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出陣の刻



「みんな、準備はいいかい?」


「はーい!」

「バッチリなのじゃー!」

「オッケーです!」

「完璧でござるー!」

「ほほ、わっちにぬかりはありんせん」


 ここは忠光軍の調練場。

 だだっ広いそこに、俺たちは集結していた。


 数万人もの武士が血と汗を流し、来たるべき決戦に備えて訓練に励んだ場所である。

 平時であれば猛々しい鬨の声が響き渡るこの地も、今は人気もなく異様な静けさに満ちていた。


 忠光軍の精鋭6万5千人は半月ほど前、既に全軍が出陣した。

 順調に行軍していれば、今頃は重定藩から出発したジロキチ隊5千名と合流を果たし、さらに先へ進んでいるはずだ。


 そして今日、いよいよ俺たちも発つ。


 半月も遅れて出るのには理由があった。

 それは────


「リヒトハルト殿、大妖怪隊所属、龍神族が50名、まかり越した」

「同じく、天狗族総数130名、参上つかまつった」

「同じく、鬼人族20名、到着なのだー!」


「みんな、ご苦労様。すまないが、頼むよ九頭龍」

「お任せくだされ。皆の者! 龍化せよ!」


 オオ!


 一斉に龍へと戻る龍神族。

 全員が巨躯を誇るため、わざわざこの広い調練場へ集まってもらったのだ。


「リヒトハルト殿とそのご家族は我の背へ。鬼の面々は小隊に別れて我が配下の背に乗るがよろしかろう」

「ありがとう九頭龍。世話になるよ」

「なんのこれしき。こんなものでは受けた恩を返し切れませぬぞ」


 ────そう。俺たちと大妖怪隊(九頭龍と僧正坊が命名)総勢200名は、徒歩よりも圧倒的に速い空中からゆくのだ!


 全員が飛行可能な天狗族はともかく、俺たちや鬼族はそうもいかない。

 なので大きな龍神族の背に乗せてもらうことにしたのである。


 族長九頭龍の背には俺たち一家と……


「お爺さま。私も背に乗せていただきます」

「……桜花オウカ。お主は自分で飛べばよかろうに……」

「それではリヒトハルトさまとご一緒できないではありませんか!」

「九頭龍殿、申し訳ありませぬが私も乗せていただきたい。父上、良いですね?」

芙蓉フヨウ! お前も飛べるであろうが! それでも某の娘か!」

「九頭龍殿! あちしも乗せてもらうのだー!」


 ……何故か桜花ちゃん、芙蓉ちゃん、酒吞童子ちゃんまで同乗することになった。


 まぁ、賑やかでいいんじゃないかな……


 そう思ったのは俺と娘たちだけのようで、リーシャや霞ちゃん、宵闇ちゃんは、微妙に複雑な顔をしている。

 だが拒絶するほどではないらしく、別段文句を言うこともなかった。

 内心はどうあれ、同じ隊の仲間と認識しているのだろう。


「リヒトハルト殿。よろしいか? では、参る」


 フワリと浮かび上がる九頭龍の巨体。

 九つの首をもたげ、颯爽と宙を舞う。


「わーっ! くずりゅうおじいちゃん、すっごいねー!」

「快適なのじゃー!」


 快哉を上げるマリーとアリスメイリス。

 俺の飛翔と違って乗り心地が良いからであろう。

 ……少し寂しい。


「あっ、私はリヒトさんの背に乗るほうが好きですよ(密着できるし!)」


 俺の心情を察したリーシャが、すかさずフォローを入れてきた。

 本音だとわかるぶん、嬉しくなる。

 俺が喜ぶツボをよく知ってらっしゃる。さすが婚約者だ。


「え? リヒト殿は飛べるでござるか?」

「初耳でありんすな」

「リヒトハルトさまは飛べるのか! すごいのだ!」


 驚きの声を上げたのは霞ちゃんと宵闇ちゃんに酒吞童子ちゃん。

 彼女たちとはこの東大陸で出会ったわけだが、その時には【コートオブダークロード】が既に破損していた。

 故に俺が飛ぶ姿を見ていない。


「あー、うん。まぁ、とある道具のお陰なんだけどね」

「へぇ~! 中央大陸には便利な道具があるのでござるなぁ」

「流石わっちのお父ちゃまでありんす」

「あちしも飛んで見たいのだー!」


「パパととぶの、きもちいいよねー」

「お父さまの温もりは最高なのじゃ」


「! リ、リヒト殿! 今度は是非拙者をお供に空を……!」

「!? お父ちゃまはわっちと飛ぶでありんす!」

「あちしもリヒトハルトさまに抱かれたいのだ!」

「な、何言ってるのよ酒吞童子ちゃん! 絶対ダメ!」


 あぁ……賑やかだねぇ。


 そんな風に空の旅は続き、半日も経過した頃。


「リヒトハルト殿。前方に忠光殿の軍が見えてまいりましたぞ……む? これは……」


 九頭龍の声に俺たちも前へ集まる。

 確かに忠光軍だ。

 旗指物に描かれた家紋も間違いない。


 しかしなにやら様子がおかしいような……

 あんなに軍脚を乱して……忠光らしくないが……

 いや、あれはまさか……


「リヒトハルト殿! 忠光軍が春宮軍と交戦中の模様!」


 先行していた僧正坊の報告が耳に届く。

 そう、忠光軍は戦闘中だったのだ。


「……どうやら、忠光軍の足は思った以上に速かったようだね」


 俺が忠光に聞かされていた日程とはだいぶ変わっていた。

 本来ならば春宮軍との接敵予定はもう数日先だったはずだ。


 いや、逆か。こりゃ春宮軍の足が予想よりも遅かったんだろうね。

 戦場を予定していた平原は、とっくに過ぎちゃってるもんな。

 って、そんなことはどうでもいい!


「アキヒメとフランは!?」


 忠光と共に居るはずの娘たちを探す。

 だが上空からでは確認のしようもない。


「忠光の本陣はあそこでありんす」


 宵闇ちゃんが示したのは軍の最後方。

 がっちりと方陣を組んで鉄壁の構えを崩さぬ数千名からなる一団。

 疑う余地もなく、あれこそが本陣だ。

 その様子に俺は少しだけ胸を撫で下ろす。


「リヒトハルトさま。加勢いたしますか?」

「天狗族なら機動性にも優れておりますが」


 桜花ちゃんと芙蓉ちゃんがそう言ってくれた。


「……いや、大事な戦力であるきみたちを消耗させるわけにはいかないよ……対人戦は忠光に任せて俺たちは先に進もう。僧正坊、九頭龍。すまんが高度を上げてくれ。まだ大妖怪隊の存在を敵に知られたくない」

「相わかった」

「承知」


 苦渋の決断である。

 本当なら娘たちを脅かす連中など、蹴散らしてやりたいところだ。

 だが、これは忠光の威光を示す闘いでもあるのだ。


 だけどね、置き土産くらいはしていくよっ、と!


 左手に励起した膨大な魔導力を巨大な火球に変え、突撃を敢行する春宮軍の真後ろに広がる草原、そこにまとめて置かれた奴らの兵糧馬車を目掛けてブッ放してやる俺なのであった。




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