丸投げ
「あっ! パパだー!」
「お父さまー!」
「お父ちゃまのご帰還でありんすー!」
「よかったでござる! リヒト殿、無事でござったか!」
「ちょっ! リヒトさん!? 怪我してるじゃないですか!」
おっと、これは迂闊。
肩に受けた怪我の手当てもせず鬼の集落へ戻ってしまった。
娘たちやみんなが心配で肩の痛みなど忘れていたのが原因だ。
俺の観察者を自称するリーシャは目ざとい。
すぐに駆け寄り、甲斐甲斐しく傷口を確かめている。
それは嬉しいのだが、娘たちや霞ちゃん、宵闇ちゃんまでもが興味津々に覗き込んでいた。
俺が傷を負うなど、確かに珍事だ。
ちなみに傷口は何もせずとも自動的に塞がっている。
流れ出た血液がシャツに染みを作り、一件派手な傷に見えているだけであった。
「パパ、いたい?」
「いや、平気さ。きみたちこそ怪我はないかい?」
「だいじょうぶ!」
「わらわも無傷なのじゃ!」
「リヒト殿から教わったツーマンセルのお陰でござるよ」
「ですね。でも、鬼の人たちは少し怪我人が……」
「わっちの指揮が甘かったせいでありんす……」
リーシャの言う通り、鬼の軍勢に多少の被害は出たものの、死者はいないようだ。
反省しきりの宵闇ちゃんだが、彼女の指揮と鬼の強さがなくば、この程度の損害で済むはずなどない。
あの目玉とて魔神の眷属の使い魔なのだから。
「目玉は強かったかい?」
「うーん……ふつう!」
「思ったほどではなかったのじゃ!」
「あ……あれが普通!?」
驚きの声を上げたのは酒吞童子ちゃんであった。
巨大な戦斧に寄りかかって息を切らしているが、どうやら彼女も無傷だったらしい。
配下の連中も鬼の頭領である彼女を全力で守ったのだろう。
それを裏付けるように、他よりも一回り大きい四匹の鬼だけボロボロであった。
きっと彼らが酒吞童子ちゃんの近衛兵だと思う。
「酒吞童子よ。お父ちゃまの一族を侮ってはなりんせん。特にお父ちゃまは魔神の眷属を軽々と屠って尚、あの軽傷でありんす」
「!!」
まるで見て来たように言う宵闇ちゃん。
……まさか見ていたのだろうか。鵺の目を通して。
意外と抜け目のない彼女ならあり得る。
俺は奮闘した我が家族と、鬼の軍勢をぐるりと見回してから告げた。
「酒吞童子ちゃん、鬼の諸君、きみたちもよくやってくれた。もう安心していい。眷属は俺が倒した」
ウォォオオオオォォォ
俺の勝利宣言で鬼たちから巻き起こる大歓声。
これは勝鬨でもあるのだろう。
「あの眷属を軽々と……? リヒトハルトさまは本当にすごい戦士なのだ……!」
「今更気付いたのでありんすな。わっちのお父ちゃまは無敵でありんす」
「はぁ? 総大将殿のお父上は、とうに身罷られたろう?」
「せ、先代とお父ちゃまは違うのでありんす!」
「まぁ、そんなことはどうでも良いのだ」
「ど、どうでもよくないでありんしょう!?」
「それより総大将殿。リヒトハルトさまに室はおるのだろうか?」
「室ゥ!? まさか酒吞童子、お父ちゃまを……」
酒吞童子ちゃんと宵闇ちゃんの会話を小耳に挟みつつ、室とはなんだろうと首を傾げながら、大怪我を負った鬼たちを癒術で回復させる。
不思議なことに、鬼は鋭い刃物で切られたような切傷ばかりであった。
治療がてら聞いてみると。
「ありがとうごぜぇますだ。危うくお嬢を守れず死ぬところでしたわい」
「この切り傷はあの目玉にやられたのか?」
「へい。一本足の鉤爪と、羽からの鎌鼬で」
「カマイタチ?」
「本来は両腕が鎌になったイタチの妖怪の名なんですがね。奴らが鎌を振るうと空気と共に相手の身体も切っちまうんでさぁ」
「ほう。そんな攻撃をあの目玉が……よく酒吞童子ちゃんを守り抜いたね。大したものだ」
「いやぁ、それほどでも……うへへへ」
頭をガシガシとかきながら照れ笑いする鬼。
話を聞く限り、カマイタチとは真空を作り出すスキルのようだ。
なるほど、それならばこの傷口にも納得がいく。
同時に、そんな攻撃を受けて無事だった我が家族の力量に驚きを隠せなかった。
うちの子たちは凄まじいね……
怪我の重い四匹を治癒し終え立ち上がる。
やはり鬼だけあって、みんなタフだ。
「しかし、あんなにいた目玉を全滅させるとは……」
「それがですね、しばらく闘ってたら、急に目玉たちが黒い粉になって崩れたんですよ」
俺の呟きが聞こえたらしく、ずっと寄り添っていたリーシャが答えてくれた。
「急に……?」
「はい。一匹一匹はそれほど強くもなかったんですけど、数の暴力に押され気味だったんですよね。私たちはともかく、鬼の軍勢が。で、そろそろ一時撤退とか退路とか考えるべきかなーって思った頃、山が揺れたんです」
むむ。
猪武者のリーシャが全体の戦況を見極めつつ、撤退や退路確保に思い至るなんて……
成長したもんだね!
おじさんは嬉しいよ……!
それにしても山が揺れた、か。
恐らくそれは、俺が空中にいる眷属を地面に叩き落とした時の衝撃だろう。
「そして、ちょっとしたら一斉に目玉が消えて行ったんです」
「ふむ、なるほど」
俺が魔神の眷属を滅ぼしたと同時に、主を失った使い魔の目玉共も消え去ったわけか。
つまり、あの目玉は普通の生物ではなく、魔力で生み出されていたと言うことになる。
裏を返せば、魔神や眷属は魔力生物を生み出せるのだ。
今回は偵察や監視に特化した目玉のみであったが、今後は戦闘に特化した者も出てくる恐れがある。
うーむ。
やはり一筋縄にはいかなそうだね。
だけど魔神の力の片鱗を味わえたのは俺にとって良い経験だった。
これである程度の見通しが立てられる。
さて、事後処理も済んだし、日が落ちる前に下山しようか。
おっと、その前に。
「なぁ、酒吞童子ちゃん。これからきみたちはどうするんだい?」
「……」
「きみたちはもう自由だ。人と共存できるならここでのんびり暮らしても……」
「あっ、あのっ! リヒトハルトさまっ!」
「なんだい?」
「我々、鬼の一族もリヒトハルトさまのお供をしたいのだ!」
俺はチラリと宵闇ちゃんに視線を送る。
やれやれと言った風に宵闇ちゃんは小さく溜め息を吐く。
彼女も俺と同じく、酒吞童子ちゃんがそう言い出すのではないかと推測していた様子。
「酒吞童子よ。お主らは鬼。人間ではありんせん。鬼が人里に現れたら……」
「そう言うと思ってたのだ! だからこれを見よ!」
酒吞童子ちゃんと鬼たちは一斉に布を取り出し、頬かむりで角を隠したのだ。
ズッコケそうになる俺たち。
あんまり隠れてないよ!?
……いや、まぁ、これで着物を着れば人っぽく見えないことは……いやいや、やっぱダメだろ。
「あちしら鬼は、今回の件で人の強さを知ったのだ。我らこそ強者と思っていたのが恥ずかしいほどに。だから今一度鍛え直してリヒトハルトさまのお役に立ちたいのだ!」
必死に懇願する酒吞童子ちゃん。
確かに鬼は戦力的に見ても申し分ないのだが……
どうしたもんかと宵闇ちゃんを見つめると、彼女は肩をすくめて首を振った。
ズルい。俺に丸投げする気だな。
うーん……道中はともかく、忠光藩の城下に入ってしまえばなんとかなりそうな気はする。
あそこは妖怪に寛容だから。
そうだ。俺も忠光に丸投げしちゃおう。
あいつなら鬼も上手く使ってくれるだろうし。
おっしゃ、その手で行こう!
「わかったよ酒吞童子ちゃん。共に魔神と闘おう。ただし、人の法は守ってくれよ」
「勿論なのだ!(うわーい!!)」




