リサーチ
「『学校』なんて言うと堅苦しく感じちゃうかもしれないけれど、貴族のご子息たちが通っている王立学術院とは違うのよ。どちらかと言えば保育園みたいなものなの」
学校と聞いて固まってしまった俺に、そう付け足したジェイミーさん。
それほど興味がなさそうに見えてしまったのだろうか。
「保育園、ですか」
「ええ。働く親のために創立された施設なんだけれど、最近では子供の数もめっきり減っちゃってねぇ」
「はぁ」
「私も昔は共働きをしてたもので、娘をあずけたりしていたわ。それが、どうしてあの年齢になっても嫁に行かず……あ、いけない。それでね、その学校では一応簡単な教育もしているのよ」
「学校、と銘打ってるくらいですからね……」
「そぉなのよぉ。マリーちゃんとアリスちゃんにはきちんとお勉強をして、立派な大人になって欲しいものねぇ」
「ええ、全くもって同意です」
俺は大きく頷いた。
自分がいい加減に学校を卒業したこともあって、子供たちにはしっかりとした教育を受けさせたいとは常々思っていたのである。
勿論、これは親である俺のエゴだ。
なので、子供たちの意思を聞いてからにするべきであろう。
「よかったわぁ、リヒトさんがちゃんとした考えを持っている人で。『子供に教育なんざいらん!』なんて言う人も中にはいるのよ」
「それはひどいですね。子供こそ宝なのに」
「ええ、ええ。全くその通りね。じゃあ、場所を教えてあげるわね」
ジェイミーさんは、非常にふくよかな身体を揺すって手提げ袋からメモ帳とペンを取りだし地図を描き始めた。
それにしても学校か。
通わせることに文句はないが、本当に安心して任せられるのだろうか。
入学させる前に徹底的なリサーチをせねばなるまい。
娘に関しては超心配性な俺なのだから。
リーシャやグラーフも子供たちが学校へ通うなんて言ったら驚くだろうな。
……ん?
学校、か。
「ジェイミーさん。つかぬことをお伺いしてもいいですか?」
「なんです? 学費のことかしら?」
「いえ……いやまぁ、学費も気になりますが、えーと、その学校は大人が入学しても大丈夫ですかね?」
「は?」
ポカンとするジェイミーさん。
「一人、入学させたい大人がいるんです」
その夜。
家族と過ごす夕食後のひと時。
俺は居間へ全員が集まったのを確認し高らかに宣言した。
「グラーフには、マリーやアリスと共に保育園、と言うか幼年学校へ通ってもらいます! ちなみに、子供たちは既に同意済みです!」
「はいぃ!? あっしが姐さんがたとですかい!?」
「ぐらーふもがっこうへいくのー!」
「わらわたちと一緒に行くのじゃ!」
「……ぷっ、くくくく、あっははははは! いいじゃないのグラーフ! マリーちゃんやアリスちゃんに負けないようしっかり勉強しなさい! ひー、グラーフが保育園……ずいぶんでっかい幼児がいたものね……ぷっくくく」
驚愕のグラーフ。
褐色の顔が瞬時に青ざめていくのが丸わかりだ。
きっと、『学校』という単語に拒否反応を起こしているのだろう。
対して、楽しそうなマリーとアリスメイリス。
大爆笑のリーシャ。
俺とて無意味にこんなことを言っているわけではない。
ちゃんとした理由があってのことだ。
「グラーフ。きみは冒険者を目指すと言っていたよね?」
「へ、へい」
「その冒険者になるには、読み書きができないことには始まらないんだ」
「そうなんですかい!?」
「適性試験ってものがあってね。実技の他に筆記によるテストもあるんだよ」
「ひぃぃ! テストと聞くだけで全身にイボができちまいそうでさぁ!」
全身をかきむしるグラーフ。
大きな身体がリーシャよりも小さく見えるほど萎縮してしまったようだ。
「大丈夫だよ。先生は女性だって話だから、きっと優しく教えてもらえるんじゃないかな?」
「えっ!? ……そうなんですかい?」
少し食いついてきたグラーフに俺は頷く。
ジェイミーさんがご帰宅なさったあと、俺はマリーとアリスメイリスを連れて、宣言通りにリサーチへ向かったのだ。
実際に現地へ赴き、学校の周辺に住む住民から学校の評判を聞き取り調査を敢行したのである。
評判は概ね良好。
特に何年か前に、教師と言うか保育士として就任された女性は優しくて気立てもよく、子供やその親から絶大な信頼を得ているらしい。
場所はこの屋敷からしばらく西へ向かったところで、古い教会を改装して学校とした建物である。
現在の児童数はわずか8名。
最盛期には数十名が通っていたそうだが、周辺地域の少子化や、王都の東側に出来た公立の学校へ移ってしまったと聞き及んだ。
「……女の先生、ですかい」
「興味が出てきたろ?」
「へい……いえ! そんなこたぁねぇですぜ!」
動機はなんでもいい。
やる気さえ出してくれるのならば。
俺とてグラーフにはきちんとした大人になって欲しいのだ。
悪事に手を染めることのない、真っ当な生活を送れる大人に。
その思いは娘たちの将来を考える気持ちと何ら差異はない。
彼はもう、俺にとっては弟のようなものだから。
「へぇー、よかったじゃない。素敵な先生だといいわね」
リーシャがニヤニヤしながらグラーフにそんなことを言った。
「いやぁ、それよりも心配なのは、あっしがいない間にリヒトの旦那とリーシャの姐さんがイチャイチャするんじゃねぇかと不安で……」
「こらこら。グラーフ、子供の前だよ」
「しないわよ! ……とは言い切れないかもしれないけど……」
ごにょごにょと頬を染め、指をモジモジさせながら言うリーシャ。
期待に満ちたような目で俺をチラチラとうかがっている。
「うわぁぁ! する気満々じゃねぇすか! あっしは学校どころじゃなくなっちまいますぜ!」
床をゴロゴロと苦悶の表情でのたうつグラーフ。
そんな彼の眼前にしゃがみ込む二人の幼女。
「ぐらーふはわたしたちとがっこうにいくのがいやなの……?」
「冷たい男なのじゃ……」
「!? い、いや、姐さんがた、そんなことは決してねぇんでさぁ!」
「じゃあ、いっしょにいこ?」
「大人しく来るのじゃぞ」
「……へ、へい……」
偉丈夫のグラーフもマリーとアリスメイリスにかかっては、ひとたまりもなかった。
多分、俺もあんな風に娘たちから詰め寄られたらあっさり陥落することだろう。
どんな願いであろうと聞いてしまいそうだ。
なにはともあれ、これで決まった。
季節はちょうど春。
入園、入学にはもってこいである。




