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休日


「パパー! あさですよー! おきてー!」

「お父さまー! むしろ昼のほうが近いのじゃー!」

「おうふっ!」


 ドスンと寝ている俺へ馬乗りになるマリーとアリスメイリス。

 俺のおかしな身体は当然ダメージを受けない。

 しかし、そうは言っても力を入れていない腹にいきなり乗られては、どうしても変な吐息が漏れ出てしまう。

 それが小さな幼子たちと言えどもだ。


 娘たちとグラーフが入学してからしばらく経った。

 勿論毎日学校があるわけではなく、この国が定めた週に一度の休日が今日である。


 つまり本日は、俺が子供たちのお弁当の献立で悩まずに済む上、早起きする必要もなく惰眠を貪れると言うとても貴重な一日なのだ。


 なので、はばかることなくグータラしていたのだが、子供たちはきっとリーシャに『パパを起こしてきて』などと頼まれたのであろう。

 なぜならば、休日の朝はリーシャが食事当番だからである。


 いつも元料理人である俺ばかりが作ってるのを気に病んでくれたようで、自らその役目を買って出てくれたのだ。

 とてもいい子だ。


 ……いい子なんだけど、料理がヘタ!


 料理に関する基本的な知識や器具の扱いはそれなりに出来てるんだよ。


 だけど味付けになった途端、とんでもなく大雑把になるのは何故なんだ!?

 鷲掴みにした塩を鍋にぶちまけた時にはどうしようかと思ったね!


 だもんで、俺はまず、こまめな味見をするように指導したんだ。

 そうしたらリーシャは『太っちゃいますよぉ!』とのたまった。


 暇と見ればブンブン剣の素振りをしているような子が太ると思うかい?

 俺は有り得ないと思う。


 それでも粘り強く指導した結果、朝食くらいは任せてもいいくらいに彼女も成長したのである。


 そのおかげで、俺はこうしてのんべんだらりとした休日の朝をすごせるのだから、我ながらよくやったと言わざるを得まい。



「パパー! おきないとちゅーしちゃうよー!」

「おはようのキッスなのじゃー!」


 半ば夢うつつの俺は望むところだ、と思ったような思わなかったような気がした。


「ちゅー」

「んちゅー」


 娘たちから熱烈な攻撃を顔中に受けるが、瞼は重く、とても開く気がしない。

 夕べは副ギルド長たるネイビスさんにわれ、冒険者ギルドの会合に夜半過ぎまで出席していたのだ。


 ほぼ新米と言ってもいい俺が出席したところで何の意味もないだろうが、【オリハルコン】級冒険者がそこにいると言うだけでハクがつくのだ、と力説されては断るにも断れなかった。


 しかも議題の内容が、『王女殿下の生誕祭パレードにおける王都の警備について』では、余計に俺の出番などない。

 そんなものは王宮の衛兵に任せるべきではなかろうかと思うのだが、それだけではやたらと広い王都が故に手が回らず、毎年ギルドへ依頼が来るのだと言う。

 これもギルドの立派な実入りとなるのだろう。


 それはともかく、王女のために毎年パレードをやると言うのだから、この国の王も相当娘を溺愛しているようだ。


 その気持ちはとてもわかる。

 俺が王なら、マリーやアリスメイリスがいかに愛くるしいかを示すために、やはりパレードを敢行してしまうかもしれない。



「マリーちゃん、アリスちゃん。パパは起きた?」

「あ、りーしゃおねえちゃん! あのね、パパねたままなのー」

「いっぱいキスしたのに全く起きないのじゃー」

「そうなの? 困ったパパだねー」


 俺は半分眠っているが、夢の中でリーシャの声が聞こえた。


「じゃあ、二人とも先に朝ごはん食べちゃって」

「うん!」

「リーシャ姉さまはどうするのじゃ?」

「リヒトさんを起こしたらいくからね」

「はーい!」

「わかったのじゃー!」


 パタパタと足音が去って行く気配。


「リヒトさん……起きてください」


 何となく声は聞こえているから返事をしようと思ったのだが、なぜか口も喉も動いてくれなかった。


「本当に寝てるんですか……?」


 いい香りが俺の顔をくすぐる。

 それは、子供たちからするミルクのような匂いとは違っていた。


「ふふ……気持ち良さそうに眠ってますね……」


 そんな声のあと、俺の唇に柔らかなものが触れた気がした。

 この優しくて切なくなってしまうような感触はなんなのだろうか。


 しばらくその感触は続いたが唐突に終わりを告げ、とても慌てたような足音と共に消えて行った。


 俺は静かになった寝室で再び深い眠りへ落ちようとしたが、逆に覚醒が進むばかりだ。

 ボリボリと頭をかきながらムクリと身を起こす。


 まさか、ね。


 俺は気だるい身体を無理矢理立ち上がらせ、グッと腰を伸ばしながら雨戸を開け放つ。

 あぁ、今日はいい天気だ。



「あらあら、リヒトハルトさん。ごきげんよう」

「……どうもどう……も」


 なんの気なしに返事をした俺はそのまま固まってしまった。

 お隣さん、つまりジェイミー夫人邸の二階から声をかけてきたのは、なんとミリア先生であったのだ。

 こちらも寝室は二階であるから、視線がバッチリ合ってしまう。


「え? え!? ミ、ミリア先生!?」

「あら、いやですわ。今日の私は教師ではありませんのよ」


 銀髪を陽光に煌めかせ、こぼれるような笑顔を向けてくれるミリア先生。

 なんと太陽が似合う女性ひとなのだろうか。 


「あ、あぁ、そうですね。では失礼ですが、ミリアさんとお呼びしても?」

「えぇ、私もリヒトさんとお呼びしますね」

「光栄です……ではなくてですね、どうしてミリアさんがジェイミー夫人の家に?」


 俺の質問がおかしかったらしく、ミリアさんはベランダの鉢植えに水をやりながら、いたずらっ子のようにクスクスと笑っている。

 意外とお茶目なところがあるようだ。


「ふふふ、それはここが私の実家だから、ですわね」

「えぇ!? じゃあまさか、ジェイミーさんが言ってた嫁にも行かない娘さんとは……」

「母ったらそんなことを言ってたんですか? 失礼しちゃいますわ」


 頬を膨らませる真似をするミリアさん。

 二十代後半くらいだと思うが、子供のような仕草も似合っている。

 少女の純粋さと大人の美しさを併せ持つ不思議な女性であった。


 俺はなんだかボーっと彼女に見とれてしまう。

 いや、これほど魅力的な女性に見とれない男などいるはずもない。


「リヒトさんはお休み中でしたの?」

「はい。のんびりと寝過ごして……おっと、これは失礼しました」

「いいえ、お気になさらず。ふふ」


 俺は寝巻のままだったことに気付いて恥ずかしくなった。

 とは言っても別に全裸で寝ていたわけではないが、彼女にみっともないところを見せたくはなかったのだ。


「あら、お隠れにならなくてもよろしいですのに……ところでリヒトさん、最近の噂、お聞きになりました?」

「どんなですか?」


 俺は彼女から見えない位置で着替えながら、声だけを飛ばした。

 それはいいのだが、彼女が残念そうなのはなぜだろうか。

 おっさんの身体なんて見ても、それこそ残念なだけだろうに。


「夜な夜な、空飛ぶ怪人が毎日のように王都を徘徊しているとか……なんでも吸血鬼なのではないかと」

「ほぉ、そんな噂が……」


 ドキーン!


 口では冷静に返した俺であったが、心臓はバックバクだ。


 ごめんなさいミリアさん。

 その空飛ぶ怪人、たぶん俺です!


 理由は簡単。

 アリスメイリスから受け継いだ【真祖】に代々伝わる【レジェンドアイテム】の【コートオブダークロード】がある。

 あれに備わった、特殊アビリティ【飛翔】の訓練をするべく、俺は人目につかぬよう深夜や明け方を選んで宙を舞っていたのだ。


 たまに人と出くわすこともあったが、いずれも酔っ払いだったし、まさかこんな噂にまでなっているとは思ってもみなかった。


 いや、むしろ目撃者が酔っ払いだったからこそ『吸血鬼』だなどと尾ひれがついたのかもしれない。

 関係各位には深くお詫びをしたい気分である。


 だが、その甲斐あって、だいぶ空を飛ぶのにも慣れてきた。

 今なら華麗に舞うことも出来そうなほどに。


 待てよ。

 何かおかしい。


 ミリアさんは『毎日のように』とおっしゃった。

 だけど俺は、娘たちが学校へ通うようになってからは一度も飛んでいない。


 献立とお弁当作りでそれどころではなかったからだ。



 これはいったい、どうなっているんだ?



 深く考え込んでしまった俺を、ミリアさんは心配そうに見つめるのであった。




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