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黒の導師


「あなたさまのことですよ! リヒトハルトさま! いえ、黒の導師さま!」


 それこそ目を白黒とさせている俺たちに、畳みかけるようにおっしゃるギルド幹部らしき人。


 どよめきの収まらぬだだっ広いギルド内。

 俺が一言いってやろうと口を開きかけた時、この見事に髪の無くなった幹部さんが機先を制した。


「不在のギルド長に変わりまして、この副ギルド長ネイビスからお伝え申し上げます!」

「は、はぁ……」


 ネイビスさんの真っ白な歯と、つるっつるな頭部がキラリと光る。


「冒険者リヒトハルトさま! もはや絶滅したと思われた太古の最強種【真祖】の再発見と討伐、及び、究極のレアドロップである【レジェンドアイテム】の【コートオブダークロード】獲得の功績、真にお見事でありました! その栄えある大功績を讃え、冒険者最高位の称号【オリハルコン】を、そして世界冒険者ギルド連盟からは二つ名【黒の導師】を進呈いたします!」


 ドォォオオオオオオオォォォォオオオオ


 一気に言い終え、ぜぃぜぃと荒い息を吐くネイビスさんをよそに、ギルド内では大喝采が巻き起こった。

 建物全体が揺れ、窓ガラスが粉々になってしまうかのような大歓声。


 マリーやアリスメイリスは既に自らの両耳を押さえていた。

 非常に賢明である。


 俺やリーシャ、グラーフはただポカンと口を開けるばかりであった。

 置かれた状況にまるでついて行けない。


 これ、弁明したほうがいいのかね?

 俺は【真祖】を討伐した覚えはないんだよ。

 アリスは俺の中じゃモンスターではなく、大事な愛娘なんだから。

 【コートオブダークロード】もドロップじゃなくて厚意からの手渡しだったのに……

 それをさも手柄の如く言われちゃうと、温和で通ってる俺も少し頭に来るよね。


 冒険者として認められた喜びや達成感よりも、娘を貶されたくらいで怒るんだから、俺もまだまだ器が小さいのだろう。

 大人になるということは難しいものだ。


 ともあれ、なんだか全然納得いかない事態だというのに、ネイビスさんは俺へ握手を求め、強引にワインの入ったグラスを握らせてきた。

 気付けばマリーやアリスメイリスだけでなく、リーシャやグラーフも含めてここに集まった全員がカップを持っているではないか。


 これには俺も参ってしまう。

 こんな雰囲気の中で異議を唱えられるはずもない。

 俺は溜息をつきながら、仕方なく祝杯を掲げると、一斉に乾杯の音頭が踊り狂った。


 しばし酒の入ったグラスを見つめ、やけっぱちのようにそれを飲み干す。


 畜生。

 無茶苦茶美味い。

 相当いい酒だぞこれは。


 俺は憤懣やるかたない気持ちで一杯だったが、当のアリスメイリスはまるで気にした風もなく、美味しそうにオレンジジュースを飲んでいた。

 その愛くるしい仕草と笑顔に、俺の留飲も少しだけ下がる心地だったのである。



 そして宴は夜になっても続いていた。


 よくもまぁ人様のことで盛り上がれるものだ。

 幾度目かすら覚えていない乾杯の声。

 ギルド職員も冒険者連中も既に泥酔状態である。


 そもそも、ここは宴会をする場所じゃないはずなのに。

 聞けば隣のギルド直営酒場にも冒険者連中が溢れているそうじゃないか。


 ……そう言えば冒険者の心得に『冒険者とは、祭りと見れば積極的に参加するものである』なんてのがあったっけ。

 冗談かと思っていたんだが、どうやら本気の一文だったらしい。


 あーあ、グラーフは連中からたらふく飲まされて既に酩酊してるよ。

 リーシャはその美貌から野郎どもにモッテモテだし。

 ……俺の所には女性冒険者の一人もすり寄って来ないのはどう言うわけだ?


「……パパー、わたしねむくなっちゃったー……ふわぁぁ……」

「お父さま、わらわもそろそろ……」

「そうか、寝ちゃっていいよ。ほら、おいで」

「うんー……」

「わーいなのじゃー」


 俺のマントにくるまるマリーとアリスメイリス。


「かわいい子供たちねー」

「リヒトハルトさんとお話してみたいけど、子供がいるってことは奥様もいらっしゃるんじゃないかしら……」

「そうかもしれないわね……お近付きになりたかったのに……残念」


 !?

 女性冒険者たちのそんな声が聞こえたぞ!?


 そ、そうか。

 俺は妻子持ちだと思われてるってことか!

 確かにそう考えると女性は声をかけにくいよね!

 うっはー、盲点だった……


 これからは首に『独身です』とか『お嫁さん募集中』なんて書いたプレートをぶらさげておこうかな。

 …………子供たちに引かれそうだからやめとこう……


 ともあれ、もう夜更けだ。

 結局、宿を探すことも出来なかったなぁ。


 それでも俺は一応ネイビスさんに宿が手配できないか聞いてみることにした。


「すみません、ネイビスさん……ネイビスさん?」

「んごごぉ~!」


 高らかないびき。

 ワインのボトルを抱えたまま石床に転がり熟睡してしまったようだ。


 肝心な時になんてこった。


「ネイビスさん! すいません!」

「すぴぴぴ~」


 だめだこりゃ。

 両隣で子供たちが眠っているし、俺は立ち上がることも出来ない。

 はて、どうしたものかと思案した時。


 どこかの冒険者がスコーンとネイビスさんのハゲ頭を蹴飛ばした。

 ギルド内に巻き起こる大爆笑の渦。


 なんとまぁフランクなギルドなことか。

 ギルド職員も元冒険者が殆どだっていうし、これはこれでアットホームなのかもしれない。


「ふ、ふが……?」

「副ギルド長! 『黒の導師』がお呼びですぜ!」

「ハッ!? こ、これは失礼いたしました! なんでございましょう!?」


 よだれまみれのネイビスさんに苦笑しながら俺は尋ねる。


「子供たちも疲れた様子なので、どこか宿を手配していただきたいのですが……」

「宿、ですか。えーと、今は夜半過ぎ、ですな……うーむ、とうにチェックイン時間は過ぎてしまっておりますのう」


 この人はいったい誰のせいでこうなったと思っているのだろう。

 何度かお暇しようとしたのを、無理に引き留めたのはネイビスさんに他ならないと言うのに。


「明日にはきちんと手配しますので、今日のところはこのギルドに泊まってはいかがですかな? 仮眠室などもありますので」

「あぁ、それは助かります。では、申し訳ありませんが部屋の場所を教えていただけませんか? 子供たちを寝かせてあげたいので」

「勿論です、ささ、こちらへどうぞ」


 どうやらネイビスさん自身が案内してくれるようだ。

 副ギルド長なのにふんぞり返っていないのは好感が持てる。


 なんだか憎めない人だな。


 ネイビスさんはまだ少し寝ぼけているのか、そこだけは反り返った黒くフサフサな鼻髭をフガフガと揺らしている。

 俺はリーシャとグラーフに声をかけて、ネイビスさんの後を追った。


 男たちからモテモテだったリーシャは心底辟易した顔で、酔い潰れたグラーフを床に引きずりながらついてきていた。

 あれでは彼の顔が擦り傷だらけになってしまう。


 案内された部屋は二階の奥深く。

 普段は交代制のギルド職員たちが使っているであろう、ベッドがいくつも並んだ仮眠室であった。


「お好きなようにお使いください」

「ありがとうございます」


 私は主役のいなくなった宴をもうひと盛り上がりさせてきますわい、と言ってネイビスさんは千鳥足のまま去って行った。

 本当に愉快な人である。


 あんな足取りで階段から転げ落ちなきゃいいけど。


 俺はそんな心配をしながらマリーとアリスメイリスをベッドへ寝かせた。

 二人の安らかな寝息が耳に心地よい。



 ドンガラガッシャーン


「ネイビスさんが階段から落ちたぞー!」

「きゃー! 大丈夫ですか副ギルド長!」

「おい、気絶してんぞ! 水ぶっかけろ! 水!」

「どんだけ飲んでやがるんだこのおっさんは!」



 ああ……本当にやらかしたよあの人……



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