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二人きり


「ふぅ……子供たちはちゃんとご飯を食べられたかな……」

「きっと喜んで食べてますよ」

「……もぐもぐ」

「はむはむ」

「はぁ……ちゃんと勉強について行けるといいんだけどね……」

「マリーちゃんもアリスちゃんも賢いから大丈夫ですよ! ……グラーフはダメかもしれませんけど」

「……はは、確かに」

「あはは」

「あぁ……もしかしたらクラスの子たちと馴染めなくて泣いてたりするんじゃないかな……」

「二人とも可愛いから大丈夫ですって! もしいじめっ子がいたとしてもグラーフがそばにいるから近付いてこないでしょうし」

「……そうかな」

「そうですよ」


 現在は、お昼と言うのもはばかられる時刻。

 これでも俺たちは絶賛昼食中なのである。



 子供たちやグラーフと学校で別れ、一足先に帰った俺とリーシャは屋敷内の掃除を進めた。

 未だに手付かずの部屋もあったからだ。

 建物自体が古いせいもあって、手入れはされていてもやはり修繕が必要な部分も多い。


 だが、俺にはそれが苦痛ではなかった。


 元々『子豚亭』の二階に他のコック連中と住み込みしていた俺にとって、この広いお屋敷は天国とも言える場所なのである。


 男どもと共同で暮らしてるとね、野郎臭くてたまらないんだよ。

 とにかく狭いし臭いし、そのくせ家賃は取られるし。

 クビになったのは勿論悔しいけど、あの最悪なタコ部屋から解放されたのは最高の気分だったね。


 引っ越せばよかろうと思うなかれ。

 アトスの街は全体的に家賃が高い。

 薄給だった俺にはとてもとても。


 それに、まかない付きの魅力には勝てなかったってのもある。

 休みの日でも厨房に顔を出せば、なにかしら食べられたからね。

 仕事を始めた頃は、店の味を覚えるべく躍起になっていたんだよ。


 そんな俺が成り行きとはいえ、王都まで来てこれほどの大豪邸に住んでるわけだから、人生とはわからないものである。


 ともあれ、そんな暗い過去を持つ俺であるからこそ、屋敷の掃除や修繕など苦になるどころか嬉々としてやるのであった。


 足と腰はとても痛いんだけどね。


 それも一段落し、子供たちに作ったやたらと豪勢なお弁当の残りで、かなり遅めの昼食中と言うのが現状である。



「あ、これすっごく美味しいですね」

「王都は海が目の前だからいい魚が入ってくるんだよ。それをムニエルにしてみたんだ」

「へぇー、さすがはリヒトさんです」

「美味しいならよかった。ははは…………なぁリーシャ、学校って本当に安全なのかな? 人さらいとか来たりしないといいんだが……」

「あははは、心配性ですね。王都は治安もいいですし、学校にも定期的に衛兵さんが巡回してくれるんですって」


 リーシャは本当にいい子だ。

 俺の愚痴を嫌な顔ひとつせずに聞いてくれる。

 遥かに年上な俺のほうがよほど子供っぽい。

 まるであやされてるようだ。


 こうして見ると、やはりリーシャは教師向きな気がしてならない。


「……先生、か」


 俺のつぶやきにリーシャの顔が瞬時に強張った。

 理由はわからない。

 だが、先程までの和やかなムードがどこかへ消し飛んだ気がする。


 よく見ればうつむいたリーシャの赤い髪が少し逆立っていた。

 機嫌を損ねた猫のように。


 そしておもむろに立ち上がると一気に間合いを詰めてきた。

 戦闘時よりも速い!

 顔も近い近い!


「……リヒトさんはやっぱりミリア先生のような女性が好きなんですか?」

「へ?」


 質問の意図が読み取れず、間抜けな声だけが出た。

 どこから出てきた問いなのだろう。


「とっても優しくて綺麗な人ですもんねぇ?」

「ま、まぁ、確かにそうだね」

「リヒトさんもグラーフもデレデレしてたし」

「えぇ!? そ、そうだったかい?」

「はい! 二人ともすっごく鼻の下を伸ばしてましたよ!」


 ぐぐぐ。

 やっぱり伸びていたか。

 気をつけていたつもりだったんだけどね。


 しかしよく見てるなぁ。

 女の子ってこう言うことには敏感だとはよく聞くけど。

 これは一応フォローしておいたほうがいいのかね?


「大丈夫だって、リーシャも負けないくらい素敵だから」

「えっ! ……え~? 本当にそう思ってます~?」


 ものすごい疑いのまなこだ。

 しかし俺とて苦し紛れに言っているわけではない。

 リーシャは素敵で可愛いと本気で思っているのだ。


「勿論だよ。きみは素敵な女の子さ。娘たちも俺も、きみを大切な人だと思ってるよ」

「な、なんかそう言われたら言われたで照れちゃいますね……えへへ…………はっ!? 騙されませんよ! どうせ『家族として大切』とか、そんな意味でしょう!?」


 ぐはっ!

 まさしくその通りだったんだが、どうやらリーシャはそれがお気に召さなかったらしい。


「家族としても当然大切だけど、俺はきみをちゃんと女の子として見ているつもりなんだけどなぁ」

「……そうだったら嬉しいですけど……私が前に言ったこと覚えてます? 『マリーちゃんのママになりたい』って」

「……覚えているとも」

「あれ、本気ですからね」

「…………心得ておくよ」


 言い逃れなどすることなく、俺は真面目な顔でそう告げた。

 リーシャの大きな紅い瞳が真摯な輝きで彩られていたからでもある。


 俺も腹をくくろうとしたそんな折。


 ゴォーン ゴォーン ゴォーン


「夕刻の鐘ですね」

「そのようだね」

「学校までみんなを迎えに行きませんか?」

「そ、そうだ! マリーとアリスの無事を確認しないと!」

「あははは。グラーフはどうでもいいんですね?」


 俺は慌てて立ち上がり、リーシャと連れ立って屋敷を出た。

 夕焼けが広い通りと俺たちに差し、長い影を伸ばす。


 焦って早足になりがちな俺の腕に、リーシャが抱き着いてくる。

 ぽよん、とか、むにょん、と言った擬音が相応しいほどに密着された。


「へへーっ」

「ど、どうしたんだい?」

「焦ってるみたいなんでリヒトさんを落ち着かせようかと」


 先程とは打って変わっていつもの元気なリーシャの笑顔。

 それが夕日と相まってとても眩しく見えた。


 でもね、逆効果だと思うよ。

 おじさんはそんな顔されたら余計にドキドキしちゃうんだ。


「こうしてたら恋人同士に見えませんかね?」

「どうだろうね、親子に見えそうだけど」

「なんてこと言うんですか! 絶対恋人にしか見えません!」


 そんな俺たちを通行人たちが微笑ましそうに眺めていた。

 もしかしたら意外と恋人同士に見えているのかもしれない。


 だが、歳を食った俺にはそれが異様に恥ずかしい。

 『いい年して』とか『あんなオヤジが』とか思われているのではなかろうか。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、リーシャはますます俺に密着してくる。


 ひとことたしなめるべきかと考えたところへ。

 

「あぁぁぁー! 旦那ァ! 姐さん! やっぱりイチャイチャしてるじゃねぇですかい!」

「わーい! パパー! ただいまー!」

「お父さまー! ただいまなのじゃー!」


 向こうから俺たちに気付いた子供たちとグラーフが絶叫しながら駆けてきた。

 子供たちの笑顔を見た俺の顔は、瞬時に破顔したことであろう。


 俺はしゃがんで娘たちをリーシャごと抱きしめた。

 腕からリーシャが離れない以上、こうするしかない。

 歯噛みするグラーフ。


「学校は楽しかったかい?」

「うん! とっても! あのねパパ、おべんとう、とってもおいしかったの!」

「そうかそうか、それはよかったよ」

「お父さま! 授業でミリア先生から褒められたのじゃ!」

「うんうん、アリスは頭がいいからね。よしよし」


「お疲れ様グラーフ。どうだった?」

「……姐さん……あっしに勉強は向いてねぇようでさぁ……」

「なに言ってんのよ、まだ初日じゃない。根性見せなさいよ、冒険者になるんでしょ?」

「……うぅ……頑張りまさぁ」



 こうして、俺にとっては子供たちよりも緊張した登校初日が終わったのである。



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