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角力



「リヒトハルトさまぁ~! こちらは龍臥淵で獲れた『女王山女魚』です! とっても美味しいのですよ!」

「リヒトハルト殿! これは鞍馬山で醸した銘酒『天狗踊り』です! ささ、一献!」


 左右からモニョン、プヨヨンと柔らかいものに挟まれ、朝食中だと言うのにドギマギするしかない俺。

 ちなみに左の『モニョン』が九頭龍の孫娘で『桜花』ちゃん。

 右の『プヨヨン』が僧正坊の娘さんの『芙蓉』ちゃんだ。


 それがねぇ……全く理由がわからないんだけど、なんでか懐かれちゃってさ……

 忠光藩に戻る時も九頭龍の背中で、ずっとこの二人に挟まれてたんだよ……

 まぁ、そのお陰で他の龍神族や天狗族との意思疎通はかなりスムーズだったからいいんだけど、何人かは敵意剥き出しだったぞ……

 いや、そんなことより俺にとってもっと重大なのは……


「これはどういうことなんですかねぇ……リヒトさぁん……?」

「わっちはお父ちゃまが龍神族と天狗族を救いに行くとしか聞いておりゃんせん……」

「あちしもなのだ!」

「まさか二人も女の子を引っ掛けてくるなんて驚いたでござるよ……」


「ヒッ!」


 リーシャを筆頭に、宵闇ちゃん、酒吞童子ちゃん、霞ちゃんが俺を圧し潰さんばかりの静かな怒気をぶつけてくる。

 こんな空気の中だと言うのに、俺を庇うでもなく普段通りにパクパクモリモリと朝食を平らげる忠光や娘たちが恨めしい。

 この状況、俺が何と答えようがリーシャたちに納得してもらえるとは思えない。

 そもそも俺だって何が何だかわからないのだ。

 触れなば破裂せんばかりのリーシャにどう弁解しようか悩んだ時。


「リヒトハルト殿。孫には良く言って聞かせる故、ご容赦を」

「ちょっと、お爺さま! 何をなさるのです!」


「某の愚娘が失礼致した」

「父上! 私は猫じゃありませぬ!」


 広間に現れた九頭龍と僧正坊が、問答無用で桜花ちゃんと芙蓉ちゃんの首根っこを掴むと、そのまま引きずり去っていった。

 俺にはわかる。

 彼女たちはこれから説教を食らうのだと。

 ご愁傷様……


「わははは、兄者はまた愉快な連中を連れてきたもんだな」

「笑い事じゃないよ忠光。俺にもなんであんなに懐かれたのかわからないんだって」

「そりゃ兄者が男前だからだろ」

「ブッ! 何言ってんだ忠光……気持ち悪いぞ」

「ああ? 兄者こそ何言ってんだ?」

「そうですよ! リヒトさんは強くてかっこいいんです! 自覚してください!」

「ほれ見ろ。婚約者のお墨付きだぜ。良かったな兄者」

「……リーシャ……きみも何を言ってるんだい……」


 ナルシストじゃあるまいし、自分で自分を男前などと思えるものか。

 それに本当の男前なら以前からもっとモテてなきゃおかしいだろうに。

 そんな経験全くないぞ……


「ところで兄者、今日から早速妖怪軍の編成と調練を行おうと思うんだが」

「もうかい? 随分と手回しがいいね」

「ああ、お陰で今日も寝不足だ。ま、あいつらもやる気満々みたいだしな。それにあまり時間もない」

「そう、だろうね……眷属を三体も倒したんだ、魔神だってきっと気付いている」

「だな。巳ノ刻(午前10時)から開始だ。兄者も来てくれ」

「わかった」

「あー! わたしもいくー!」

「わらわも行くのじゃー!」

「お父さん、私も行くよ」

「わたしも~!」


 こぞって挙手する娘たち。

 みんな元気で微笑ましい。

 しかし、調練など見学したところで子供たちは楽しいのだろうか。


「くっ……私も行きたいですけど……」

「拙者も同意でござるが……」

「わっちが用事を頼んだばかりに……申し訳ありんせん……」

「ふふーん! あちしは鬼族の棟梁として調練に参加するのだ!」


 がっくりと肩を落とすリーシャ、霞ちゃん、そして宵闇ちゃん。

 対してドヤ顔の酒吞童子ちゃん。


「な? これだけみんなが兄者と一緒に居たがるんだ。男前の確固たる証拠じゃねぇか」


 忠光の放った言葉に、ぐうの音も出ない俺なのであった。 

 ぎゃふん。




 ────所変わって調練場。


 既に鬼族、龍神族、天狗族の面々が勢揃いしていた。

 まだ部族ごとに集まって、談笑したり準備運動をおこなったりしている。


 中でも異彩を放っているのが天狗族であった。

 彼らは車座になり、なにやら大いに湧き上がっている。


「これはいったい何の騒ぎだ?」

「あっ! リヒトハルト殿!」


 俺の呟きが聞こえたのだろうか、芙蓉ちゃんが翼を羽ばたかせてやってきた。

 地獄耳だ。

 そしてすぐさま俺の腕にしがみつこうとするが……左手はマリー、右手はアリスメイリスが占領している。

 更には俺の前にアキヒメが立ち、背後からフランシアが顔を出していた。

 俺は娘たちに完全包囲されていたのだ。

 それを見て流石に鼻白んだ様子の芙蓉ちゃん。 


「随分盛り上がってるようだけど、天狗族は何をやってるんだい?」

「ああ、あれは角力かくりき(相撲)です」

「角力?」

「簡単に言えば力比べです。あの丸い土俵から出れば負け。足の裏以外が地に着いたら負けになります」

「へぇー、初めて見るなぁ」

「そうだ! リヒトハルト殿も参加なされては?」

「へっ!? 俺がかい?」

「はい! 勝てぬとわかっていてもリヒトハルト殿と闘ってみたい天狗族は結構いるのです。皆の者! リヒトハルト殿が参戦なされるぞ! 我こそはと思う者はおらぬか!」


 ウォオオオオ!

 急激にいきり立つ天狗族の面々。

 忠光が言っていた通りやる気満々のようだ。

 そのやる気は調練のほうに回して欲しかったが。


「ちょっ、俺はやるなんて一言も……」

「パパのちからくらべ、みたーい!」

「お父さまの力量を見せつけてやるのじゃ!」

「お父さんなら楽勝だね!」

「パパの格好いいところ見たいよねぇ~!」


「そ、そうかい?」


 愛する娘たちにこう言われちゃあ、奮起するしかないよね!


 我ながら単純な思考だとは思うが、天狗族だけでなく鬼族や龍神族にも俺の持つ力を見せておいた方がよかろう。

 彼らは俺が眷属を倒したと知ってはいても、闘う姿を直接見ていたわけではないのだから。

 そう思い、俺は土俵へと上がった。


「おっ? なんだなんだ?」

「ありゃあリヒトハルトさまじゃねぇか」

「おーい! リヒトハルトさまが相撲を取るってよ!」

「うおおおお!」

「力比べなら鬼族が黙っちゃいねぇぜ!」

「我ら龍神族とて力には自信があるぞ!」

「天狗族! 我々もまぜろ!」


 騒ぎを聞きつけた鬼族と龍神族がドヤドヤと入り乱れる。

 なるほど、これは丁度いい機会かもしれん。

 急造された軍隊だけに、各部族はまだよそよそしい。

 ならばこの力比べで交流を深めようじゃないか。

 ついでに各人の力量まで見極められて一石二鳥だ。


 いいだろう。

 誰が一番強いのか教えてやるさ。


 こうして急遽、角力大会が開催された。


 そして勿論、結果は言うまでもない。



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