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聖女の因子



「パパ……」

「リヒトさん……あれって……」


 春宮の胸元で禍々しい光を放つ球体を見て、マリーとリーシャが嘆息にも似た呟きをこぼす。

 彼女たちも気付き、思い至ったのだ。

 あのエマーソンの大森林で体験した転移事件を。

 忌まわしき輝きに呑まれ、この東大陸へ飛ばされた時のことを。


「ああ。あの時と同じ光だね」


 俺は頷いたが、頭の中では疑問符が渦巻いていた。

 何故春宮があの球体を抱え込んでいるのか。

 何故遠く離れた中央大陸で同じものを目撃したのか。


「くっくっく……その表情、やはりこれに見覚えがあるようだな」


 愉快と言わんばかりに春宮は笑う。

 俺たちにとっては不愉快でしかない。

 だが、今の発言でわかったことがある。


「……俺たちを転移させたのは……」

「はっはっは、察しがいいな、リヒトハルト殿よ。しかし、ひとつ言っておこう」


 春宮は、もったいぶるように乱れた服を直す。

 たっぷりと時間をかけ、茶で舌を湿らせてからこう言った。


「リヒトハルト殿よ、そなたはオマケだ」

「……オマケ?」

「ああそうとも。はっきり言ったほうが良いか? ならば言おう、そなたは、招かざる客、だ」

「……」


 わざわざ一言一言ゆっくりと区切って言う春宮。

 厭味ったらしいヤツだと思ったが、次の衝撃的な発言で怒りが吹き飛んだ。


「朕がこの地へ召喚したのは…………聖女の因子を持つ者よ」

「!?」


 聖女の因子……?

 なんだそれは……?

 いや、もっと大事なのは……それが誰のことを指しているのか、だ。


 俺は『聖女の再来』などと言われたこともあるが、春宮は俺を『オマケ』だという。

 つまり俺は本来ここにいるべきではない存在なのだろう。

 となれば俺以外だ。

 あの時、転移に巻き込まれたのは、リーシャ、マリー、アキヒメ、フランシア……

 もしや……いやしかし、そんな馬鹿な……


「まさかマリーが……?」

「フッ、それだけではないぞ、リヒトハルト殿。もう一人、確かフランシアとか言ったか。彼女も聖女の因子を持つ者だ」

「なんだって!?」


 ガツンと頭を殴られたような感覚。

 思わずマリーを見つめてしまう。

 マリーは俺の顔をきょとんと見上げていた。

 確かに聖女伝説と同じ金髪碧眼だが、よもやマリーとフランに聖女の因子が宿っているとは。


「リヒトハルト殿も知ったのであろう? 魔神を封印したのは聖女であると」

「あ、ああ」

「朕はその強力な封を解こうと苦心したのだ。だが、あと一歩のところで立ち行かなくなった。それはなぜか? 巧妙な罠が仕組まれていたからだ」

「……罠?」

「そうだ。聖女は将来的に封が解かれることを恐れ、己自身にしか解けぬよう施したのだ。それだけならばまだどうにかなったやも知れぬ。しかし本当の罠はここからだった。聖女は死せる際に、己の魂をいくつかに分けたのだ。そうしておけば魂の欠片を揃えぬ限り魔神の復活は出来ん」

「……その欠片がマリーとフランだってのか?」

「そうだとも! それを知ったのはごく最近だ。魔神の魂とも言える部分を解析していた時……ぐっ……! むぅぅ……!」


 どういうわけか、春宮が急に胸を抑えて唸り出した。

 持病でも持っているのだろうか。


「……ぐぅっ……はぁ、はぁ……失礼した。朕の中の魔神が急に暴れ出してな。はっはっは、やんちゃで困る」

「な、なに……? 中に魔神……?」

「……何を驚くことがある。そなたも先ほど見たろうに。朕に宿る魔神の核をな」


 なんてこった。

 あの禍々しい球体が魔神の核だと……?


「朕が禍津地で発見したのはこの核だけであった。封じられていた肉体は既に滅んでいたのだよ。しかし魔神の力は全てこの核に凝縮されていた。朕はその封を九割がた削いだ。後は聖女の因子を集めれば、全てが始まり、全てが終わる……」


 核……俺たちを転移させたのも、あの核に宿るほんの一部の力だったってことか……


「不運だったのは因子だけでなく、そなたまでこの地に来てしまったことよ。しかし、僥倖だったのはそなたらの中に秋津姫宮がいたことだ。労せずして目的物が一度に集まったのだからな! はっはははは! 礼を言うぞリヒトハルト殿!」


 高笑いする春宮に激昂寸前だったが、どうにか堪えながら問うた。


「……ひとつ聞かせてほしい。聖書の因子を持つ者は……他にもいるのか?」

「いる。いや、いたと言ったほうが良いか」

「……どう言う意味だ」

「聖女の因子は無垢なる魂にのみ宿っている」

「……まさか」

「まさかもなにもあるか。魂を取り出すには邪魔な肉体という枷を外すしかあるまい」

「貴様……」

「あとはそなたの娘二人から因子を取り出せば魔神の完全復活だ。おっと、フランシアの魂を得るついでに秋津姫宮も始末しておかねばな」


 春宮がチラリとマリー見た瞬間であった。


「うっ! うぅ……パ、パ……」


 マリーが突如として苦しみだしたのは。


「マリーお姉ちゃん! どうしたのじゃ!?」

「マリーちゃん!」

「マリー殿!」


 すぐに駆け寄るアリスメイリス、リーシャ、霞ちゃん。

 俺にはすぐにわかった。

 春宮が何かしたのだと。

 対処法もすぐにわかった。

 春宮こいつをぶっ飛ばせばいいのだと。


 青筋がブチブチと切れる音。

 怒りで無意識に放たれた俺の拳は、春宮の胴に一撃をブチ込んでいた。

 俺は冷静にキレていたのだ。


「ごぁふっ!」

「お前……ふざけるのもいい加減にしろよ」

「……おやおや。春宮に手を上げるとは、大胆不敵だなリヒトハルト殿。それもなかなかいい一撃だ。そなた、本当に人間か?」

「ああそうさ。人間であり、父親だ」

「はっ、たかが一介の人間如きに魔神を倒せるとでも……」

「やってやるさ。俺の大切な娘を害するなら、何だって倒してやる」

「……不遜だ。不遜であるぞリヒトハルト殿……何が父親か……父親など肝心な時にはなにもしない、何も出来ぬ木偶ではないか!」


 そう叫んだ春宮の身体は、みるみる膨れ上がっていった。



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