軍議
「守りを厚くして籠城するべきだ!」
「然り!」
「何を馬鹿な! 町人はどうなる!」
「見殺しにする気か!」
「そうは言っておらぬ!」
「余所へ逃がすなり何なり、いくらでも方法はあろうが!」
「ならば詳しい手順を申してみよ!」
天守の会議室では春宮軍動くの知らせと共に主だった者が集められ、軍議がおこなわれていた。
様々な意見や議論が飛び交い、紛糾している真っ最中である。
そんな鉄火場と化した会議室の一角で、どっしりと胡坐をかき、腕組みする俺と忠光。
視線は口角泡を飛ばす重臣たちに向けられている。
娘たちは俺の後ろに控え、おしゃべりするでもなくジッと事態を注視していた。
俺と忠光は微妙に渋面であったが、それは重臣たちの侃侃諤諤な論議のせいではない。
方針は既に固まっているものの、どう行使すればよいのかで思案に暮れているのだ。
しかし、だからと言ってこの軍議が茶番かと言えば違う。
意見を出し切った上で決定せねば誰も納得など出来ぬからだ。
「籠城など言語道断!」
「然り! 城は堅牢なれど、城下町は守るに難い!」
お、そろそろ出るかな?
「なれば、盆地の入口にて春宮軍を迎撃すればよろしかろう!」
「然り! 然り!」
あらら、そっちに行っちゃったか。
ま、ここの盆地は敵にしてみれば確かに攻め辛いもんな。
「生温い! 相手は鬼畜の春宮ぞ! どんな汚い手を使ってくるかわからぬわ!」
「なればどうする!?」
来た来た!
出番だぞ忠光!
「打って出るぞ」
最高のタイミングで口を開いた忠光に愕然とする者、表情に輝きを取り戻す者。
「なんですと!?」
「と、殿!?」
「まさしく! 殿の仰る通り!」
「妙案! 妙案!」
俺と忠光の思惑は軍議の前に交わし、同じであると確認してあった。
ただし、忠光は『受けは性に合わん』と言う理由で。
俺は『藩の住民を危険に晒すわけにはいかない』と言う理由だった。
だが結果は同じく『打って出る』で一致したのだ。
「先程の意見で出た通り、城は城壁も高く守るに易い。されど城下町は攻め込まれれば一溜りもなかろう。盆地入口での迎撃戦は、地の利もあって守備向きではあるが、それとて周囲の山々を越えて別動隊を送られれば挟撃などの危機に陥る。そもそもオレは、奴らを藩内に一歩たりとも踏み込ませる気はない! 生猪口才にもノコノコやってきた春宮軍など、こちらから粉々に砕いてくれるわ!」
オォオオォ!
忠光の宣言にどよめく重臣たち。
全幅の信頼をおく主君の力強い言葉で、目に炎が宿っていく。
これぞ北の大君!
「春宮如き何するものぞ! さぁ皆の者! 出陣の準備にかかれ!」
ハハァーーーーッ!!
覚悟を決めた瞳で疾風の如く会議室を出て行く重臣たち。
各所への伝達と配備に向かったのであろう。
皆、晴れ晴れとしたような良い顔であった。
「流石だな忠光。みんなに火が点いた」
「ああ、どうにかな。守備戦の意見が優位で少しばかりヒヤヒヤしたぜ」
「いやぁ、あれは忠光が尻を叩いてくれるのを待ってたんじゃないかな」
「だといいが。ま、兄者が鋭い眼光であいつらを睨みつけてたお陰もある」
「えぇ? 俺、そんなに目付き悪かったかい?」
「はは、冗談だ」
軽口を交わし、笑い合う。
だが本題はここからだ。
「で、忠光。きみのことだ、ただ打って出るわけではないのだろう?」
「流石は兄者。よくわかってるじゃねぇか」
「これでも義兄弟だからね」
「ははっ、本当に兄者と義兄弟の契りを結べて良かったぜ。オレをここまで理解してくれる者は誰もいなかったからな」
「……もしや、全軍かい?」
「……兄者は本当にすげぇな……そうだ。全軍で出陣する」
藩には最低限の守備軍だけを残し、全ての戦力で打って出る全軍出陣。
これは不退転の覚悟で進軍すると言うこと。
つまり忠光は……
全てが終わるまで突き進む気なのだ。
そう、真に全てが終わるまで。
いよいよか。
俺も腹を決めねばなるまい。
「わかった。こちらの準備も済ませておく」
「悪いな兄者。妖怪隊の調練もままならぬうちに」
「構わんさ。実戦慣れと言う点では彼らのほうに一日の長がある。後は慣れだ」
「兄者……(とんでもねぇ度量だな!)」
「忠光、作戦はどんな感じだい?」
「オレたちはまず春宮軍の先鋒隊を撃破して、そのまま新皇都まで攻め上るつもりだ。ただし攻城戦はせず、展開中の春宮軍本陣を狙う」
「うん。忠光らしいね(少々猪突猛進な気もするけど)」
「この時のために準備を続けてきたからな。で、兄者は?」
「俺たちは真っ直ぐ最前線まで行くよ。なによりもまずは魔神だ」
「……だな」
「俺のほうもお銀さんに頼んで重定藩に集った兵、5千名を動かす。忠光軍ほどの精鋭ではないだろうが、なにしろ魔神の眷属とも相まみえた連中だ。人間相手ならば充分な戦力になる」
「5千人!? そんなに集まったのか!?」
「ああ。元はみんな武士だから基本的な戦術は習得している。武具も配備済みだ」
「マジかよ……驚いたなこりゃ……」
「その兵、全てを忠光に預ける。隊長はジロキチって男だ。それに【朧衆】と言う忍が数名同行するだろう。彼女らはお銀さんの配下なんで安心していい」
「有り難い。5千の援軍、本当に助かるぜ兄者」
「お銀さんに伝えておくから合流させたい地点は忠光が決めてくれ」
「おう、すぐに決める。ところで兄者、同行者はどうするんだ?」
「それは勿論、妖怪部隊を率いる宵闇ちゃんと、リーシャに霞ちゃん、マリー、アリス、アキヒメ、フラン……」
そこまで口にした時、別の声が上がった。
「お父さん。私は忠光さんと一緒に行くよ」
「あ、わたしも~」
「!?」
それは、アキヒメとフランシアの意外な申し出であった。
当然、寝耳に水もいいところで慌てまくる俺。
「ど、どうしてだい!? アキヒメ、フラン。俺が頼りないダメ親父だからかい……?」
「ちっ、違うよお父さん!」
「泣かないでパパ~!」
ガクリと膝をつき、滂沱の涙を流す。
アキヒメとフランシアはそんな情けない俺の首へ、すぐさま抱き着いた。
「お父さん、私たちじゃ戦力にならないからだよ」
「うん。パパの邪魔になっちゃうもん」
「そんなこと……」
「ううん。私たちが一番よくわかってる。だからお父さんの迷惑になるくらいなら後方にいるほうがいいと思ったの」
「パパと行きたいけど、我慢する~。だから絶対勝ってね!」
愛する娘たちに、そう諭されては無理矢理にでも納得するしかなかろう。
これではどっちが子供なのかわかりゃしない。
考えてみれば、藩に置いていくよりも忠光といるほうがまだ安心できる。
魔神と闘わねばならぬ俺よりも、遥かにだ。
「……わかったよ二人とも……だが後方だからと言って安全とは限らないから気を付けてくれよ……おい忠光! 俺の大事な娘を預けるんだ、怪我などさせたらただでは置かんぞ!」
「うおっ! わ、わかってるって兄者! 落ち着けよ!(嬢ちゃんたちのこととなるとおっかねぇな兄者は!)」
こうして軍議は終わり、出陣に向けての準備を開始するのであった。
もやもやした気分と共に。




