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邂逅


「そうだ、リヒトさん。先日母がいただいたお野菜の煮しめ、とっても美味しかったですよ」


 両手を合わせてニッコリと笑うミリアさん。

 ベランダで揺れる鉢植えの花よりも可憐であった。


「あっ、ミリアさんも食べていただけたんですか。いやぁ、これはお恥ずかしい。でも、光栄です」


 頭をポリポリかきながら答える俺。

 きっと俺の頬は真っ赤だろう。


「いいえ、とても繊細な味付けでしたわ。冒険者をなさっているのに、お料理も上手だなんて素敵だと思います」

「いやいや、はははは、実は元料理人でして」

「まぁ! 料理人から冒険者の道へ? リヒトさんはロマンあふれるかたですのね」


 ミリアさんはそう言ってくれるが、現実は違う。

 少しだけ後ろめたいが、クビになっただなんてとても言い出す気にさえなれなかった。

 しかも冒険者にしているのだって、ただの成り行きなのだ。


「もしよかったら私にお料理のコツを教えていただけませんか? 母に『あなたはいつまで経っても料理が上達しないわねぇ。お隣のリヒトさんを見習ったらどう?』なんて言われるんですよ。それが悔しくて悔しくて、ふふふ」

「ああ、俺で良かったらいつでも声をかけてください。田舎料理でよければいくらでもお教えしますんで、ははは」


 舞い上がりそうなのを必死にこらえる俺。

 ジェイミーさんにはグッジョブと言ってあげたい気分だ。

 ほかならぬミリアさんに俺を推薦してくれたとは。


 それにしてもミリアさんは見かけによらず結構茶目っ気があるようだ。

 おしとやかに見えて意外と活発なのかもしれない。


 はっきり言って、好みである。


 彼女はマリーやアリスメイリスだけでなく、グラーフまで分け隔てなく可愛がってくれている。

 しかも、致命的に勉強が苦手なグラーフに根気強く教えると言う離れ業をやってのける粘り強さだ。

 これはきっと、教師としての使命もあるだろうが、ミリアさんが本来持っている包容力が素晴らしいのだろう。


 こんな素敵な人と家庭を築けたら、『幸せ』以外の言葉が見つからなくなってしまうに違いない。


 誰だよ、『結婚は人生の墓場だ』なんて言った奴は。

 相手がミリアさんなら、どう考えても最高の将来図しか見えてこないよ。


 ……そうか、わかったぞ。

 全ては伴侶次第ってことなんだね……


 不思議なのは、どうしてミリアさんのような人が未だに結婚していないのかである。

 流石に直接本人から聞き出せるほど俺の肝は太くない。

 『知らぬが花』と言う言葉もある。


「ミリア、ちょっといい? おつかいを頼まれて欲しいのだけど」

「あっ、はーい! ふふ、母に呼ばれてしまいました。リヒトさん、お料理の件、忘れないでくださいね。では、ごきげんよう」

「はい、楽しみにしてますよ」

「ええ、私もです」


 ミリアさんは可愛らしく手を振ってベランダの扉を閉めた。

 俺もポワンとした顔で手を振り返した、と思う。

 寝起きなのもあるが、どうにも頭がフワフワしているらしい。


 ともかく、これで楽しみがひとつ増えたわけだ。


 俺はウキウキとした気分に浸る。


 だが、ひとつだけ懸念が残されていた。

 俺はある決意を固めながら、リーシャや子供たちの待つ一階へと降りるのであった。





 その日の深夜。


 目も爛々の子供たちを強引に寝かしつけ、全速力で翌日の仕込みを終えた俺は、料理中に痛みを増した足腰を叱咤しながらも漆黒のマントに身を包んで闇夜の街へ繰り出していた。

 子供たちに関することを優先させるあたりが、いかにも俺らしい。


 街へ出た理由は言わずもがな、くだんの『吸血鬼』を調査するためである。

 何者かが街を徘徊しているなど、恐ろしくて子供たちを外に出せないではないか。


 なので、俺は朝食を済ませたあと冒険者ギルドへ子供たちの散歩がてらに赴き、噂の情報を集めたのだ。


 勿論、所詮は噂なので情報自体が乏しいわけだが、それでもわかったことがある。

 目撃者は圧倒的に王都の西側に集中していると言うことだ。


 この時点で『吸血鬼』が俺ではないと断定できる。

 俺たちが住む屋敷は東側であり、俺はその周辺でしか飛行訓練をしていないのだ。


 王城周辺には、それを取り巻く円環状の広場がある。

 その西広場あたりは職人街が近いと言うこともあって、夜は比較的に人気ひとけも少ない。


 だから目撃者はいても被害者は皆無なわけだが、それはそれでなにか引っかかる。

 『吸血鬼』の目的がさっぱりわからないのだ。


 人を襲って血を吸っているのならば納得も行くが、そんな話は一切ない。

 もっとも、被害者が出るようなら王宮もギルドも黙ってはいないはずだ。


 つまり、今のところはあくまでも噂にすぎないので公的機関からは捨て置かれているだけなのだ。

 しかし今後被害者が出てからでは遅いと言うものであろう。

 それがもし我が愛娘たちだったらと思うと気が気ではない。


 そんな不安を払拭するためにも出来れば俺の手で真相を暴きたいところだが、そう上手くいくかどうか。


 ともあれ、俺は目撃者の一番多い西側広場周辺を重点的に巡回しているのである。


 聞いた話通り、西側の広場は屋台なども撤収したらしく、閑散としていた。

 一応、魔導かガス式かはわからぬが、街灯もあるので歩くのに不自由はない。

 とは言っても街灯自体の数が少なく暗いことには変わりなかった。


 うむ。

 やはり夜に子供たちを出歩かせるのは危険だな。


 俺は当たり前のことを何度も脳内で確認した。

 『モンスターよりも怖いのは人間だよ』と言う話を料理人時代に客から聞いたこともある。

 その当時は、ドラゴンとかのほうが余程怖いだろうと思っていたが、娘を持った今ならわかるのであった。


 ふぅ。

 今夜はもう出ないかもしれないね。


 俺が散々歩き回った挙句にそんなことを考えだしたのは、明け方も近くなったころであった。

 数時間は徘徊し、そろそろ足だけではなく腰も限界だと訴えだしてきたのだ。


 こんなことなら若い時にもっと鍛えておけばよかったよ。


 自らの不甲斐なさを情けなく感じたその時、視界の隅を何かが横切った気がした。

 だがまだ闇は深く、はっきりと捉えきれない。


 くそ。

 見失っては元も子もないな。


 俺は懐から素早く冒険者カードを取り出し、スキル一覧を漁る。


 あった。

 【暗視ノクトビジョン】のスキル。


 スキルを習得し早速発動させると、街灯の灯りがやたらと眩しく感じた。

 目が痛いくらいである。


 そして周囲を見回すと、いた。


 一際高い建物の上に黒尽くめの人影が立っていたのだ。


 俺はバサリと【コートオブダークロード】を翻し、『飛べ』と強く念じる。

 特殊アビリティ【飛翔】は即座に反応し、俺を宙へといざなった。


 俺はその間も『吸血鬼』から目を逸らさなかったが、向こうもこちらに気付いたらしくバサバサと翼のようなものを羽ばたかせた。

 その黒き羽は見た目もコウモリそのものであり、本物の『吸血鬼』を彷彿とさせるようなものであった。


 しかも、フワリと身体を浮かび上がらせ、スイッとまさしく『飛んだ』のである。


 バカな。

 空を飛ぶってのは、この魔導技術が栄えた現代でも一握りの者にしか扱えないはず。

 しかも魔導を使っての飛翔は結構な轟音を立てると聞いた。

 だけど、あいつはほぼ無音。

 まさか本物の吸血鬼だとでも言うのかい?


 俺は飛び去ろうとする『吸血鬼』に追いすがった。

 相手はそれをさせじと建物の隙間を縫うように飛ぶ。


 なんと言う機動性能だろうか。

 まるで燕である。


 だが、この【真祖】から受け継いだ【レジェンドアイテム】を甘く見てもらっては困る。


 向こうは必死に翼を羽ばたかせているが、こちらはただ腕組みをして追うのみだ。


 この特殊アビリティ【飛翔】における基本的な操作は、ただ念じること。

 それなりに魔導力は必要であるが、俺ならばいつまでも飛んでいられるだろう。


 しかし、ただ念じれば自由自在に飛行できるかと言えばそれは違う。

 意外と操作性はピーキーで、少し油断するとあさっての方向へすっ飛んでいく上、バランスを取るのにも神経を使うのだ。

 だから最初は地面や岩に激突ばかりしていたが、既に克服済みである。


 どうやら、加速性能と航続距離はこちらに軍配が上がったようだ。


 チェイスを続けること十数分。

 ついに『吸血鬼』は観念したのか、王城の尖塔へ降り立った。

 次いで、俺もフワリと腕組みしたまま着地する。


 どうやらこの尖塔は物見塔ともなっているようで、数名の兵士たちが立ち番できる程度の足場があった。

 そこで噂の『吸血鬼は』四つん這いで粗い息と共に肩を上下させている。


「さて、きみは何者なんだい?」


 俺は目深にフードを被った人影にそう言い放った。

 下手したてに出ては舐められるからだ。


「はぁ、はぁ、あなたこそ何者なのかしら……」


 驚いたことに顔は見えぬが、その高い声は明らかに若い女性のものだった。


「俺かい? 名乗るほどでもないただの新米冒険者だよ」

「嘘おっしゃい。大賢者でもない限り空を飛ぶなんて不可能なはずだわ」

「そんなことはどうでもいいさ。噂の『吸血鬼』ってのはきみだろ?」

「は? そんな噂が流れてるなんて……不覚だわ……わたくしは吸血鬼などではなくってよ」


 どうにか息を整えた女性は、おもむろに立ち上がりバサリとフードをはずした。


 

 こぼれだすウェーブのかかった長い金髪。

 美しく気品あふれる顔立ちと、大きな黄金に輝く瞳。



「わたくしの名はシャルロット。シャルロット・バルトリアス・ハイゼンベル・フォン・……」



 長い!


 だが、この国で『シャルロット』と言う名を持てる人物は一人しかいない。



 嘘だろ?



 このかたが王女さま!?




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