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盟約


 結局、その日に雨が止むことはなく、俺たちはアリスメイリスと出会った洞窟で一泊することとなった。


 アリスメイリスにマリーの相手をしてもらい、俺たちは夜営の準備を始める。


 グラーフがこの雨の中、近くの小川へ水汲みに行くのを買って出てくれた。

 俺は感謝の言葉とともに、商人さんからいただいた高撥水の黒マントをグラーフへ被せる。

 これがあれば多少の雨など恐るるに足らず、と言うものであろう。

 そして彼は元気よく洞窟を飛び出していった。


 若者ってのは回復も早いんだねぇ。

 さっきまでヘロヘロだったうえ、アリスの幻惑術にやられてアヘアヘ言ってたのにな。


 赤毛のリーシャはと言えば、焚火を一晩持たせるために、洞窟中から枯れ葉や枯れ枝を拾い集めていた。

 外にいくらでも薪になりそうなものはあるが、雨を受け湿気てしまっている。


 湿気た木を燃やすのは最大のタブーだと言うことを知っているのだろう。

 生木や湿気た木は、燃やしても延々と煙を発するばかりで全く焚火としての役割を果たさないのだ。

 虫や獣をいぶして追い出すには最高だが、今はその必要もない。


 それはいいんだけどさ。

 鎧を脱いだもんだから、リーシャのホットパンツに包まれた立派なお尻や、ニーソックスを穿いたむっちりな太ももが丸見えで、いちいち目の保養……もとい目の毒なんだよね。

 わざとやってるわけではないのだろうと思うが、あんまり無防備なのも保護者代理としては心配ですよ。


 しかし、若い子ってのはいいもんだねぇ。

 どこもかしこもピチピチしてるもんな。


 俺はと言えば、絶賛夕食の準備中である。

 アリスメイリスが加わり、5人となった俺たち一行。

 年若いみんなに美味しいものをたんと食べさせてあげたい。


 とりわけ、マリーとアリスメイリスには栄養価の高い物を出さねばならないだろう。

 成長期である彼女たちにこそ、元料理人として一番気を使う俺なのであった。


 栄養と言えば、まずは野菜だな。

 アリスはわからないが、マリーはほとんど好き嫌いがなくて助かるよ。

 俺が子供の頃なんて、人参やピーマンが嫌いだったもんさ。

 それが今じゃ生でもガリガリ食べちゃうんだからね。

 歳を取ると味覚が鈍感になるのかな。


 そしてお次は近年発見されたタンパク質とか言う栄養素。

 これは肉や魚、一部の穀物にも豊富に含まれているらしく、筋肉や臓器を作るのに必要不可欠とされているのだ。


 幸い、肉も野菜も、先日出会った農家のお婆さんから大量にいただいている。

 なので、問題はどんな料理を作るかだけとなった。


「ほほー、マリーは絵が上手じゃのー」

「えへへー、いっぱいかいてるから! ありすちゃんもかいてあげるね!」

「マリーが描くわらわの絵かえ、そりゃ楽しみじゃのー」


 楽しそうな声が俺の背後から聞こえて来る。

 すっかり仲良くなったマリーとアリスメイリスの声だ。


 臨時とは言え、父親の俺としても楽し気な二人の声は嬉しくなるね。

 なんて思っていたのだが。


「だめだめ! ありすちゃんは、わたしのことを『まりーおねえちゃん』ってよぶの!」

「えぇ!? わ、わらわのほうが遥かに年上なのじゃぞ!?」

「パパのこどもになったのはわたしがさきだもん! だからわたしがおねえちゃんでしょ?」

「そ、そりゃあそうかもしれぬが……お、お父さまぁ~」


 とてとてと走り寄って来て俺の腰にしがみつくアリスメイリス。

 なんとも可愛らしい光景である。

 【真祖】だの不死者の王だの言われてても、彼女はまだまだ子供なのだ。


 この光景を目撃したのだろう、薪を抱えたままのリーシャが、とろけそうな顔で二人の幼女を見守っていた。

 その気持ちはとてもわかる。


「アリスはマリーと姉妹になるのが嫌なのかい?」

「……ううん。むしろずっと一人じゃったからとっても嬉しいのじゃ……」

「そうかぁ、そう言ってくれると俺も嬉しいよ。アリスはとってもいい子だね」

「あふん、お父さまぁ」


 思わず俺はアリスメイリスの薄紫色な頭をわしゃわしゃと撫でてしまう。


「あー! パパ! わたしもー!」


 それを見たマリーがすかさず駆け寄ってきた。

 俺の足にしがみついて金髪の頭部を突き出し、なでなでをねだる。


「よしよし、マリーもいい子だよ」

「えへへへ」


 幸せそうな二人の笑顔に、調理も忘れて癒されてしまう俺。

 世の父親たちが毎日こんな気分を味わっていたとは恐れ入った。


 あぁ、俺も早いとこ結婚しておけばよかったなぁ。

 出来ることなら若かりし頃に戻りたいよ。


 さっさと結婚した連中をさげすんだりして済まなかったと思ってる。

 『結婚は人生の墓場だ』なんて近所のおやっさんたちに聞かされてたのが失敗だったよホント。


「さ、マリーちゃん、アリスちゃん。リヒトパパはご飯を作ってくれるから、それまで私と遊ぼうねー」

「わーい! りーしゃおねえちゃんとあそぶー!」

「はいなのじゃー!」


 見かねたリーシャが気を使ってくれたのだろう。

 そんなことを申し出てくれた。


 そりゃあ、助かるが『リヒトパパ』って……

 きみまで俺の子になるつもりかい?


「なにして遊ぼっか?」

「おにごっこー!」

「わらわも、マリー……お、お姉ちゃんに賛成なのじゃー」

「いいわよー。じゃあまずは私が鬼ね!」

「あははは! ありすちゃんにげてー!」

「待ってー! マリーお姉ちゃん待ってなのじゃー!」


 なんとも微笑ましい声が広い洞窟に木霊こだましている。

 まだアリスメイリスはマリーをお姉ちゃんと呼ぶことに戸惑っているようだが、じきに慣れていくことだろう。


 リーシャの誘導も上手かったのが功を奏した形だ。

 あとで彼女にも感謝の意を伝えねばなるまい。


 俺はこの上なくご機嫌な気分で調理を始めた。


 さて、ここからは一行の料理番を預かる身として真剣にならざるを得ない。

 だが、旅をしている以上、複雑で凝った料理を作成するには足りないものが多すぎた。

 持って歩ける調味料の数など、たかが知れているから。


 旅路における料理とは、火を通すことが前提となっている。

 見た目にはわからずとも、痛んでいる可能性があるのだ。


 特に肉類は気を付けねばならない。

 春先と言う季節柄、生の肉でもそれなりに持つだろうが、気を付けるに越したことはない。


 料理人が食中毒を出すなんてのは一生の恥だからね。


 幸い、お婆さんからいただいた肉類は、全て燻製処理してあった。

 これは干し肉よりも優れた保存方法で、肉もそれほど固くならず、なにより木材のチップでいぶしてあるため非常に風味がよくなる調理法なのである。


 お婆さん、ありがたく頂戴いたしますよ。


 俺は燻製肉をスライスし、まだ新鮮さを保つトマトで作ったソースを表面に塗った。

 その上に削ったチーズをかけてから串に刺して軽く焼くのだ。

 こうすれば多少癖のある燻製肉が、子供でも食べやすくなる。


 名付けて、『燻製肉のチーズ焼き』だ!


 ……そのまんまですね。


 二品目は当然野菜がメインとなる。


 俺はいただいた野菜の中から、玉ねぎ、キャベツ、ジャガイモを取り出し、愛用の包丁で食べやすい大きさにカットした。

 鍋に水を入れ、コンロにかけた時。


「きゃー! あはははは! パパー! かくれさせてー!」

「わらわもお父さまに隠れるのじゃー! くふふふふ!」

「がおー! 待て待てー!」


 リーシャに追われたマリーとアリスメイリスが逃げ込んできた。

 どうやらまだ鬼ごっこは続いているらしい。


 ははは。

 こりゃリーシャも苦労するね。

 子供は無限とも思える体力を持っているからな。


「そうじゃ、お父さまとはまだ【血の盟約】を結んでなかったのじゃ」

「なんだいそれは?」

「敗北した【真祖】は勝者とこの盟約を交わさないとならぬ決まりなのじゃ」

「? ふーん、いいよ」

「ならばお父さま、かがんでー」


 俺はハテナマークを浮かべながら言われた通り、アリスメイリスの前にかがむと。


「んちゅーーーー!」

「んんんん!?」

「あぁぁぁ! ありすちゃんずるい! わたしもパパとちゅーするのー!」

「ちょっ!? アリスちゃん!?」


 俺の顔を両手で固定したアリスメイリスは、迷うことなく口付けをしてきたのだ。


 混乱する俺。

 わたしもわたしも、とせがむマリー。

 愕然としているが、なんでか少し悔しそうな表情のリーシャ。


 だが、これのなにがヤバいって、舌まで入ってきていることだ。

 いくらアリスメイリスが310歳だとはいえ、これは世間体的にまずくなかろうか。


「ぷはぁ! これで盟約は成ったのじゃ! わらわの全てはお父さまのモノ!」

「……言いかたが色々誤解を招きそうだよ……でもなんでこんな……」

「本来なら本当に血液を交わすのじゃが、わらわの牙ではお父さまの皮膚に対抗できぬゆえ、唾液の交換にしたのじゃ」

「……あぁ、そうなんだ……」


 納得できるようなできないような不思議な気分に陥る。

 まぁ、彼女が納得しているのならばそれでもよかろう。


「パパ! わたしもちゅー!」

「はいはい」

「私もいいですか? ……なんちゃって」

「!?」


 マリーとはいつもしているからともかく、リーシャに冗談とは言えそんなことを言われると俺もドキリとしてしまうではないか。

 むしろ俺のほうからお願いしたいくらいだ。


 などと言う思いはおくびにも出さず、再び鬼ごっこに戻った三人の少女を見送って俺は調理を再開した。


 丁度よく沸いた湯に、野菜と燻製肉、そしてコンソメを投入する。

 しばらく煮込み、塩コショウで味を整えればポトフの完成だ。


 その時、俺は濡れ鼠となって洞窟の入口にたたずんでいるグラーフと目が合う。



「……随分楽しそうっすね……」



 グラーフの恨めしそうな声が俺の魂を深く抉るのであった。




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