弱気な妖怪
俺の魔導で晴れ渡った空を進みゆく一行。
コントロール・ウェザーの効果は絶大で、進路は雲ひとつ無く視界もクリアそのものだ。
唯一問題があるとすれば、それは日が翳ってきたことであろう。
あぁ~……やっぱり寝坊したのが痛かったなぁ……
数日間も昏倒していたのを寝坊って言うなら、だけどね……
とは言え、このままだとヘタをすれば魔神との戦闘が夜になってしまうだろう。
冒険者や浪人である俺たち一家は暗視スキルでどうとでもなる。ところが龍神族や天狗族はそうもいかない。
何故か鬼人族だけは全員夜目が利くそうだが、各族の連携戦術が取れぬ以上、夜間戦闘は極力避けるのが妥当か。
短期決戦でカタがつくならいいんだがね。
どう考えてもそんなに甘い相手とは思えないんだよなぁ。
行方不明の春宮も気になるし……うーん、野営するべきか強行するべきか……
「お父ちゃまの悩みは、わっちが一番よくわかっているのでありんす」
ペタリと俺の背に張り付きながら耳元でそう呟く宵闇ちゃん。
熱い吐息が耳元にかかり、ゾクリとする。
「今夜のことで悩んでいるのでありんしょう?」
「……よくわかったね」
「勿論でありんす。敬愛するお父ちゃまとわっちは心と身体が繋がってるのでありんすから。臥所のお供なら迷わずわっちにお任せあれでありんすぅ」
「違うよ!?」
宵闇ちゃんの迂闊で不埒な発言が聞こえたものか、ギョロリとこちらをねめつける真紅の瞳。
言うまでもなくリーシャの目だ。
聞き捨てならぬと言いたげな彼女の瞳がいつもよりも赤く見えるのは、血走っているせいか、それとも夕焼けを映しているせいか。
無言なのにとにかく圧がヤバい。
「(いかんいかん。フォローせねば)心はともかく、身体は繋がってないから……」
「あぅん、お父ちゃまのいけずぅ~、今だってこうして繋がってるでありんすのに~」
俺の背で蠢く宵闇ちゃん。
グラマーなリーシャがやるならともかく、幼女みたいな宵闇ちゃんでは甘える娘たちの仕草と何ら変わらん。ただただ可愛らしいだけだ。
「ふにゃー!」
「あははは。よいやみちゃん、にゃんこみたい」
「いたずら猫なのじゃ」
宵闇ちゃんのうなじをつまみあげ、前へ座らせてから娘たちごと抱きしめる。
その後頭部に顎を乗せ、暮れゆく青空を眺めた。
うーむ。
実際問題……
「実際問題、夜間戦闘は厳しいと思いますよ」
「拙者もリーシャ殿に同意でござる」
まるで俺の心を読んだかのような発言をするリーシャ。
しかも霞ちゃんの同意付き。
「正直に申せば自信はありませぬ……」
「桜花殿に同じく……天狗族の名折れなれど……」
「あっはっはー! あちしは自信満々なのだー!」
取り沙汰されているのが龍神族と天狗族であると言うことに気付き、肩を落とす桜花ちゃんと芙蓉ちゃん。
夜目の利く酒吞童子ちゃんは一人ドヤ顔だ。
飛行能力のない鬼族が他族に誇れる部分なのだろう。
あっ、またどこからか酒を出して呑んでる!
全くこの子は……
対照的に、族長たる九頭龍と僧正坊は、虚ろな目を虚空へ向けていた。
……こりゃ決まりだね。
「よし、みんな聞いてくれ。今日はこのくらいで夜営に入る。春宮も未だ発見に至っていない以上やむを得ぬ。場所は向こうに見える森にしよう。ただし、火の使用は禁ずる。では降下開始!」
命令は直ちに全員へ伝達され、速やかに実行された。
あからさまにホッとした様子の龍神族と天狗族に、思わず苦笑する。
やはり彼らは夜間戦闘が不安だったのだろう。
森の中へ分け入り、手頃な空き地を見つけると、鬼人族が俺たち家族のために手早く小型の天幕を張ってくれた。
龍神族と天狗族は食事の準備に取り掛かっている。
敵……魔神や春宮の手の者に見つかる恐れがあるので灯火管制を敷いた。
なので、食事の準備と言っても本格的な調理をするわけにはいかない。
日持ちのする干し肉や果物を各自に配るだけである。
子供たちには可哀想だけど、今日は我慢してもらうしかないね……
明日にはきっとご馳走を振る舞うよ。
簡素な食事も終わり、翌日は日の出と共に行動を開始するため早めに休むことにした。
念のため、見張りには鬼人族が数名ほど交代でその任に当たっている。
緊張感のせいか、気を張っているせいか、あまり眠気がなかった俺は、娘たちと宵闇ちゃんに膝枕をしながらジッと周囲の気配を探っていた。
今、この間にも敵が忍び寄って来ている可能性がないわけではないからだ。
後ろではリーシャと霞ちゃんが俺の背にピッタリ寄り添って寝ている。
その温もりが何とも心地いい。
今のところ、俺の張り巡らせた魔導結界に異変はない。
時折動く者は見張りの鬼人族だけであった。
ふむ。この分だと夜襲はない、か。
妙な胸騒ぎがして、もしかしたらと思ったんだがね。
ふぁ~あ……そろそろ明け方くらいかな……流石に眠くなってきた……しかし春宮はどこに行っちゃったのかねぇ……
どうやら俺は、そのまま少し微睡んでしまっていたようだ。
夜襲は無いと見て気が抜けたのだろう。
最悪の目覚めを迎えることになるとも知らずに。
「急報! 急報! 我が主さまは! リヒトハルトさまはどこにおられまするか!」




