ままごと
トントントントン
槌打つ響き。
カンカンカンカン
釘打つ小槌。
ギーコーギーコー
意気揚々とノコを引き。
トンテンカンテン
造るのだ。
すまない。
別にポエムでもなんでもないんだ。
これは大工や職人たちが良く歌うもので、子供なら誰でも知っている童謡にもなった『大工小唄』である。
では何故俺たちが歌っているのかと言えば、家具を製作中だからであった。
この大きな屋敷へ住むことにしたのはいいが、圧倒的に家具や収納が足りていない。
これから増えるであろう子供たちの服や生活雑貨、その他もろもろをそこらへんに放置するわけにもいかぬだろう。
マリーやアリスメイリスはこれから洒落っ気も出てくるお年頃だ。
甘やかすつもりではないが、ある程度の服くらいは揃えてあげたい。
ただ、俺たちがいつまでも王都に留まるのかと言う点は気がかりである。
なんとなくで旅に出た俺ではあるが、一応の大目標として『嫁探し』を掲げた。
無論、この王都で嫁さんが見つかるならそれに越したことはない。
ただ、見つからなかった場合にどうするか、となれば、また旅に出るしかあるまい。
はは……その時は思い切って他の大陸に行ってみるかな……
幸い、この王都には港もあるし……
問題は他にもないわけではない。
リーシャやグラーフはまだ若いのだ。
彼らには大きく広がる未来があり、俺にそれを邪魔する権利はどこにもないのである。
もし大きな目標を二人が見つけた時、俺は彼らについて行くかここに留まるかの選択を頭の片隅に入れておかねばならないと考えた。
俺はリーシャやグラーフを笑って送り出せるのかな……
……無理かも……
絶対泣くよ。
だって、マリーとアリスが大きくなって、『お嫁に行きます』などと言われるのを想像するだけで涙が出るくらいだからね……
付き合いとしては短いはずなのだが、娘たちは勿論のこと、リーシャとグラーフも俺にとってはかけがえのない存在となりつつあるのを自覚し始めていた。
今考えても仕方のないことではあるが、そう遠くない将来も視野に入れておくほうがよかろう。
ともあれ、俺はそんなことをあれこれ思案しながら家具の制作に勤しんでいるのである。
「リヒトの旦那! 木材のカット、出来やしたぜ!」
「ああ、ありがとうグラーフ。こっちのもお願いしていいかな」
「お安い御用でさぁ!」
威勢のいいグラーフ。
彼は実家を飛び出した後、少しだけ大工見習をしていたことがあるらしい。
なので、ここぞ出番とばかりにものすごく張り切っているのだ。
「あいたっ! うぇーん、釘じゃなくて指を打っちゃいましたぁ~」
半ベソのリーシャが左手の親指を咥えている。
なんだか幼子が指しゃぶりをしているみたいで可愛いらしい。
「すまないねリーシャ、俺が無理言って慣れない作業をやらせちゃったからだね。さ、指を見せてごらん、ヒールをかけてあげるよ」
「い、いえいえ、自分からやるって言ったんですから……でも、ありがとうございます~」
俺はリーシャに癒術を施しながら、八割方完成した棚を眺めた。
素人仕事にしてはいい出来と言えるだろう。
当然売り物のほうが出来はいいに決まっているが、なるべく余計な出費を避けるために格安の木材で作ることにしたのである。
子供たちはと言えば、広い居間の窓際で自分の数少ない荷物を出したりしまったりして遊んでいた。
きっと、おままごとなのだろう。
どうやら二人は最近おままごとにハマっているらしく、俺たちもよく巻き添えになるのだ。
「パパー、パパは『パパ』のやくねー」
ほうら来た。
だけど、『パパの役』ってなんだろう。
俺は既に父親なんですが……
「わたしが『ママ』のやくになるから、ありすちゃんはこどものやくね!」
「えぇ~、お姉ちゃんズルいのじゃ。わらわもママの役がいい~」
「ねぇねぇ、マリーちゃん、アリスちゃん。私の役はなぁに?」
揉めそうになっていると思ったのか、リーシャが二人に割って入った。
リーシャは聡く、優しい子だ。
子供たちが喧嘩するところなど見たくなかったのだろう。
……もしかしたら、単に交ざりたいだけなのかもしれないが。
『女の子が行きつく究極の遊びはおままごとに帰結するんです!』と、リーシャは熱く語っていたからね……
「りーしゃおねえちゃんはねぇ~、あかちゃんのやく!」
「赤ちゃんなのじゃ!」
「赤ちゃん!?」
ブホッと思わず噴き出す俺とグラーフ。
笑ってしまって釘を打つ手が震える。
「お~よちよち。かわいいあかちゃんですね~」
「さぁさ、ねんねするのじゃ~」
「バ……バブー……?」
「はっははははは!」
「だーっはっはっはっは! やめてくださいや姐さん! 笑っちまって鋸が真っ直ぐ引けやせんって! だはははは!」
ダメだった。
ついに俺たちは爆笑してしまう。
マリーとアリスメイリスの小さな膝を枕にして赤子のように丸まっているリーシャが面白すぎたのだ。
「うぅ~……笑うなんてひどいですよリヒトさん~。すっごく恥ずかしいんですからね」
「ははははは、ごめんごめん。なんだか可愛らしくてつい、ね」
「えっ? そ、そうですか? えへへへ」
真っ赤な顔でうつむいてしまうリーシャ。
彼女の赤い髪を凌駕するほど朱に染まっていた。
「マリーの姐さん、アリスの姐さん。じゃあ、あっしは何の役で?」
「うーんとね、ぐらーふは……ぺっと!」
「グラーフは勿論ペットじゃな!」
「ペット!?」
マリーとアリスメイリスから同時に宣告され、グラーフの笑顔が瞬時に凍りついた。
まさか人間ですらないなんて。
「あっははははは! いいじゃないグラーフ! 似合ってるかもね! あはははは!」
「……姐さんがた……せめて人間扱いはしてくだせぇよぉ……」
今度はリーシャが大笑いしていた。
ひどく落ち込むグラーフの背中が哀れすぎる。
「それだけグラーフが親しみやすいってことだよ」
「だ、旦那ぁ……そう言ってくれるのは旦那だけでさぁ……」
ゴーン ゴーン ゴーン
そんな時、城前広場に設置された時計塔から夕刻を知らせる鐘が鳴った。
この鐘は朝7時、昼12時、そして夕方の5時に時刻を教えてくれるのだ。
「おっと、もうこんな時間か。夕食の買い物に行かなくちゃね」
「あ、私も付き合いますよ」
「わたしもいくー!」
「わらわも行くのじゃー!」
わいわいと連れ立って居間を出る俺たち。
だが、グラーフはついてこない。
「……あっしは留守番して棚を作っときまさぁ……」
「あ、あぁ、すまないが頼むよ」
彼の寂しそうな声に返事をしたのは俺だけであったのだ。




