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独白2



「もしや父の行方を知っているのでござるか?」


 思わせぶりな春宮の態度に、再度尋ね返す霞ちゃん。

 激昂しなかったのは偉いと言えるだろう。

 焦ればつけ込まれるだけだ。


 だが、春宮はあっけなく言った。

 歪な笑みのまま。


成彬なりあきらか。ははは、あやつなら死んだ」


 思わずムッとし、立ち上がりかける俺。

 しかし両サイドに座る娘たちに袖を引っ張られてシオシオと座り直した。


「そう、でござったか」


 俺とは対照的に、霞ちゃんは小さく呟いただけだった。

 もしかすると霞ちゃんはこの結果を最初から覚悟していたのかもしれない。

 残念そうではあったが、同時に納得のいった顔でもあった。

 父親が死んだのに薄情なのでは、などと言うなかれ。これが侍の矜持であり生き様なのだ。

 侍とは、浪人の中で最も誇り高い職業なのだから。

 勿論、全て霞ちゃんの受け売りである。


「うむ。成彬は、こともあろうに秋津姫宮を旧皇都より連れ出し、逃がしてしまったのでな」

「……え?」


 春宮の言った意味がわからなかったのか、霞ちゃんはキョトンとするばかりだ。

 そんな霞ちゃんを見て興が乗ったらしく、春宮は更に口を動かす。


「朕が皇族内の大粛清を開始し、兄共に復讐を刻み込んだ頃、貴様の父、成彬は他の皇族と共謀し、秋津姫宮を宮中より脱出させた。朕も間抜けだったよ。兄を潰すのが楽しすぎて夢中だったのだからな。今思えば、真っ先にあの小娘を肉塊にしておくべきだったわ」


 今度こそ立ち上がりかける俺を、マリーが太腿を抑え、アリスメイリスが後ろから羽交い絞めにした。

 見事な連携だった。

 俺にそれを振り払うなんて出来るはずがない。

 『パパ! メッ!』とでも言いたげなマリーの瞳で、叱られた犬のようにストンと座る。

 娘に諭される父の、なんと情けない姿よ。


「成彬の策謀はまんまと成功し、秋津姫宮は遥か彼方の海の上。追っ手を放ったが、大海原では終ぞ見つからなかった。流石の朕も空は飛べぬでな。怒りの矛先は当然その皇族と成彬に向かった。が、成彬は貴様を連れて既に皇都を離れていたのだ。いや、もしかしたら朕が知らぬだけで皇都内に潜伏していたのかもしれん。ともあれ、策謀に加担した皇族は全て捕らえ、始末し、今上帝を隠居させた朕は、遷都を決めた。その頃だっただろうか……二度目の天啓が降りたのは」


 なんだ?

 春宮の身体が一回り大きくなったような……

 目の錯覚か?


「天啓というには語弊があるか。衝動……そう、衝動だ。内なる声が、全てを破壊せよと無視できぬ大きさで訴えかけるようになったのだ。朕は遷都を急がせたよ。答えも求めるものも、全て禍津地そこにある気がしてな。完成間近の新皇都に移り住んですぐだったか、フラリと成彬が現れたのは」

「……っ!」


 息を飲む霞ちゃん。

 彼女のことなど目に入ってないかのような春宮。


「手配されていた者がノコノコやってきたのは酷く滑稽だった。しかも、しかもだぞ、何を言うかと思えば上奏したいなどと……朕は笑うしかなかったよ。笑いながら心臓を握りつぶしてやった」

「!!」

「当然だろう。成彬は大罪人だ。次代の帝に背いたのだぞ。娘のそなたにも見せてやりたかったなぁ……成彬の惨めな様を……そう言えばヤツは最期に『すまない霞』などと言っておったが、あれはそなたのことだったか。はーっははは! 親子揃って間抜け面を晒しおったわ!」


 霞ちゃんは戦慄いている。

 怒りか、それとも悲しみか。

 あるいは、春宮への憎しみか。


 だが、それ以上は抑えた。堪えていた。

 膝に乗せた拳をブルブルと震わせながらも。


「まぁ、朕にとってはくだらぬ些事に過ぎん。それからの朕は早急に軍を増強し、禍津地へ向かった。そなたらも、もう知っているのだろう? 魔神を真に復活させるためだ」

「……何のために魔神を?」


 思わず呟いたのは俺だ。

 俺も既に限界は近い。

 怒りの限界が。


「時にリヒトハルト殿よ。そなた、秋津姫宮を養女にしたと言う根も葉もなき噂は……本当かね?」


 唐突な春宮の問いに面食らう。

 どこで聞き及んだのかは知らぬが、別に隠していたわけでもない。

 眷属を従えているのならば、物見の魔眼にて情報収集も可能だろう。


 なにが『根も葉もない噂』だ。

 わかっていてわざわざそんな前置きをする、つまりこれは探りなんだろ?

 俺の反応を見ようって魂胆が透けて見えるぞ。

 勿論、俺は堂々と言ってやるさ。


「ああ、本当だ。アキヒメは俺の大事な娘だよ」

「……噂は真であったか。なるほど……これで得心がいった」

「?」


 あれ?

 俺が思ってたのとなんか違う。

 春宮はガチで噂しか知らなかったのか?

 もしかしてやっちゃった?


 だが、これでいい。

 アキヒメが俺の娘であると知れば、春宮とてそうそう手出しはしまい。

 ……いや……でも、アキヒメは全皇都民の前で自らの素性を明かしてしまっている。

 皇帝となるべく帰ってきたと。

 春宮にとってみれば進退に関わるまずい状況だろう。


 なのに、なぜ彼はここにいる?

 考えたくもないが、真っ先にアキヒメをどうにかしようとするのが普通ではないのか。

 しかし彼は動かない。

 なんだ?

 春宮の真意はどこにある?

 ……まさか、ここにこそあるのか?


「はっはっはっはっ。そうかそうか。そうであったか……全て朕の都合がいいように動いてくれたか……愉快よのう、リヒトハルト殿」


 俺はちっとも愉快じゃない。

 それを示すように口をへの字に曲げ、腕を組んだ。

 何故かマリーとアリスメイリスも。


「砕けた器の欠片は全て揃ったと言うわけだ……なぁ、リヒトハルト殿よ。これ(・・)に見覚えは無いか?」

「!?」


 春宮は言いながら突然胸をはだけた。

 肉体に刻み込まれた無数の傷痕。

 鍛錬でついたものと、兄たちに痛めつけられたものだろうか。


 いや、それよりも胸の中心にあったのは────


「そ、それって……まさか……」


 禍々しき黒と白の光を放つ玉……


 ────俺たちを中央大陸から東大陸へ転移させたあの玉であった。





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