王都
俺たち一行は山間部を抜け、広大な平野に出た。
ここまでくれば、もはや王都も目と鼻の先と言っていいだろう。
思い起こされるのはこれまでの旅路。
長かったような短かったような、不思議な感覚に陥る。
まさかこの俺に二人も可愛い愛娘ができちゃうなんてな。
今は俺に抱かれ、夢を見ている二人の幼子を見る。
その天使の如き寝顔に、俺のくたびれ果てた足腰も、もう少しだけ奮起しようと言ってくれた。
季節は初春だが、未だ北から吹く風は冷たい。
俺は二人が風邪など引かぬよう、触り心地のよいマントで念入りに包み込んだ。
アリスメイリスから受け取った【コートオブダークロード】である。
驚いたことに、この代々【真祖】が受け継いできたと言うマントは、特殊アビリティである【飛翔】の能力を備えていた。
空中を自在に舞う、つまり空を飛ぶことは人類にとって、長きに渡る夢だと言えるだろう。
それを叶えてくれるアイテムとあっては、俺だけでなく、リーシャやグラーフ、そしてマリーも興奮していた様子である。
当然ながら、俺は意気揚々とこの能力を何度か試してみた。
結論。
飛べる。
思ってたのと少し違ったが、飛べる。
俺が持てる限りの荷物を抱えていても飛べる。
……ただし、あさっての方向に。
なんかねぇ、これじゃないって感じがすっごいするんだよね。
多分、俺がまだ慣れてないだけなんだろうけどさ。
もうちょっとこう、飛行感が出てくれないと扱いに困るよこれ。
現状では『飛ぶ』ってよりも『すっ飛んでいく』って気分。
操作が難しく、何度も岩肌や地面へ激突する俺を見て、グラーフやリーシャはともかく、マリーまでドン引きしてたもんな。
これさ、俺じゃなきゃ試験飛行一回目でみんな死んでるよ?
飛んでみるかい? って聞いても全員が全力で首を横に振ってたくらいだし。
このマントがレジェンドアイテムなのってさ、使用した人間が全て墜落死しているから、とかじゃないよね……?
……いずれにしても、もう少し訓練が必要だな。
もし使いこなせればとんでもないことになるだろうからね。
だけど、流石は【レジェンドアイテム】だ。
あれだけ酷使しても破れどころか、ほつれさえもない。
ま、せっかくの厚意だし、アリスとそのご両親へ感謝しつつ使わせてもらおうじゃないか。
「リヒトさん! 王都が見えてきましたよ! わぁ~! 素敵~!」
「うおぉぉぉ! でっけぇもんですねぇ! 王都ってのはぁ!」
リーシャとグラーフの声が耳を打つ。
初めて見る王都に二人は大はしゃぎだ。
斯く言う俺も、王都は初めて見るんだけどね。
「あぁー! 王都の向こう! 海じゃありませんかあれ!? ……綺麗~!」
「ひゃぁぁ! 超でけぇ水たまりでさぁね!」
二人の実況通りであった。
巨大で壮麗な白亜の城を取り囲むのは、円状に広がる都市部と外壁。
王都自体が海沿いにあることから、南側が港になっていると思われる。
王城はどうやら街の中心部に────
「……ふにゃ……うみ~?」
「……お父さま~……ごはんの時間かえ~?」
「ああ、ごめんよ。起こしちゃったかい」
リーシャとグラーフが大騒ぎしたせいか、俺の腕の中で眠っていたマリーとアリスメイリスが目を覚ましてしまったようだ。
ならばこの歩くたびに近付いてくる美しい風景を見せてあげなくてはなるまい。
「見てごらん。マリー、アリス。海だよ」
「……わぁ~~! おおきい~~! キラキラしてきれいだねぇ~!」
「お、おぉ……わらわも見るのは初めてなのじゃ……! ねぇ、お父さま。海の水がしょっぱいというのはホントかえ?」
「うん、本当だよ。塩は海の水から作られているんだ」
「へぇぇ~! 流石お父さま、博識じゃのー」
マリーの青い瞳とアリスメイリスの黄金の瞳が陽光と海の反射を受けて、宝石のように輝いている。
きっとリーシャやグラーフの目も同様だろう。
人は美しいものを見た時にこうなるのだ。
きっとこれから先、何度も同じ瞳になると思う。
当然、俺も。
いよいよ、王都です。
「わぁぁ~……」
「うへぇ~……」
「いやはや、これは参ったね」
「いやはや~?」
「ほぇ~……」
俺たちは巨大な北門から入った場所で、ポカンと突っ立っている。
眼前に広がるのは城前広場へ続く目抜き通り……のはずだ。
少なくとも、門衛の若者はそう言っていた。
だけどこの、人、人、人。
とてつもない数の人々や物資、馬車などが往来しまくっていたのだ。
だが、色々聞いた噂どおり、街並みは美しく整備され、人々も華やかな衣服を纏っている。
大通りには様々な店や露店が立ち並んでいるものの、雑然とした雰囲気はない。
人は楽しそうに笑い、食べ、飲み、この世を謳歌しているように感じられた。
ここのところ、この国で戦いは起きていない。
王族がそれなりの善政を布いているからか、内乱などの話も聞いたことがないほどだ。
隣の大陸ではかなり不穏な動きがあると言うが、それこそ遠い彼方の話である。
さて、ボーッと立っていても始まらない。
まずは主だった施設の場所を確認しておくべきだろう。
それと、日が暮れる前に宿を探さねばなるまい。
王都まで来ておいて野宿などと言うのは勘弁願いたいものだ。
なにはともあれ、冒険者ギルドへ向かおう。
俺たちはグラーフを先頭に大通りを南へ向かって歩き出した。
大荷物を背負った、でっかいグラーフを通行人が避けていく。
なので、彼の後ろは非常に歩きやすいのである。
大通りは、中央部分が馬車専用となっており、更に二つに別れていた。
どうやら、左側を街の中心部へ向かう馬車が、右側を街の外へ向かう馬車専用としているようであった。
なかなかに画期的なシステムと言えるだろう。
俺たちはそれほど急がず、露店を冷やかしたり、屋台で威勢よく売られている食べ物を買ったりしながら、中心部にある王城を取り囲むような造りの円形広場を目指した。
それにしても人いきれがすごい。
とてもじゃないが、マリーやアリスメイリスを歩かせることなどできない。
いくら手を繋いでいても、これではすぐにはぐれてしまうだろう。
俺は二人を両腕に抱えて歩くことにした。
そしてその二人が、両手の塞がった俺に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
父親冥利に尽きるねぇ。
「はい、パパ。あーんして!」
「あーん! もぐもぐもぐ……うん、美味いね! 流石は食の都。ただの串焼きにも様々なスパイスが使われてるようだよ」
「お父さま、お飲み物もあるのじゃ。わらわの飲みかけでよければ」
「あぁ、もらうよ。ストロー付きは助かるね。ゴクゴク……ほう、これはフルーツの果汁を何種類も混ぜてあるのか。酸味と甘みが丁度いい配分になってるよ。ゴクゴク」
「……お父さまと間接キッス……ポッ」
「ブッ!」
思わずジュースを噴き出す俺。
それが目の前にいたグラーフの頭にかかり、奇妙な声で絶叫する彼。
なんてマセたことを言うのだろうこの子は。
……そういや忘れていたがアリスはこう見えて310歳だったっけ……
パパは将来が心配だよ……
「むー! リヒトさん! 私が買ったこのサンドイッチも食べてみてください!」
「モガ!? モゴゴゴ!」
そんな子供たちとのやり取りを見ていた隣を歩くリーシャが、少しだけ赤毛を振り乱しつつ、その手に持ったサンドイッチを強引に俺の口へ押し込んできた。
小さな子に対抗心を燃やしてどうするんだいリーシャ……
ちなみにサンドイッチは美味かった。
産地から直送された新鮮な野菜は、シャキシャキとした食感。
それを豚肉のローストが濃厚な味と脂で包み込んでいく。
屋台の食べ物でこのレベルかよ……
本格的な料理店はどうなっちまうんだこれ……
料理人としての自信を失いそうだよ……トホホ。
なんてことを思い悩んでいる間に、俺たちは目的地である城前広場の南側にある立派な冒険者ギルドへ、ようやくたどり着いたのである。
見上げるほどの巨大な建物は、石とレンガで組まれており、冒険者と言う職業を端的に表しているかのような見るからに頑丈極まる建築物であった。
どうやら内部に酒場は併設されておらず、ギルドとしての機能だけを優先させたようだ。
かわりに、隣の建物には『冒険者ギルド直営店』と書かれた看板の酒場があった。
冒険者連中に酒や食べ物で金を落として行ってもらうのが、重要な収入源にでもなっているのだろう。
流石は冒険者ギルドの本部。
スケールがやたらと大きいね。
俺たちは扉と言うよりも、もはや門とすら思える入口を開けて内部へ入った。
途端に中にいた人々からどよめきが上がる。
「おい、あれって……」
「全身が黒い装束……噂通りだ……」
「でも子連れだぜ?」
なんだなんだ?
俺たちがなにかおかしいのか?
いや、確かに子連れなのはおかしいかもしれないけどさ。
だが俺はそんな呟きを気にする風もなく、ズチャリと一歩を踏み出した。
ザワつくギルド内。
その時、奥の方から物凄い勢いで俺の前に現れたのは、中年のギルド職員だった。
とんでもない速度で、手が擦り切れるほどに揉み手をしている。
身なりからしてギルドの幹部だろうか。
そして開口一番───
「これは『黒の導師』さま! よくぞ当ギルド本部へおいでくださいました!」
は?
『黒の導師』さまって誰!?
ここまでで第一部終了です。
お読みいただき誠にありがとうございます!m(_ _)m




