入学
それから俺は、リーシャと共に三人の入学準備をするべく、足を棒にして街を歩き回った。
必要な物はごまんとある。
文房具、帳面、名札、通学用鞄、お弁当箱。
更に体操着、運動用の靴、黄色の帽子。
そして、スモックだ。
「はっははははは! 良く似合ってるじゃないかグラーフ!」
「あはははははは! よかったわねー、ちゃんと子供に見えるわよ!」
「……マジですかい……」
リーシャが作成した手縫いのスモックを着せられ、恥ずかしさのあまり顔を覆うグラーフ。
大爆笑の俺とリーシャ。
大の大人が園児用のスモックを着ている姿の、なんと滑稽なことか。
もっとひどいのは、リーシャが悪乗りで買ってきた半ズボンを穿かされていることだった。
スモックと半ズボンの合わせ技には流石の俺も笑いをこらえることなどできそうにない。
「ははははは……くっ、腹筋が……はっはははは」
「ひー、ひー、あんたは人を笑わせる天才ねグラーフ……あっはははは」
「……笑いすぎですぜ旦那、姐さん……」
大きなグラーフが小さくしゃがんで床にのの字を書いている。
「なにかいてるのぐらーふ」
「虫でもいるのかのー?」
すかさずグラーフへ駆け寄り、一緒になってしゃがみこむ二人の愛娘。
子供たちも薄水色のゆったりとしたスモックを身に着け、早くも黄色い帽子を被って出陣の準備は万端だ。
マリーもアリスメイリスも、髪が邪魔にならないよう三つ編みに結った二本のおさげスタイルだ。
金髪と薄紫のおさげがぴょこぴょこ動いてとても愛らしい。
「マリー、アリス。今日から学校に通うお姉さんになるんだね。さぁ、パパにその姿を見せてくれないかな?」
「うん!」
「わかったのじゃ!」
二人は俺の前に立つと、にひひと笑いあってから、くるりとその場でターンをして見せた。
ふわりと舞い上がるスモックの裾。
まるで、そよ風に揺れる二輪の可憐な花。
そのまま抱き着いてくる娘たちの頭を撫でながら俺はこう言った。
「楽しく過ごしてくるんだよ」
「はーい!」
「はいなのじゃ!」
「……なんだか涙が出ちゃいますね……」
俺たちを見て少し涙ぐんでるリーシャ。
娘を新天地へ送り出す母親の気分にでもなってしまったのだろうか。
俺は前日から準備に準備を重ね、とんでもなく気合の入った三人分のお弁当をそれぞれの鞄に詰めた。
お陰でほとんど寝ていない。
だって、お昼ご飯の時間に他の子から『なにあの子のお弁当、地味~』とか言われてみたまえ。
マリーやアリスが悲しむだけでなく、俺まで泣くよ?
ならば元料理人として他の親に負けるわけにもいかんだろう。
だから俺は、彩り、栄養、見た目の豪華さを兼ね備えた完璧な弁当をほぼ完徹で仕上げたのさ。
……子供たちでは食べきれない量になったのは内緒にしてほしい。
まぁ一応、娘たちには『残していいよ』と伝えてあるし、余ったらグラーフが全て食べきると豪語してくれたんでいいんだけどね。
ちなみに、俺とリーシャの昼ご飯も、弁当に詰め切れなかった残りなのは言うまでもない。
忘れ物はないかと三重に確認し、リーシャにやれやれと苦笑いされながら全員で屋敷を出る。
天気は上々。
気温も穏やか。
絶好の初登校日和。
てくてくと通学路を歩いていると、庭に出ていたご近所さんたちがほんわかした目でこちらを見ている。
マリーとアリスメイリスの愛らしさはどうしたって目を引くようだ。
……グラーフの滑稽さも。
今は学校となった旧教会の敷地へ入ると、既に幾人かの子供たちが走り回っていた。
まだ早朝だと言うのに元気なのは子供の特権であろう。
「ねぇ、アキヒメ。あの子、新入生かな?」
「あー、そうかもね。フラン、声かけてみれば?」
「えー、はずかしいもん」
「しかたないなぁ」
俺たちの前に二人の女の子が近付いてきた。
いや、正確にはマリーとアリスメイリスの前にだが。
歳のころは10歳くらいだろうか。
一人は腰まである長い黒髪に黒目の子。
もう一人はフワフワした金髪碧眼の子。
どちらも目を見張ってしまうような美少女だった。
「わたしはアキヒメ、こっちはフラン。よろしくね!」
「わたしはフラ……ちょっと、アキヒメ! なんで先に言っちゃうのよ! わたしはフランシア! 仲良くしてね!」
長い黒髪の子が娘たちに向けてニコっと笑った。
名前といい、美しい黒髪といい、もしかしたらこの子は東方の大陸出身なのだろうか。
一方、金髪の子は勝手に自分を紹介されたからか、ぷくっと頬を膨らませている。
俺やマリーと同じ金髪碧眼であるのは、やはり親近感が沸いてしまう。
「わたしはマリーっていうの! よろしくね!」
「わらわはアリスメイリス、アリスとよんでほしいのじゃ!」
我が愛娘も元気よく返事している。
他の子と上手くやっていけるのか不安だったが、どうやら俺の杞憂だったようだ。
「ん? マリー? あなたマリーちゃんって言うの?」
「うん!」
「ふぅん……そうなんだ」
アキヒメと言う子が、なぜか含みのある表情になった。
その考え込む顔は、やたらと大人びて見える。
「ま、いいや。よろしくねー!」
だが彼女はすぐにパッと笑顔になると、マリーとアリスメイリスの手を取ってブンブンと握手をした。
隣のフランと言う子も娘たちと握手を交わす。
なんだろう。
よくわからないが不思議な感覚がする。
見たこともないはずなのに既視感があるって言うか……
だめだ、うまく言葉にできないね。
カーン カーン カーン
教会の……いや学校の上部に取り付けられた鐘が何度か鳴った。
遊んでいた子供たちはそれを聞くと一斉に建物へ駆け出していく。
きっと始業かなにかを知らせる鐘なのだろう。
「じゃ、また後でね、マリーちゃん、アリスちゃん」
「またねー! ほら早く、遅れちゃうよアキヒメ!」
「わかってるって。じゃあねー」
二人の少女も、そう言い残して黒髪と金髪を揺らしながら走り去って行った。
こちらの娘二人も笑顔で彼女たちを見送っている。
さて、俺たちはまず職員室へ行くんだったな。
俺たちは庭を横切り、学校の裏手にある来客入口へ向かった。
ドアをノックして中へ入るも、そこはただの廊下であった。
グラーフとリーシャがクスリと笑う。
くっ、これは失態だ。
前回書類を提出しに来た時も同じミスをしたんだった。
歳で忘れっぽくなってるとかじゃないよね……?
廊下にはいくつかの扉があり、そのひとつに『職員室』と書かれたプレートが張ってある。
コンコンとノックすると、中から応答があった。
「失礼します」
「失礼いたします」
「失礼しやす」
「しつれいしまーす!」
「失礼するのじゃ!」
「あらあら、どうぞどうぞ」
迎えてくれたのは、物腰も柔らかく聞く者を安心させるような声。
そして、ハッとするような銀髪の美人が席を立つところであった。
優しそうな微笑みを、瞳と口元にたたえ、愛おしそうに俺を……いやいや、娘たちを見ている。
この人が先生だろうか。
前に来たときはおばちゃんしかいなかったんだよね。
「わたくしは教師のミリアと申します。保護者のリヒトハルトさんですか?」
鈴を転がすような声、とはまさにこのことだろう。
俺はしばしボーっと聞き惚れてしまった。
この全てを包み込んでくれるような感覚はなんなのだろうか。
まるで幼いころ、母親に抱かれていたときのような心地は。
「ごほん」
リーシャの怒ったようなわざとらしい咳払いで我に返る。
「あっ、あぁ、はい。私がこの子たちの父親のリヒトハルトです」
「そうですか。この度はご入学いただき、まことにありがとうございます」
「い、いやぁ、なんのなんの、ははは」
「むー!」
明らかに動揺する俺を睨むリーシャ。
俺の背後にいても、その漏れ出す怒気でわかる。
麗しのミリアさん、いやミリア先生は、娘の前に優雅な動作でしゃがんだ。
立ち居振る舞いすらも華がある人だった。
「マリーちゃん、アリスちゃん、そしてグラーフくん。これからよろしくお願いしますね」
「おねがいしまーす!」
「おねがいしますなのじゃー!」
「…………ママ…………」
ママ!?
グラーフが小さくそう呟いたのを、俺は聞き逃さなかったのであった。




