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怒りの咆哮



 ────忠光陣営。


「手応えは十二分にあった。皇都民は歓喜の声を上げている。皇帝陛下も貴女さまを正統後継者と認めるのは時間の問題でしょう。全ては秋津姫宮アキツヒメノミヤさまがってくださったお陰であります」

「……やめてください忠光さん。私はただのアキヒメ。リヒトハルトお父さんの娘です」

「ハッハハハハ、そうでしたな。兄者の大事な愛娘ですな!」

「出来れば敬語もやめてほしいんですけど……」

「おっと、これは失敬。そんなアキヒメにひとつお願いがあるんだが」

「なんです? 私が出来るのはここまでですよ」

「オレさ、お前さんを利用するような形になっちまったし、こりゃもう絶対、すげぇ剣幕で兄者に怒られる。だからその時は庇ってくんねぇかな?」

「あははは、わかりました。お安い御用ですよ。怒ったお父さんはすっごく怖いですから」

「ありがてぇ! マジで怖ぇんだよ兄者は……特にお前さんたちが絡むとな」


 心底ホッとしたように喜ぶ忠光。

 どれだけ義兄弟を恐れているのか……


「ただ、問題は未だ残されたままだ」

「……私の兄……春宮ですか」

「ああ。これで動かないとなると……」


 もはや打つ手がない。

 忠光としては春宮が魔神との戦闘に巻き込まれて死のうが、別段知ったことではないのだが、皇帝や皇都の民にとっては心情的に見てもそうはいかぬであろう。

 暗愚であっても、春宮を信じて遷都した新皇都に移り住んだのだから。

 民草とて全てに従順ではない。より良い未来が待っていると感じればこそ移住に踏み切ったはずだ。


 ま、大半は現皇帝陛下の求心力によるものだろうが、な。

 前に一度、旧皇都で春宮とお目にかかったことがある。

 あれはオレが『忠光』の名を継いだ時だったか。

 ヤツは他の兄弟たちよりも数段劣って見えた。

 だが、ひとつだけ抜きん出ていたのは、悪知恵だ。

 ヤツは兄弟の側近もさることながら、あろうことかオレの重臣にまで手を回そうとしたのだ。

 多分、その頃から春宮の……延いては次期皇帝の座を狙っていたのだろう。

 あの欲望と憎しみに染まった目をオレは忘れない。


 あーあ。あん時、問答無用でブン殴っておけばこんな未来にならなかったかもしれねぇのによ。

 失敗したぜ。


「殿! 急報です!」

「む。申せ」

「春宮軍が反転! 皇都へ向かっているそうです!」


 やれやれ、ようやくかよ。薄ら馬鹿が。

 だが、これで兄者との計画も破綻せずに済むな。


 忠光が大きく息を吐きながら空を見上げた時────



『忠光ゥゥゥ! よくも俺の愛娘を利用したなァァァ! 覚悟しておけェェェ!』



 とんでもない高空から降ってきた怒りの大咆哮に、飛び上がって驚くしかなかったのである。

 同時に襲い来る眩暈にも似た絶望感。


 ああ……オレ、多分死んだ、な。


「あはは……だ、大丈夫ですよ忠光さん。私も一緒に謝ってあげますから……」

「あ、わたしも謝ってあげますね~」

「フラン」

「お疲れ様、アキヒメ。たくさん頑張ったね~」

「うん、ありがとう。フランがいてくれたから勇気が出たんだよ」


 ったく、兄者に似て暢気な嬢ちゃんたちだぜ……オレは明日をも知れぬ命だってのによ……

 ……うむ。取り敢えず、兄者には全力で土下座しよう。


-----------------------------------------------------------------


「全くもう……忠光め……ブツブツ」


 憤懣やるかたない気持ちで腕を組む俺。

 怒りのたけは、皇都上空ですれ違いざまに魔導力を乗せて忠光へ送った。音声を狙った者に飛ばすスキルである。

 忠光軍からはだいぶ遠ざかってしまったが、今頃震えあがっていることだろう。


「まぁまぁリヒトさん。忠光さんを責めないであげてください。苦渋の決断だったんだと思いますから」

「そうだよパパ。アキヒメちゃんだっていっぱいかんがえてきめたんだよ」

「きっとお父さまの助けになると信じての行動じゃないのかのー」


「ぐっ!」


 リーシャとマリー、アリスメイリスが擁護に回った。

 超劣勢である。

 こうなると丸め込まれるのが毎度のオチだ。


 まぁ、アキヒメがいなかったら俺たちの計略も失敗に終わっていただろうし、その決意と頑張りは褒めてあげたい。アキヒメを一人にさせず、一緒についていったフランもね。

 だけど……やっぱり忠光は許さん! 帰ったら説教地獄の刑に処す!


「リヒトハルト殿! 前方に軍影! 春宮軍と思われる! 留意されたし!」


 身軽さ故に先行していた天狗族からの報告だ。

 それを聞いて俺や僧正坊、九頭龍は顔を引き締める。


 少し前の急報で春宮軍が反転し、皇都へ向かっていることは知っていた。

 つまり、この先に待つのは魔神なのだ。


 いよいよ、だね。


「リヒトハルト殿。高度はこのままでよいか?」

「うん。この高さなら高空を飛ぶ鳥よりも小さく見えると思う」

「相わかった」


 律儀な九頭龍が俺に指示を仰ぐ。


「それともうひとつ。目の良い龍神族から奇妙な報告を受けた」

「ん? 妙な報告?」

「うむ。春宮軍全体が全速で動いているのは間違いない。リヒトハルト殿と忠光殿による『離間の計』は成功したと見てよろしかろう。しかし……」


 何やら言い淀む九頭龍。

 竹を割ったような性格の彼にしては珍しく、納得のいかぬ様子。


「しかし?」

「……移動中の近衛軍の中に、春宮本人の姿が見えぬと言うのだ」

「えぇ? 見逃してるだけじゃないのかい?」

「いや、某のほうも鴉天狗から似たような報告を受けた。まだ確証がない故、お二方には黙っておったが」

「はぁ!?」


 僧正坊までもがそんなことを言い出す。


「春宮は専用の巨大な御車みくるまに乗っていると忠光は言っていたけど……」

「うむ。その車が見当たらぬのだ」

「それも春宮のはかりごとかも知れぬ。リヒトハルト殿、九頭龍殿、気を弛めぬよう」

「……だね」

「然り」


 不確定要素を抱えたまま俺たちは進むのであった。



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