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戻る記憶 捨てる過去



 ルオオオオォォォォォオオオオオオ



 世界をも揺るがす咆哮。



 口からとめどなく溢れ出す血液を拭いながら、俺はそれを心地よく聞いていた。


 そう。

 魔獣フェンリルとは俺が……



 キィィィイイイン


 突如脳内に怒涛の如く雪崩れ込んでくる見知らぬ映像と知識。

 割れそうなほどの頭痛の中、俺はを見ていた。




 名も無き俺と、名も無き赤毛の女神との間に生まれた子。

 俺と同じ金髪碧眼を持つ娘。


 歴とした肉体を持ちながらも、概念的な存在である我々だが、その中でも俺は異端だったのであろう。

 情愛というものすら希薄なはずであるのに、俺は愛しき娘に名を付けた。

 あるいは戯れや気まぐれだったのかもしれぬ。

 それでも俺は名を付けた。


 マリ────────と。


 ノイズが走った。


 次に見えた光景。


 世界は闇に包まれ、あらゆる生物は滅び去ろうとしていた。

 突如飛来した魔神によって。


 あらゆる生物は抗った。

 人種や種族の垣根を超えて協力し、魔神と闘った。


 その際、人間を率いていたのは、後に初代の各大陸王となる5名。

 人間以外を率いていたのは、妖怪総大将と、真祖の王。


 世界各地で繰り広げられる激戦。

 一時は魔神の軍勢を押し返す状況もあった。

 しかし次第に敗報は増え、生物はその数を激減させていく。


 追い詰められた人々は救いを求めた。

 天に。


 我々はそれに応えることはなかったが、我が娘だけは違っていた。

 俺が名を付けてしまったばかりに、娘は人間と近しい心を持ってしまったのだ。


 娘は現界に降臨した。

 人々は娘を聖女と崇め祀り上げた。


 娘は人々を救うべく、魔神のもとへ向かった。

 中央大陸西部。

 肥沃な地が砂漠と化してしまうほど激しい戦いの末、魔神を倒したかに見えた。

 しかし滅んだ魔神は分体だったのだ。


 娘は魔神を追った。

 人々の嘆きと希望を一身に受けて。

 西大陸、南大陸、北大陸と渡り分体を倒し続け、遂に東大陸へ本体を追い込んだ。


 だが、娘はもう限界だった。


 俺は見ていられず飛び出そうとした。

 しかし、他の神々に止められた。


 娘は最後の力で魔神と刺し違えた。

 命を賭して魔神を封印し、自らの魂をいくつかに分け未来へ送ったのだ。


 人々は歓喜した。

 神々すらも。


 そんな中、俺は怒りと悲しみに震えた。


 だが、それをぶつけるべき魔神はもう封じられている。

 怒りは自然と神々へ向けられた。


 娘一人救えぬ神などいらぬ。


 既に俺は狂っていたのだろう。

 【神殺し】の魔獣、フェンリルを創造してしまったのだから。  


 ノイズが走る。

 また別の場面だ。


 全てが終わって魔獣を湖へ封じた俺は、現界を彷徨していた。

 娘を失い、過失とは言え名も無き赤毛の女神も巻き込んでしまった罪悪感と虚無感。

 俺はそこでようやく赤毛の女神を愛していたのだと悟った。

 娘と同じくらいに。


 絶望しかなかった。

 絶望しかないと思っていた。


 甦るのは娘や赤毛の女神と過ごした穏やかな日々。

 そして娘や赤毛の女神の最期ばかりだ。


 何十年そうしていたろうか。

 放浪と絶望、後悔の果てに、俺は希望を見出した。


 娘が最期に使った己の魂を未来へ送る魔導。

 仮に時空間魔導と名付けた。


 娘がそれをどのようにして習得に至ったかはわからない。

 だが、その魔導原理は類推出来た。

 魔導に関して俺の右に出る者はおらぬと自負もあった。


 それからの俺は研究に没頭した。

 研究のためにまた世界を巡った。


 その折に出会ったのが、若き剣士オルランディと、聖女の再来と謳われた少女、シャロンティーヌだ。

 二人は増えたモンスターに抗するべく、冒険者を支援するギルドを立ち上げたいと語った。

 俺はその提案に乗ることにした。

 別に人間を助けようと思ったわけじゃない。

 必要悪だっただけだ。


 再びノイズ。

 また変わった。


 俺は南大陸の果てで画期的な発見をした。

 このあたりの場面は全てがノイズ混じりだ。

 よく覚えていないのだろう。


 だが、正誤はともかく、この方法しかないという確信だけはあった。

 やはり俺は狂っていたのかもしれない。


 俺は世界各地に設置した魔導装置に手を加え、ある条件が揃った場合のみ発動するよう仕込みを入れた。

 その後、自らの力を封じ、それまでの記憶を別に捏造したものと置き換えてアトスの街へ降り立ったのだ。


 ノイズ。


 ……これは俺がリーシャと冒険者ギルドの適性試験を受けた場面だ。


 冒険者登録をすべく、魔導装置に触った瞬間がトリガーだった。

 巻き起こるスパークは、全世界の魔導装置と連動し、目に見えぬ魔導陣を惑星に描いた。


 それは時空連続体に複雑な作用を齎し、時間軸をも歪め、超越した。


 幼き頃の娘を現在に転移させたのだ。

 ────失われたはずの過去から。

 身勝手な俺の、ただ『やり直したい』と言うエゴのためだけに。


 しかしそれは、幼い娘の身体や精神に過大な負荷をかけるに至り、記憶をも希薄化させてしまった。


 そう。そうだ。

 魔神春宮は勘違いしていたようだが、彼女は因子などではなく聖女そのもの……

 娘は……マリーは、まごうことなき俺の実の娘だったのだ。



 そんなのはどうでもいい!

 神だった記憶など、慚愧と後悔しかない過去など……いくらでも捨ててやる!


 今の俺は……俺はしがない元料理人で冒険者で公爵で……

 愛しい娘たちと幸せに暮らすことを願う、ただの父親だ!


 今度こそ……今度こそは全身全霊で娘を守る!




 ルォォォオオオオ


「ぐおぉぉおおおお!」


 気付いた時、外とは完全に隔絶された空間内で、咆哮と咆哮、禍々しい肉体と白い巨体がぶつかり合っていた。

 言うまでもなく、魔神春宮と白き魔獣フェンリルだ。


 そして外界からは……



「リーシャ殿! マリー殿は大丈夫なのでござるか!?」

「うん、大丈夫よ。でも不思議なの。血まみれなのに外傷はないみたいで……」

「きっとお父さまの魔導なのじゃ」

「マリー嬢は、わっちが預かるでありんす。各々方は眷属の迎撃を」

「承知つかまつったでござる!」

「わかったわ! 宵闇ちゃん、マリーちゃんをお願いね!」

「リーシャ姉さま! 霞姉さま! 天狗隊がピンチのようじゃ!」


「ぬああああああ!」

「僧正坊殿!」

「某ごと討て! 九頭龍殿! すまぬが娘を……芙蓉をお頼み申すぞ! うおおおおお!」

「父上ぇぇぇ!」


「僧正坊さん! 当たっちゃったらごめんなさい! 【ホーリースラッシュ】!」

「助太刀するでござる! 【抜刀五紋閃】!」

「魔よ、疾く滅すのじゃ! 【ダークムーン】!」


 …………みんなの声が聞こえてきた。


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