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雨の不死者


「みんな、下がったほうがいいよ。あれはなにかおかしい」


 俺の言葉でリーシャとグラーフにも緊張が走る。

 洞窟内にピリピリとした空気が立ち込めるかのようであった。


「……嘘っ!? あれ、透けてません……?」


 よせばいいのに、リーシャが迫る三体の人影を注視していた。

 そして己の発言で真っ青になって自爆する。


 怖いもの見たさだったのだろうか。

 女の子の心理とは、よくわからないものである。


 そのリーシャの言う通りであった。

 人影は三体とも、白っぽいフードを被ったような姿形をしているが、なんと後ろの風景が身体を通して見えるのだ。


 これが幻影ではないとしたら、考えられることはただひとつ。


「……ありゃアンデッド、ですかい……?」


 意外と冷静に大剣を構えているグラーフが問う。

 ゴーストやゾンビに代表される不死者を総称してアンデッドと呼称するのだ。


 強烈な無念や怒り、憎悪を抱えたまま死んだ人間は不死者になりやすいと伝え聞く。

 生者が本能的に恐れる存在、それがアンデッドであった。


「やめてよ! 私、昔っからお化けだけは苦手なの!」

「おばけー!? パパこわいー!」


 俺は荷物から布製の帯を取り出し、怯えるマリーを背負った。

 そして帯を使って俺とマリーを固定する。


「怖かったらパパの背中に顔を埋めるんだよ」

「うん!」


 マリーに怖いものなど見せる必要はない。

 俺はマリーごと覆うように、最早乾いたマントを羽織った。


「俺もアンデッドだと思うよグラーフ。根拠、とまでは言えないかもしれないけれど、料理人時代に東から来た客が言っていたんだ。『大雨の日には子供の生気を吸っちまうアンデッドが出るから気をつけな』ってね。つまり、きみがさっき話していた大男、あれの正体が【レインファントム】ってアンデッドモンスターなのさ」


 ちなみに、その客に俺は子がいない旨を伝えたところ、『へぇ、落ち着いてるから妻帯者だと思ったのに! だけどその歳で嫁も子供もいないのかい!? そりゃあいらん話をしちまったな! 失敬失敬!』なんて言ってたけど、本当に失礼な話だよ。

 俺本人が一番気にしてることをズケズケと……


 まぁ、それはよしとしよう。

 なんせ、今となってはとても有益な情報だったと思えるからね。


「さすがリヒトの旦那、よく知ってらぁ! あの大男が本当のバケモンだったとはねぇ……そういやぁ幼い時分に近所のガキが何人か死んだって親に聞かされやしたが、まさかあいつに……」


 仲の良かった子でも亡くなっていたのか、グラーフは少しだけ怒りに目を燃やしていた。

 彼の黒い瞳に焚火の真っ赤な炎が映っているからか、余計にそう感じるのだ。


「グラーフは前衛を頼む。リーシャは中衛……と言いたいところだけど、怖いなら俺の後ろにいてもいいよ」

「は、はい! ……いや、でもそれはなんかこう、冒険者としてちょっと情けない気が……」

「旦那、姐さんがた、あっしに任せてくだせぇや!」


 しどろもどろになにやら言い訳をしているリーシャ。

 わざわざ苦手なものに挑戦しなくてもよかろう。


 対照的にグラーフは入口に陣取る。

 筋肉質の大きな背中がやたら頼もしく見えた。


 この洞窟はかなり広い。

 大人二人が並んで大暴れしても余裕があるほどの幅がある。


「愛する姐さんがたにゃ手は出させねぇぞぉ!」


 血気にはやるグラーフが、開口一番に彼の背丈ほどもある大剣で斬りかかった。

 なんと言う短絡的思考。

 考えるよりも先に身体が動くタイプとしか言いようがない。


 待て待てグラーフ!

 こっちにも段取りってもんが……!


 ザシュッ


 しかも見事に命中してるし!


 右の肩口から袈裟斬りにされたレインファントム。

 だが怯む様子もなく、埃を払うかのように胸をポンポンと叩いた。


「うげ、ノーダメージかよっ!」


 3体のアンデッドに囲まれ、白い鉤爪を躱しながら叫ぶグラーフ。

 その後もレインファントムは横薙ぎや突きが命中しているはずなのに、全くたじろぐ気配すら見せない。


 そうか。

 子豚亭に来ていた司祭さまが言っていたな。

 高位のアンデッドへの物理攻撃は効果が薄いと。


「ど、どうするんですかリヒトさん! グラーフがやられちゃいますよ!」


 ちゃっかり俺の腰にしがみついていたリーシャが震える声で言う。

 物理が効かぬなら、魔導しかあるまい。

 俺は左手の指を二本立て、魔導力を込めた。


 キシィィィ


 それを感知したものか、右側のレインファントムはガラスをすり合わせたような声を上げて俺へ左手を突き出した。

 ヤツも魔導を?

 と、思った時、俺の懐にある冒険者カードがビーッビーッと鳴動した。

 だが、今はそんなもんを悠長に見ている暇がない。


「【ファイアボルト】!」


 俺は左手をそのレインファントムへ向けた。


 ぽすっ……


 しかし指先から出たのは、黒煙のみ。


「へ?」

「え?」


 俺もリーシャも唖然とするしかない。


 結構な魔導力を込めた術が不発!?


「リヒトさん! 頭の上に【状態異常:攻撃魔導封印】って出てますよ!?」

「うおっ! マジだ!」


 さっき冒険者カードが鳴ったのはこれのせいか!

 アンデッドめ、なかなか姑息な手を使うじゃないか。


 くそっ。

 これはまずいぞ。

 物理攻撃がダメで魔導も使えないとなると対抗手段がないってことじゃないか。


「ひー! 旦那! 旦那ァ! なんとかしてくだせぇやぁ!」


 必死に回避を続けるグラーフの泣き言が耳に痛い。

 このままではグラーフの体力もいずれ尽きてしまう。

 そうなれば一気に総崩れだろう。


「きゃぁぁぁ! リヒトさん! 後ろぉぉ!」


 ギュゥゥッと全力でしがみつくリーシャ。

 痛くはないが腹が圧迫されて苦しい。


 今度はなんだ!?

 ……うわぁ!

 後ろからもレインファントムが二体近付いて来てる!

 どこから湧いたんですかねぇ!?

 幽霊っぽいだけに壁とか通過できちゃうんですか!?

 便利!


 そうじゃない!

 落ち着け、落ち着くんだ。

 最年長者の俺が冷静でなくてどうする。


 思い出せ。

 あの司祭様はその後に何と言っていた?


「パパ! こわいよぉ!!」


 くっ。

 マリーも怖がっているじゃないか。

 大丈夫、パパが絶対なんとかして見せるからな。


 えーと、えーと。


 ……そうだ!


 『高位のアンデッドに襲われた場合はどうするかだって? 簡単じゃよ。その時は神に祈ればいいのじゃ』って言ってた……


 ダメじゃん!

 いや違う!

 更にその後だ!


 『それは冗談じゃ。よいかね、もしパーティー内にヒーラーがいるなら、しめたものじゃ。アンデッドは回復術に弱いからの。なんせもう死んでおるのじゃから回復のしようがない、しょうがない! なんちゃっての、わははは』


 ……ダジャレじゃないか……果てしなく不安だ。

 だけど、試してみる価値はあるよね!


 俺は体内に宿る生命力を、下腹に集中した。

 魔導術と違い、癒術を使うには己の生命力を触媒とするのだ。


 一度、丹田に溜めた生命力を頭へ循環させるイメージ!

 そこから右手へ流し、収束させる。

 何故かはわからないが、魔導術は左手、癒術は右手から施すほうが効果が高いらしい。


 ま、剣を握ったままでも癒術は使えるから問題ないんだがね。


「【ヒール】!」


 キシャアアアアァァァァァ


 俺の右手から放たれた緑色の輝きが、後ろから迫っていたレインファントムに直撃した。

 そして、鼓膜が破けそうな断末魔のようなものをあげ、塵も残さず消えていく。


「やった! やりましたよリヒトさん!」

「パパすごいの!」

「……まぐれだよ」


 効果覿面だった。

 あの司祭さまには感謝せねばなるまい。


 直前までインチキだと疑ってすみませんでしたぁ!


 だが慣れてないせいか、魔導力を練るよりも生命力を絞り出すほうが遥かに消耗する。

 既に足元がおぼつかないほどに。


 それを察したリーシャが、震える手で剣を握りしめ、果敢に後ろのレインファントムへ斬りかかって行った。

 きっと時間稼ぎをするつもりなのだろう。


 あんなに青ざめた顔の女の子に頼りきりでいいのか俺?

 ……いいわけないよな!

 男としても年長者としても!


 俺は後先構わず全力で生命力を練った。

 マリーから伝わる体温が、俺に力をくれるような気がする。


「リーシャ、下がりなさい! 【ヒール】!」

「はい!」


 キシィィィィィィィイイイ


 消滅を確認するまでもない。

 俺は向き直り、グラーフへ声をかけざまに癒術を放った。


「グラーフ! 退くんだ! 【ヒール】! 【ヒール】! 【ヒール】! 【ヒール】!」


 しまった。

 一発多いじゃないか。


 キシィィィィィイイ

 キシャァァアアア

 キシュゥゥゥウウ


「うわっ! こりゃ、きんもちいいー!」


 最後の一発はグラーフに向けて放ったのである。

 レインファントムの鉤爪で軽傷を負っていたようだし、丁度良かろう。


「はぁはぁはぁはぁ……」

「ぜぃぜぃぜぃ……」

「ひぃひぃひぃ……」


 レインファントムの消滅と周囲の安全を確認し、俺たちはようやくへたり込んで荒い息をつくことができた。


 癒術がこれほどきついものだとは思ってもみなかった。

 全身の生命力を抜かれて、俺がアンデッドになってしまうのではないかと懸念するほどである。

 歳のせいもあって、一度息切れするとなかなか収まってくれないのだ。


 奮戦してくれたグラーフとリーシャも空気を求めて喘いでいた。

 本当によくやってくれたと思う。


 彼ら無しではこの場を切り抜けることはできなかっただろう。

 俺一人ならばマリーがどうなっていたことかは想像に難くない。

 俺は若い二人に感謝の念を抱くのであった。


 だいたい俺たちのような低ランクの冒険者が相手をしていいモンスターじゃないよ。

 と言うかさ。

 そもそもなんでこんなところに高位のアンデッドがいるんだって話だよね。

 しかもいっぺんに5体だよ?

 なにかこの近辺にアンデッドを誘引するような要素でもあるのかね?

 ……まさかとは思うけど、このおかしな洞窟のせいだったりして。



 収まらぬ息切れや動悸と闘いつつ、異様に滑らかな洞窟の天井を見上げていたその時。



「なぁにをやっておるのじゃ、お主らは?」



 幻聴だろうか。

 やたらと妖艶な声を聴いたような気がする俺なのであった。




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