おっさん、伝説になる(嘘)
「こりゃ春宮軍から目を離すわけにはいかないな……僧正坊、すまないが目の良い者を何人か遣ってくれないか?」
「うむ。良い判断だ。承知した」
僧正坊の命を受け、三名の天狗が後方へ飛び去っていった。
彼らは軍内に春宮を発見次第、報告に戻ってくる手筈である。
「素直に見つかると良いのだが……」
ドラゴン型の顔を後ろへ向け、天狗たちを見送っていた九頭龍がポツリとこぼす。
きっと彼は今後の事態を想定し、憂えているのだろう。
まぁ、俺もいくつか思いつくけどね。
勿論あまり良くない方向で。
「リヒトさんリヒトさん、九頭龍さんの言った意味、わかります?」
ツンツンと俺の脇腹をつつくリーシャ。
思わずアフンと変な声が出そうになる。
「あ、あぁ、彼は心配しているんだよ。これからのことをね」
「??? どう言うことです?」
頭の周りに沢山のハテナマークを浮かべるリーシャ。
うーむ、可愛い。
「ここからはあくまでも俺の私見だがね」
「はい」
「今後の起こり得る展開がいくつかあると思うんだ」
「はぁ」
「まずひとつは、春宮が軍を二つに分けた場合だね」
一方を皇都に向かわせ、もう一方に春宮が潜み、別ルートから皇都へ向かう。
第一陣を迎え撃つ忠光軍の後方から忍び寄る春宮の第二陣。
これで挟撃の完成である。
前後から同時に襲われては忠光とて為す術もなかろう。
ただし、忠光もそこは当然警戒しているはずだ。
「二つ目は春宮の行方不明がフェイクだった場合」
「ふむふむ」
つまり不在であると見せかけて実は軍内に居るわけだ。
それによって忠光の油断を誘い、奇襲に持っていくパターンなどが考えられる。
「三つ目は本当に春宮が居ないこと」
その居ない理由によっては最も面倒なことになる。
病気や怪我ならともかく、意図的に行方を眩ませていたら最悪だ。
どこで何をする気なのかさっぱり読めなくなる。
「って感じかな」
「なるほど、すごいです! だけど、リヒトさんも色々考えたりするんですね」
待ちたまえ。何を失敬な……
それじゃ普段は何も考えていないみたいじゃないか。
まぁ、のほほんと生きるのが俺のモットーだし、概ね間違ってはいないが。
それにしてもリーシャの『思ったことをストレートに言っちゃう病』はとどまることを知らないな……
「でも、これから起こり得る展開なんて、ひとつしかありませんよ」
「へ?」
「全部片付けて、幸せに暮らすことです(リヒトさんとの新婚生活をねっ! きゃー! まだ早いわよ私!)」
「はっははは! そうだね、きみの言う通りだよ」
そうだとも。
全てを終わらせ我が家へ帰り、みんなで幸せに暮らすんだ。
流石は俺の恋人だよリーシャ。
俺のつまらない心配なんて軽く吹き飛ばしてくれるんだから。
「リヒトハルト殿。前方に暗雲……いや、雷雲のようだ」
九頭龍が緊張した声と共にトゲトゲの顎で示す。
ふむ。確かに巨大な積乱雲が立ちはだかっている。
時折光って見えるのは彼の言うように雷雲ゆえの稲妻であろう。
「いかがいたす?」
九頭龍にしては珍しくソワソワしているようだ。
まさか雷が苦手とでも言うのだろうか。
はは……まさかだよ、ね?
九頭龍は龍神族の長だしそれはないよ。
とは言え、あの巨大な雲は看過できない。
強行突破するには雷が危険だし、かと言って雲の下を行けば雨に濡れて体力を奪われる。
雲上を行こうにも、この高度が九頭龍の限界ギリギリだ。これ以上は空気が薄くなりすぎて、リーシャたちが呼吸困難に陥ってしまう。
うーむ、悩ましい。
迂回するとしても雲がデカすぎて何時間かかるやら……
龍神族は雨や雷を操れるなんて忠光が言ってたけど、九頭龍の様子からしてガセっぽいな……
……ん? 天候を操る……?
それだ!
「くずりゅうのおじいちゃん、パパがいるからだいじょうぶだよ!」
「あんな雲くらい、お父さまが解決してくれるのじゃ!」
「な、なんと……? リヒトハルト殿が?」
あらら。
娘たちに先を越されちゃったよ。
しかしマリーとアリスも覚えてたんだね。
初めて公爵領に着いた時のことを。
「リヒトハルト殿、まことであろうか?」
「ああ。任せてくれ」
「一体どのようにして……」
俺はそれ以上何も言わず僧正坊と九頭龍にニヤリと笑って見せ、左手に魔導力を集約させる。
ここは景気よく、快晴と行こうではないか。
我々の前途は澄み切った青空が相応しいのだ。
「コントロールウェザー!」
放った魔導力が広範囲に拡散し、周囲の気圧を上げていく。
たちまち雲が薄れ、霧散した。
オォオオオオ……
一同からどよめきが漏れる。
「驚きだ……リヒトハルト殿は天候をも自在に繰ると言うのか……!」
「これはまさしく高天原におわす神々にも匹敵する神通力よ……!」
九頭龍と僧正坊の称賛が耳に心地良い。
しかしこの時、俺は知る由もなかったが、東大陸上にあった全ての雲がきれいさっぱり消え去ったと言う。
大陸各地に点在する全観測地点で快晴が記録されたのだ。
無意識にコントロールウェザーの効果範囲を際限なく拡大したのが原因である。
これが、新たなリヒトハルト伝説の誕生であった。
……嘘です。




