鬼姫の得意技
ほどなくして俺たちは大江山を下山し、忠光藩への帰路に就いた。
その途中、俺と霞ちゃんだけで先日の村に立ち寄り、旅籠の女将さんと村長さんへ『もう鬼に襲われる心配はいらない』旨を伝えた。
他の村人たちには騒ぎにならぬよう、我々が立ち去った後に知らせると言う村長さん。
女将さんは感激しきりでお土産をたくさんくれた。
『鬼がいなくなったとは言っても、それが広まるまでの間はどうせ商売あがったりだよ! だから遠慮なく持って行っておくんなさい!』と言いながら。
食材、酒、米。
どれも今の俺にはありがたい物であった。
なんせ大飯喰らいを十数名も抱えてしまったからね……
身体はデカいわ、人一倍喰うわ、飲むわで慢性的な食糧不足に陥っている始末。
当然、その原因は鬼たちである。
忠光藩までは二日の道中だから、どうとでもなるだろうなどと考えた俺が浅はかだった。
まさか昼食だけでほぼ全てを喰らい尽くすとは……
勿論、俺の持ち込んだ酒など、水の如く飲み干されてしまった。
眷属の使い魔との戦闘で空腹なのはわかるが、作ったそばから消えていく料理に唖然とするしかない俺。
せめてもうちょっと味わってほしいと思うのは元料理人としての性であろう。
そりゃこんだけ食うなら村を襲うだろうよ……
そこで村を出立した俺は一計を案じた。
日が落ちる前に野営地を決め、鬼どもに食料調達を命じたのだ。
「自分の食い扶持は自分で稼げ。ただし、畑の作物や家畜を盗んできた者には厳しい処罰を下すからな」
と、脅しておくのも忘れない。
鬼たちは青ざめながらも四方へ散って行った。
ちなみに酒吞童子ちゃんは────
「リヒトハルトさま。あちしは按摩が得意技なのだ!」
「うん? あんまってなんだい?」
「ええと、手で身体を揉みほぐすことなのだ。父の按摩もよくやっていたのだ」
「あぁ、マッサージか、いいね。じゃあお願いしようかな」
「リヒトハルトさまが『腰が痛い』とよく仰るのを聞いていたのだ! もみもみ」
「そうか。気を遣わせちゃったね」
「うんにゃ! これはあちしがリヒトハルトさまになにかしてあげたくてやってることなのだ! もみもみ」
「そ、そうなんだ? ありがとう酒吞童子ちゃん。上手だね、気持ちいいよ」
「えっへへーっ! もみもみ」
食い扶持は自分で稼げ、と言ってしまった俺にも責任があるのだろう。彼女は俺にまとわりつき、何かと世話を焼こうとするのだ。
取り敢えず嬉々として俺をマッサージする酒吞童子ちゃんの好きにさせることにした。
実際、鬼と言うだけあって力も強く、俺の身体は心地よくほぐれていった。
なんでか軽く怒気を発するリーシャと宵闇ちゃんは怖いが。
見なかったことにして目を閉じようと思った時、霞ちゃんとマリーにアリスメイリスが薪拾いから戻ってきた。
「パパー! これくらいでいいー?」
「枯れ枝があんまりなかったのじゃー」
「食べられるキノコと野草も採ってきたでござるよ! これも今夜のおかずに……ところでリーシャ殿と宵闇殿は何故プンプンしているのでござる?」
なんと答えるべきか迷っているところへ、鬼たちも戻ってきたようで豪快な笑い声が聞こえた。
「ぐわーっはっはっは! 見てくだされリヒトハルトさま!」
「これこの通り!」
「大漁ですわい!」
「我らが本気を出せばこのくらいは!」
「然り然り!」
口だけかと思いきや、俺は目を剥いた。
化物みたいにデカい猪が二頭と、巨大な背負い籠いっぱいに満たされた魚!
まさしく大漁と言うに相応しい。
正直、舐めてたね。
これほどの猟が出来るならなぜ普段からしないんだい……?
村を襲う必要なんてないじゃないか。
ってか、このでっかい猪、もしかして俺が捌くのか!?
ともあれ、鬼たちは良い働きをした。
色々考え直さねばならないだろう。
「大したもんだよ。良くやったね、きみたち。ご褒美に今夜は酒を振る舞おう」
ウォォォォォオオオ
歓喜の雄叫びを上げる鬼たち。
まだ宴は始まっていないのだが、すでにこの盛り上がり様。
酒は一人一杯分しかないとはもう言い出せない雰囲気だった。
「あちゃー。こりゃ薪が足りないでござるな。リヒト殿、もう少し調達して来るでござるか?」
「あぁ、それなら大丈夫だよ霞ちゃん。俺に秘策がある」
「?」
不思議そうな顔の霞ちゃんにウィンクし、俺は猪の解体と魚の下処理を開始すべく立ち上がった。
リーシャと宵闇ちゃんが率先して手伝ってくれた。
ゴォォオオオオ
「ふおぉ……確かにこれなら薪はいらないでござるな……! リヒト殿の妖術はすさまじいでござる!」
「どうだ者ども! リヒトハルトさまは素晴らしいのだ!」
ファイアボルトで豪快に猪を丸焼きにする俺を見て大興奮の霞ちゃんと酒吞童子ちゃん。
左右の手から放たれた火炎で二頭を同時に焼いているのだから無理もない。
難点は火加減の調節が難しいってことだね。
気を抜くと真っ黒焦げになりそうだよ。
魚のほうは焚火の周りに刺して串焼きと、リーシャが鍋物にしてくれている。霞ちゃんが採ってきたキノコや野草入りだ。
リーシャは料理が格段に上手くなった。きっといい奥さん(俺の)になるだろう。
教えたのは俺なので、上手くなってもらわねば自信をなくすところであったが。
そうこうしているうちに肉も焼き上がり、酒も各人に行き渡って宴が始まった。
宵闇ちゃんの乾杯の音頭で一気に盛り上がる。
談笑が辺りに響き、夜は更けて行った。
翌日は少々急ぎ足で旅を進め、夕方前には忠光藩内へ入ることができた。
しかし、城下町にはまだ踏み込まない。
人の目がありすぎるからだ。
いくら角を隠して変装していても、見る者が見ればひと目で鬼と看破されるだろう。
なので街へは夜半を待ってからそっと入った。
城までは問題なく辿り着き、仰天する忠光に予定通り丸投げして、俺たちは旅の疲れを癒すべく床につく。
次の日にとんでもない事態が待ち受けているとも知らず────




