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龍臥淵



「あれに見えるが我が一族の住処、龍臥淵りゅうがふち

「ほう! これはまた美しい!」


 数時間ほど九頭龍さんの背に揺られ、到着したのは英龍山の山頂。

 そこは火口が丸ごと湖となった非常に風光明媚な地である。


 ……ただし、異様に寒い!

 そりゃ5千メートル級の高山だからね!

 空気は薄いし雪も多い!


 しかし地熱のせいなのか、湖が凍り付いていないのは不思議だが、確かに龍が住むに相応しい神秘的な雰囲気であった。


 ちなみに僧正坊さんは同行していない。麓の街道にて待機中だ。

 彼が言うには魔神の眷属に作戦を気取られぬようにと用心しての行動らしいのだが、俺が堂々と乗り込んで行く時点でバレバレな気がする。

 九頭龍さんは『今はまだ龍神族と天狗族が手を結んだことを魔神に悟られたくはない』と語っていたが、こちらのほうが余程納得できる言い分であった。


 いずれにせよ、俺のやることに変わりはない。

 速やかに魔神の眷属を倒して家族のもとへ帰還する。それだけだ。


 さて、仕事に取り掛かろうか。


「九頭龍さん。眷属の正確な位置はわかりますか?」

「応、と言いたいところであるが、現在地までは……それよりも敬語は止めていただけぬか。名も呼び捨てで結構。リヒトハルト殿にお頼みしておるのは我ら故」

「……そう言われましても……いや、わかった。じゃ、遠慮なく」


 うーむ。

 明らかに年上な九頭龍さんとタメ口ってのは、なかなかに抵抗があるんだがね……

 でも関係性は、はっきりさせておいたほうがいいだろうな。

 俺がへりくだっていては、忠光や宵闇ちゃんまで舐められかねないのだ。


 今回の件が済めば、酒吞童子ちゃんの鬼族、九頭龍さんの龍神族、僧正坊さんの天狗族は忠光が新たに創設する軍に組み込まれる予定だ。

 つまり、忠光が舐められると言うことは軍全体の士気に関わる。

 俺も毅然とした態度で臨むべきであろう。


「ふむ。じゃあ、眷属をよく見かける場所はないか?」

「それなら、火口東側の洞にて」

「では、その付近に俺を降ろしてくれ」

「あいわかった」

「ところで、失礼だがあなたがた龍神族は『物見の魔眼』に対抗し得るのかね?」

「目玉どもだけならば容易」

「頼もしいね。任せるよ。俺が眷属と対峙すればワラワラと目玉も湧いてくるだろうし。あ、そうだ。多少派手な闘いになるかもしれないが大丈夫かい?」

「この英龍山自体が無くなれど一向に構いませぬ。存分におやりなされ」


 いやいや。

 そこまでド派手にやるもんか。


 九頭龍は俺を洞から少し離れた場所へ降ろすと、一族が待つ湖の対岸へ戻っていった。

 彼の姿が小さくなるまで見送ってから歩き出す。

 今回は魔導結界もバッチリ準備済みだ。


 さてさて、眷属の野郎はどこにいるのかねぇ。

 まずは洞の中から探ってみるか。


------------------------------------------------------------------


「九頭龍さまだ!」

「お戻りになられたぞ!」

「お爺さま! よくぞご無事で!」


「うむ。皆も息災であったか」


 駆け寄ってきた美しい孫娘の頭を撫でながら九頭龍は破顔した。

 龍神の一族も今は全員が人型となっている。

 湖岸に設けられた広場とは言えど、龍型では手狭なのであろう。


「お爺さま、交渉はどうなりました?」

「応。リヒトハルト殿、御自ら出向いてくだすった」

「それはなによりです!」

「リヒトハルト殿は既にお一人で眷属と対峙しておられる。我らの使命は物見の魔眼の殲滅なり。心せよ」

「はい!(話には聞いておりましたが、本当にたったお一人で眷属と……? 素敵です! どんな殿方なのでしょう……!)」

「ははぁ!」

「お任せあれ!」


 ドドォォオオオン


 轟音と地鳴りが淵の水と空気を揺るがす。


「始まったようだ。リヒトハルト殿の武運を祈ろう」

「お爺さま! 魔眼が!」

「出たか! 皆の者、ゆくぞ!」


 龍神族は鬨の声を上げ、一斉に龍型へ変わって宙に舞い、無数に湧いた物見の魔眼へ立ち向かった。

 九頭龍が鋭き鉤爪を以て魔眼へ一撃を加えた時────


 ズゴオオオオォォォオオオン


 耳をつんざくような音と衝撃波が龍臥淵全体を襲った。

 いや、英龍山そのものが動いたように思えたほどだ。


「なっ、なんだこの振動は!?」

「お、おい……! あれを見ろ!」


 一頭の龍が示したのは湖を囲む火口の岸壁。


「うおぉ……こ、これは……」

「山が抉られておる!」


 湖の対岸付近の岩肌が、直径数百メートルに渡って円形に消失していたのだ。

 穴は岸壁を貫通し、向こうには雲海が見えている。

 その穴へ向かって水が流れ出し、まるで滝のように落ちていく。

 のちに東大陸一の落差を誇ることとなる名所、『リヒトハルト滝』誕生の瞬間であった。


「これはまさか、リヒトハルト殿が……!?」


 驚愕する九頭龍とその一族。

 だが九頭龍の孫娘、桜花オウカだけは桃色の鱗を更に紅潮させ、瞳をキラキラと潤ませている。


「素敵素敵! なんて威力の妖術なのでしょう!」


 桜花が感極まって叫んだ瞬間、あれほど周囲を飛び回っていた物見の魔眼は一斉に消滅した。

 九頭龍は瞬時に悟る。

 魔神の眷属が完全に滅んだのだと。

 あの大江山で酒吞童子を注視していた時と同じであると。


 やはり信じて良かった。

 リヒトハルト殿の御力は本物であった。


 そう思わずにはいられない九頭龍。

 図らずも頬が熱く濡れた。

 魔神の眷属如きに苦汁を舐め続けたのは、この日のためであったのだ。


「皆の者! 我々の勝……」

「いやー、まいったまいった。すまない九頭龍。勢いで山を吹き飛ばしてしまったよ。怪我はないかい?」


 勝利宣言の最中、渦中の人物が何事もなかったかのように、ひょっこりと顔を出した。


 最早、呆れを通り越して崇拝の念を抱いた九頭龍たち龍神族一同は、人型へ変わりその場に跪いたのである。


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