選ばれし武具(大げさ)
「ここだよ」
俺は一軒のこじんまりとした店の前で立ち止まった。
街で最も腕のいい鍛冶職人が、鍛造の片手間に営業している武具店である。
俺は何度かこの店に調理用の刃物を研ぎに出したことがあった。
だが昼間に店主を見た記憶はない。
店番も刃物研ぎも、二人のお弟子さんたちがやっているようだ。
彼らの腕は店主の折り紙付きだし、なんら問題はないんだがね。
そのお弟子さんたちに聞いた話では、早朝から夕刻まで工房に篭りずっと鍛造をしてるのが店主の日常らしい。
しかし夜ともなれば俺が勤めていた子豚亭に現れ、大いに食らい、且つ大いに飲んで帰って行くのだ。
だから顔は知っている。
異常なほどの呑兵衛だってことも。
でもな、確かに筋肉質ではあるんだが、あんな小さい爺さんが本当に名工なのかと疑いたくなるんだよね。
俺にはただの酔っ払いにしか見えなかったし。
まぁ、どうせこの時間には店内にいないだろうからどうでもいいんだけどさ。
「へぇー。思ってたよりも小さなお店ですね。大丈夫なんですか?」
リーシャは正直者なんだろう。
自分の考えを割りとストレートに言うタイプらしい。
そう言うところが危ういんだがね。
「腕は確かだと思うよ。店には逸品しか置かないから小さくて済むんだ。それに、この街の領主様が勲章を贈られたほどだからね。『名工』の称号はここの店主だけが名乗ることを許されているんだよ」
「へぇぇ! それはすごいですね! 期待しちゃいます!」
途端に目を輝かせるリーシャ。
現金な娘だ。
いや、やはり女性とはブランド物に弱いのだろうか。
ガラリと引き戸を開けて入店すると、顔見知りのノッポなお弟子さんが迎えてくれた。
やはりあの爺さんはいないようである。
「やぁ、こんにちは。元気かい?」
「ああ、毎度どうもリヒトさん、お陰様で元気ですよ。包丁の研ぎですか? 今ならすぐ出来ますよ」
屈託の無い笑顔のお弟子さん。
俺が子豚亭をクビになったと、まだ知らないらしい。
だが俺の心は深く抉られた。
せっかく忘れていたのに。
「いや、この子と俺に武具を見繕ってくれないかな?」
「えへへ、よろしくお願いします」
「はい? そりゃまた珍しいですね。そちらはリヒトさんの彼女ですか?」
「違う!」
ここだ。
ここで一発言ってやるのだ。
「あー、俺さ、冒険者になったんだよ。ついさっき、この子と一緒にね」
「ですです」
「えぇぇ!? それは随分と思いきりましたね! 次期料理長はリヒトさんになると思ってたんですがねぇ! いやぁ、勿体ない! しかもその年齢で冒険者に転職するとは! いやはや驚きました!」
グサリグサリと言葉の刃が俺の心臓を滅多刺しにしていく。
おい、ノッポ。
ある意味暴力だぞこれは。
俺のガラスで出来た腰とハートをなめるなよ。
すぐさま木っ端微塵になるんだからな。
「ともかく、そう言うわけなんで武具を見繕って欲しいんだ」
「ええ、任せてください! ではお嬢さん、希望などありますか?」
「あっ、はい。出来るだけ頑丈そうな鎧と……」
リーシャめ。
ギルドの受付嬢から戦闘ジョブが向いてるって言われたもんだから、ガッチガチの装備にする気だな?
それでは猪武者に拍車がかかってしまうだろうに。
いかにも突撃しそうだもんなこの子。
ま、ヘタに軽装備で怪我をされるよりは余程マシってもんだがね。
俺はどうしようかなぁ。
魔導系ジョブにいずれはなるとしても、最初はどの道武器が必要となる。
となれば、扱いやすい武器がいいだろう。
長物がいいかな?
あ、でもポールウェポンは取り回しが難しいって兵隊さんから聞いた記憶がある。
それに、ダンジョンとか室内なんかの狭い場所だと使いにくいかもしれないな。
となると、剣か鈍器になるわけか。
よし、やはり剣にしよう。
物語に出てくる騎士や英雄たちはみんな剣を持っていた。
男のロマンを具現したかのような武器。
それが剣だ。
いい歳してるのにどうかとも思うけど、いくつになってもロマンってのは大事なのさ。
我ながら言い訳がましいがね。
俺は手近にあった刃と柄が長めのブロードソードを持ち上げてみた。
シンプルな造りだが切れ味の良さそうな剣だ。
そしてなにより、軽さに驚く。
まるで枯れ枝のようだった。
ほう。
名工ってのは伊達じゃないな。
いったいどんな金属を使ったらこれほど軽い品が出来上がるんだろう。
「これにしよう。後は盾と鎧か……」
「お目が高いですねリヒトさん。そのバスタードソードは刃の厚みも鋭さも重量も通常品の二倍はありますよ。その分、使い手を選びますが、」
「ほう……って二倍?」
嘘だろ?
こんな軽さで?
しかもブロードソードじゃなくて、バスタードソードだったの?
こりゃお恥ずかしい。
道理でやたら長いと思っていたんだ。
でも、いいか。
なんだか気に入ったしね。
「毎度あり~!」
お弟子さんの声に送られて店を出た俺とリーシャ。
結局俺は、背負った例のバスタードソードと菱形の金属製盾、それに胸当てに手甲、脛当てを購入した。
防具はいずれも金属製だ。
プレートメイルにしなかったのは、動きやすさを重視したからである。
いざ逃げろって時に重たい鎧じゃすぐバテそうだからな。
最初から逃走を前提としているあたりが俺らしいと言えばらしい。
だが年齢を考慮すると真っ先に逃げ遅れそうなのもまた俺なのだ。
しかし、それよりもなにより痛かったのは懐事情である。
この装備類だけで俺の所持金が半分ほど吹っ飛んでしまった。
……流石名工。
商売上手だよね。
「えへへー!」
満面の笑みで誇らしそうにクルクルと回って見せるリーシャ。
その赤い鎧は、身体の曲線を生かし、上半身と腰を全て覆うタイプのプレートメイルだ。
彼女の赤毛と相まって、素晴らしく映えて見えた。
脛当てはつけているものの太ももがむき出しで、ある意味煽情的な眺めである。
うむ。
若いって、最高だな。
武器は広刃のブロードソードをを選んだらしく、それを細い腰に差している。
そして盾は持たず、かわりに指先まで覆うゴツい金属手甲を左手につけていた。
なんでもお弟子さんの話だと、剣戟を受けられるほどの硬さがあり、手甲自体を武器として直接殴ることもできると言う。
なるほど。
リーシャにぴったりだな。
格闘術とかにも使えそうだし、彼女もやはり動きやすさ重視なのかもしれない。
ともあれ、これで装備は整った。
勇んだ俺とリーシャは、そのままの勢いで初めてのクエストを受注するべく、冒険者ギルドへ舞い戻ったのである。
クエスト受付カウンターは閑散としていた。
もう昼過ぎだからだろう。
クエストを受けるようなやる気のある冒険者連中はとっくに出払ったはず。
そのせいか、受付の姉ちゃんは欠伸まじりで暇そうにしている。
姉ちゃんの乳から視線を逸らしカウンターの横を見やると大きな掲示板が設置されていて、そこに様々なクエストの張り紙があった。
俺とリーシャは手分けして詳細を確認する。
出来るだけ簡単で、出来るだけ報酬がいいものを探したい。
なになに。
ミノタウロスの討伐。
冒険者ランク20以上推奨。
はい、無理。
俺のランクは文字化けで読めないけど、どうせ1に決まってる。
なぜならリーシャが1だからだ。
同じタイミングで冒険者になったのに、俺だけ高いはずがないもんな。
しかしこうやって見ると、なかなか新米冒険者用のクエストってないもんだ。
簡単なのはみんな率先してやりたがるだろうから仕方ないのかもしれんが……
「リヒトさんリヒトさん! これなんてどうです?」
すごい勢いで手招きするリーシャ。
手首が千切れそうだぞ。
どれどれ。
農家周辺に現れる獣の駆除。
推奨ランクは2。
「お、いいじゃないか、これなら達成できそうだ。よく見つけたねリーシャ、偉いぞ」
「へへー、大きな張り紙に半分隠れてたんですよー」
なるほどね。
だから今まで誰も挑戦してなかったわけか。
なんにせよラッキーだ。
俺たちに相応しいクエストだと言えるだろう。
……ちと情けないがね。
カウンターに提出しクエスト受注を済ませると、懐にしまいこんだ冒険者カードがブーンと震えた。
どんな仕組みなのかはわからないが、なにか冒険に関する状況変化があると振動して持ち主に知らせてくれるらしい。
取り出して見てみれば、『クエスト受注完了』の文字が現れている。
俺に関する情報は文字化けしてるのに、こう言うのはちゃんと表示されるんかい。
ともあれ、冒険者としての第一歩を踏み出す時が来たのだ。
俺とリーシャは無言で頷き合う。
いよいよだ。
俺の不遇に満ちたこれまでが終わり、新たな人生が始まるのだ。
「さぁ行こうか!」
「おー!」