、意外と俺もこんな時間が嫌いではなかった。
茶飲み友達とでも言うのだろうか。
既に老後のような気分に陥るが、深く考えないことにしておく。
「そうだ、リヒトさん。修繕費の請求書が届いてますよ」
リーシャが封筒を寄こした。
きっと屋根を直してもらった時の物だろう。
しばらく前に降った大雨の際、二階の一室から雨漏りしているのを発見したのだ。
素人の俺たちではどこから漏れてきているのかわからず、結局専門の業者に頼んで修繕してもらった。
「ああ、またかい。意外と直さなきゃならない部分が多いなぁ」
「そうですねぇ。結構古いですもんね、このお屋敷」
リーシャと二人、溜息をつく。
ここのところ、子供たちの入学費だの修繕費だの家賃だので出費がかさんでいるからだ。
今はまだ報奨金でなんとかなっているが、それもいずれ底をつくだろう。
リーシャもお金を出すと言ってくれたのだが、将来のために取っておきなさいと丁重にお断りした。
いくら俺が甲斐性無しだと言っても金銭面で頼ってしまっては、本物のダメ男に成り下がってしまう。
「おや、リヒトハルトさまはお困りのご様子ですな」
「はぁ、恥ずかしながら」
ネイビスさんは黒々とした鼻髭を指でなぞりながら言う。
いったい誰がこの屋敷を俺たちに斡旋したと思っているのだろうか。
少しだけ恨めし気に見やるが、本人はどこ吹く風だった。
流石は副ギルド長、なかなかに豪胆だ。
「では、【オリハルコン】級冒険者のリヒトハルトさまには少し物足りないかもしれませぬが、ひとつクエストのお話をしてもよろしいですかな? 冒険者ギルドからの正式な依頼ですので、当然ながら達成報酬は出ますぞ。ま、危険がないので討伐クエストよりは報酬額も落ちますが」
ピクリと身体が反応してしまう俺とリーシャ。
そうだよ。
俺たちは冒険者。
クエストがあるじゃないか。
俺は思わず、ポケットの中の紙片をクシャッと丸めた。
修繕費の請求書ではない。
飲食店から貰ってきたアルバイト募集の張り紙だったのである。
「お受けしますよ、ネイビスさん。な? リーシャ」
「ええ! 私も賛成です! くぅー、久々のクエスト……腕が鳴るわ……!」
「おぉ、それはありがたいですな」
「出発は次の休日でもいいですかね?」
「勿論ですとも」
危険がないと言っているのに、リーシャは何と闘う気なんだろうか。
ともかく、ネイビスさんと握手を交わし、詳細を聞こうと思ったその時。
「ただいまー! パパー!」
「ただいまなのじゃお父さまー!」
「旦那、姐さん。ただいま帰りやした」
そこへ折よく下校してきたマリーとアリスメイリス、そしてグラーフ。
娘たちは荷物を置くと、すかさず俺に駆け寄ってくる。
「パパー、あのね、きょうね、フランシアちゃんたちとね、おえかきしてたらね、みりあせんせいにじょうずだねーってほめられたのー」
「お父さま、わらわはかけっこで一番になったのじゃー」
「そうかぁ、二人とも偉かったね」
俺は二人を抱きしめ、金髪と薄紫色の小さな頭を両手で撫でた。
お日さまの香りがする。
学校生活を満喫しているようでなによりだ。
子供たちには是非ともこのままのびのびと育ってほしいものである。
「マリー、アリス、グラーフ。次の休日はお出かけすることになったからね」
「わーい! おでかけー!」
「楽しみじゃのー!」
「お、いいですね。あっしも……」
「おっと、グラーフくんは残ってもらいますぞ」
「へ?」
ネイビスさんに制され、褐色の顔をきょとんとさせるグラーフ。
「きみは確か大工の経験があると聞いたが」
「へ、へい。見習いでしたが少しやってました」
「うむ、結構結構。きみには『王女殿下生誕祭パレード』の設営を手伝ってもらう」
「えぇ!? あっしが!?」
「……きみは冒険者志望だそうだね?」
「へい、それはそうですが……」
「ここで冒険者ギルドへの心証を上げておけば試験の時有利だよ……」
「……マジですかい!?」
ヒソヒソと会話をするネイビスさんとグラーフ。
申し訳ないが丸聞こえだ。
しかし王女か。
俺は先日出会ったシャルロット王女の顔を思い出した。
あのじゃじゃ馬……失敬。
あの奔放な王女が馬車か何かに乗っておとなしくパレードなど出来るのだろうか。
とても想像が付かない。
「わかりやした! 設営がんばりやすぜ! このあっしがパレードを成功させてみせやす!」
「おぉ! 快諾してくれるとはすばらしい! きみは男の中の男だ!」
グラーフとネイビスさんの小芝居はまだ続いていたようだ。
男同士で抱き合いながらそんな熱いセリフを交わしている。
その滑稽さにリーシャが笑いを決死の表情でこらえていた。
ともあれ小遣い程度だろうが、これで少しは我が家の経済事情も潤うことだろう。
と言うのが顛末であった。
「いいお天気で良かったですねー。う~ん、気持ちいい」
「そうだね。リーシャは晴れ女なのかな?」
「ふふ、そうかもしれません」
「でも俺は結構雨男なんだよね」
「あははは、じゃあ、私と二人ならバランスが取れていいじゃないですか」
「それだと曇りばかりになっちゃうんじゃないかい?」
「あっははははははは! なんで晴れと雨のあいだを取ったんですか! ひー、お腹痛い! あははははは!」
「あー! パパたちたのしそうー!」
「わらわたちもまざるのじゃー!」
そんな感じで、ゆるーい会話を交わしつつ目的地へと向かって歩く俺たちなのであった。




