天狗と龍神
「どうか、我が一族も救っていただきたい!」
そう言って深々と頭を下げる九頭龍と、あからさまに嫌々の僧正坊。
高いプライドが邪魔しながらも頭を下げるのは、余程の事情があってのことだろう。
そして俺はその事情とやらに見当がついていた。
この二人が大妖怪だと聞かされた時からそんな予感はあったよ。
どちらかと言えば嫌な予感寄りだったけど。
まぁ、宵闇ちゃんの『大変でありんす~』だからねぇ。
「ふむ、なるほど。お二方も酒吞童子ちゃんと同じく、魔神の眷属からの解放を望んでいる。そう言うことかね?」
「!」
「!!」
「頭領であるお二人がわざわざ妖力を消してまでここを訪れたのは、俺を信用させるのと、眷属の使い魔による監視の目を抜けるためだろう? つまり、あなたがたも先日大江山で起こった出来事を何らかの手段で知ったわけだ。同時に俺が眷属を倒したことも」
「な、なんと言う御慧眼……」
「……驚いた」
瞳孔が開くほど目を剥く九頭龍と僧正坊。
どうやら正解だったようだ。
「宵闇ちゃんの……妖怪総大将の要請を断ったのも酒吞童子ちゃんと同じ理由かい?」
「まさしく」
「然り」
ま、そんなとこだろう。
宵闇ちゃんに協力すれば一族郎党を滅ぼすとでも脅されてちゃどうしようもないわな。
だけど彼らには申し訳ないが、これは宵闇ちゃんや忠光にとってのチャンスと捉えるべきだね。
「……これは確認なのだが、俺が眷属を倒した場合……」
「勿論、我が一族は総大将殿のご意向に沿おう」
「同じく」
おや?
即答した九頭龍さんはともかく、僧正坊さんも素直に頷いたぞ。
ちょっとは見直してくれたのかな?
とにかく、喜べ忠光。これはとんでもない戦力増強になる。
でも、彼らとその一族の処遇はきみに丸投げさ! はっはっは!
「よかろう。あなたがたの一族のところへ案内してくれ」
「有り難し!」
「重畳!」
これで話は決まった。
おっと、出発前に言っておかねば。
「忠光。すまないが……」
「皆まで言うな兄者。今、街の外に妖怪用の大規模な野営地を用意させているところだ。何百人来ようが問題ない」
……全く、さすがだよ。頭も、度量もね。
さて、次は……
「みんな聞いてくれ。今回は俺一人で行く。反論は無しだ。以上」
「えぇ~! わたしもいきたかったのに~!」
「わらわもなのじゃ!」
「リヒトさん! 私もダメなんですか!?」
「拙者はどうなるでござる!?」
「あちしも行きたいのだ!」
反論は無しだと言ったのにご覧の有様である。
一家の長としての威厳はどこに……
「ほほ。皆は残されても、わっちはお父ちゃまと行かねばならぬでありんす。調停役として」
「宵闇ちゃんも居残りだぞ」
「ガビーン!」
自信たっぷりだった宵闇ちゃんの顔が、一気に青白くなった。
そんな顔をさせるのは心苦しいが仕方あるまい。
眷属は強敵だ。
前回とて、一歩間違えればみんなが巻き添えになったかもしれないのだ。
むざむざと危険な目に遭わせるわけにはいかん。
……という、俺なりの優しさだったのだが、まるで伝わっていないのはいつものこと。
ならば駄々をこねられないうちに出発するのが吉だ。
「ささ、お二方。別室にて策を練りましょう」
「お、おぉ……」
「むむぅ……」
俺は九頭龍さんと僧正坊さんの背を押しながら広間を出た。
そして天守に向かうと見せかけ、そのまま表の中庭へ。
「よし。このまま出発しましょう」
「し、しかし、リヒトハルト殿のご準備は如何致す?」
「得物も持たずにゆくおつもりか」
「あー……まぁ、俺は無手のほうが慣れてるんで……眷属とやった時も武器は使わなかったし……」
「なんと……!」
「あの眷属と素手で……!?」
いや、驚いてる場合じゃないんですよ。
あんまりモタモタしてると勘のいいリーシャには気付かれちゃいますって。
「取り敢えず急ぎましょう。お二人が居なくなったことが眷属に露見するのも不味いでしょうし」
「それは確かに」
「然り」
「ここからお二人の拠点までは、どの程度の距離があるんですか? それによっては走る速度を上げないと……」
「我の住処は南にある英龍山。その火口が湖となった地。高山ゆえ峻嶮にして氷雪多し。登るならば人の足でまず一週間から二週間」
「えぇ!?」
「某の陣は更に南の鞍馬山。英龍山を迂回せねばならぬうえ険路なれば、人の足でおよそ半月からひと月」
「ちょっ!?」
遠い!
いくらなんでも遠すぎる。
しかも山登り!
俺の足腰に死ねと?
くそう。【コートオブダークロード】の修復さえ終わっていれば……未だ8割ってところなんだよねぇ。
これで日帰りか一泊程度を予定していた俺の計画がパァだ……
「されど心配は無用」
バサリ
言うなり僧正坊さんの背にカラスのような翼が生えた。
なるほど。どうやら彼は飛べるらしい。
って、なんだこれ!? 僧正坊さんの鼻がもっと伸びた!?
まさかこれが彼の真の姿か?
「しかし……俺は飛べませんよ? いや、俺も飛べる道具は持ってるんですが、壊れたままで……」
「ぬはは。それこそ御心配は無用。リヒトハルト殿に断られたなら妖気を抑えたまま帰るつもりであったが、最早それも不要なり」
九頭龍さんの身体がムクムクと見る間に大きくなっていく。
「え、え、えぇぇぇ!?」
現れたのは、黒光りする体表。そして彼の名の通り九つの頭を持つ、どこか中央大陸のドラゴンにも似た巨大生物であった。
何と言う威容。だが、そこはかとなく神々しさを感じさせる姿だ。
なるほど。龍の神と書いて龍神に相応しいと思える。
「こ、これが東大陸のドラゴン……龍か……!」
18個の大きな瞳がギョロリと俺のほうを向く。
うおお。なかなかの迫力。
「我の背に乗りたまえ、リヒトハルト殿」
つまり、九頭龍さんも飛翔出来ると言うことなのだろう。
こちらのドラゴンは翼もなく飛べるのか。
おっかなびっくり背によじ登った俺を確認した九頭龍さんは、地を蹴りフワリと舞い上がった。
僧正坊さんもバサバサと翼を羽ばたかせ追随する。
おお……これなら早く着けそうだ。
よし! 出発!




