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獄炎



「あれが魔神の眷属……ですか……普通のモンスターじゃなさそうだわ……」

「なんとも奇怪な気配でござるな……」


 冷や汗を流しながらゴクリと生唾を飲み込むリーシャと霞ちゃん。

 肌で眷属の持つ禍々しい力を感じ取ったのだろう。

 そんな二人に対して娘のマリーとアリスメイリスは。


「けんぞくってつよそうだねー」

「うむ。あれはちと厄介じゃな」

「わたしたちじゃまだかなわないかも」

「じゃの。素直にお父さまに任せるべきなのじゃ」

「うん! パパならぜったいかてる! でも、おめめにならわたしたちもかてそうだよ」

「うむ。わらわたちはあの目玉に専念するべきじゃな。鬼の加勢があれば充分やれるのじゃ」


 冷静な分析力と状況判断力!

 俺の言いたいことが全部取られちゃったよ!


 そして、見よ!

 この俺への圧倒的信頼!

 ああもう、可愛い!


「ほんにこの子たちはとんでもないでありんすな。お父ちゃまの御子だけのことはありんす」


 溜息まじりにそう呟く宵闇ちゃん。

 正確にはマリーもアリスメイリスも俺の実子ではないのだが。


御坊ごぼう! まさか眷属とやるおつもりなのですか!? 我々では手も足も出なかった眷属と!」


 素っ頓狂な声を上げたのは酒吞童子ちゃんだ。

 鬼たちも動揺してる様子。


「ああ。きみたちの言う『救ってほしい』ってのは、アレからだね? 眷属、つまり魔神の脅迫によって宵闇ちゃんの要請を断り、忠光藩への意に添わぬ侵攻をせねばならなかったわけか。目玉はさしずめ、きみらの監視役ってところだろう」

「す、全ておっしゃる通りなのだ! ……です!」

「なら話は簡単だ。俺があいつを潰せばきみたちは自由になれる。ただし、きみたちにも目玉を倒すのは協力してもらうぞ」

「なんと言う頼もしきお言葉……! 勿論なのだ! 我々とて強者の端くれ、お任せあれ! さぁ、皆の者、魔神に反旗を翻す時が来た! 武器を持て! そして立ち上がるのだ! 御坊のお力を信じようぞ!」


 ウォォオオオオォォ


 鬼のほうはこれで良し、と。

 おっと、言い忘れていた。


「俺は坊さんではない。リヒトハルトと言う」

「リヒトハルトさま! あちしは鬼族頭領、酒吞童子なのだ!」


 はっはっは。知ってるよ。

 さて。


「宵闇ちゃん、リーシャ。君たちにここの指揮を任せる」

「承りんしょう」

「頑張ります!」


 妖怪総大将の宵闇ちゃんと、白百合騎士団で短期間ながら組織戦を学んだリーシャならば指揮官に相応しかろう。

 むしろ問題は俺のほうだ。


「でも、リヒトさんはどうするんです?」


 心配そうにリーシャが問う。

 俺を一人で闘わせるのが不安なのだろう。

 自分も一緒に行きたい、だが足手纏いになってしまう。そんな葛藤が表情から見て取れた。

 俺は不安を払拭させるようにリーシャをきつく抱きしめる。


「俺が帰る場所はきみや娘たちだ。俺は必ず戻る。だからきみも決して無理をしないでくれ」

「……リヒトさん……必ずですよ!」

「ああ、勿論。まだ結婚式も挙げてないからね」

「やだもう、リヒトさんたら! 『今すぐ結婚式をしたい』だなんて!」


 言ってませんが!?

 急に耳が悪くなったね!


「目玉が動いたでありんす! 鬼は広く左右展開!」

「者ども! 総大将の指示に追従せよ!」


 オォオオオ


「マリーちゃん、アリスちゃん、霞ちゃん! ツーマンセル!」

「承知でござる! リーシャ殿!」

「アリスちゃん! いくよ!」

「了解なのじゃ、マリーお姉ちゃん!」


 蠢く目玉たちに先制攻撃を仕掛けるようだ。

 初動としては良い一手である。


「パパ、いって!」

「あいつは任せたのじゃ!」


 娘たちが笑顔で俺を促す。

 その成長ぶりに涙が出そうだった。


 俺の役目は眷属をこの場から引きつけ、滅すること。

 しかしヤツは空中に未だとどまっている。

 そして今の俺に【コートオブダークロード】はない。

 ならば、どうやって眷属の気を引くか。


 簡単だ。

 無視できぬほどの力を見せつけ、俺を強敵だと認識させればいい。


 広場から山頂めがけて走り出し、同時に魔導力を左手へ集中させた。

 ボッボッと周囲に火球がいくつも出現する。


 俺は木々に当たらぬよう、慎重に火球を射出した。

 山火事防止のためである。


 火球の群れは全てが魔神の眷属に着弾した。

 一発の威力はさほどでもない。現にヤツの表面で弾け、消えて行った。

 ただし、燃えはせずとも殴られたくらいの衝撃にはなる。


 顔のパーツがひとつもない癖に、眷属が俺をギロリと睨んだ気がした。

 背筋に怖気が走るも、予定通りヤツの気を引けたようだ。


 走る俺の後を飛んで追う眷属。

 出来れば頂上を越え、山の裏側まで引きつけたいところだ。

 そうすれば、少しくらい派手に暴れても娘たちに被害は出まい。


 俺は加速しながら今度は氷塊を放った。

 ヤツは苦も無く両手で撥ね除ける。

 なかなかの力量であった。


 世界を破滅寸前まで追いやったと言う魔神。

 その眷属の名は伊達ではないようだ。


 予定通り、頂上を過ぎて裏側に入ったところで足を止めた。

 樹木へ身を寄せ、眷属が頭上に飛来するのを息を殺して待つ。


 どうにかしてヤツを地上に引きずり降ろさねばならない。

 そのための布石である。


 待つこと数秒。

 眷属はキョロキョロしながら俺の直上に来た。

 監視は目玉共任せなのか、ヤツ自身の索敵能力は大したことがないようだ。


 俺は足をたわめ、思い切り大地を蹴った。

 足元が爆発し、さながら砲弾の如く、一直線に眷属のいる上空へ。


 いきなり現れた俺を見て、ノッペリ面の癖にハッとする眷属。

 同じ高さまで来たところで、おもむろにヤツの翼を掴む。

 相対速度を殺すための反動で、漆黒の翼を支える骨がバキバキにヘシ折れ、俺も停止した。


「ッッ!!」


 声なき絶叫を放つ眷属。

 痛みに耐えながらヤツは俺の頬を拳で打った。


 ズシンとくる重み。

 このおかしな身体になってから、初めて味わう衝撃であった。


 これが眷属────!

 魔神本体の攻撃だったなら、俺は一体どれほどのダメージを受けるのか。

 空恐ろしい気分に浸りながら、反撃開始。


 俺は翼から手を放し、両手を組んで眷属の頭に叩きつけた。

 錐揉みしながら眷属は急降下。

 そのまま山の斜面に頭から突っ込み、腰までめり込んだ。


 すかさず俺も地へ降り立ち、眷属の足を握りつぶしながら無理矢理にヤツの身体を引っこ抜く。


「……ッ! ッッ!」


 口も無いのに何か言っているようにも思えるのだが、全くわからない。

 きっと文句や恨み言だろう。


 俺は構わず、足を持ったまま振り回してやった。

 ドゴンバゴンと大木に何度も眷属の全身を打ち付ける。


「────ッ!」


 バシュッ


 眷属の右手から闇が伸び、なんと俺の肩口を貫いた────と思いきや、5センチメートルほど食い込んで止まった。

 それでも驚きと痛みで、思わずヤツの足を離してしまう。

 その隙に眷属は距離を取った。


 顔はないが怒りに満ちた表情。

 相当な屈辱だったのだろう。

 額の部分は青筋だらけだ。


「ッッギッ! ギギッッ!!」


 眷属は明らかな怒声を発しつつ、身体は俺に向けたまま、左手だけを背後の山にかざした。

 その左手に異様な魔力が集中していく。


 魔神の眷属は、魔力を扱えるのか。本当に厄介だな。

 待てよ。ヤツの左手の位置、あの角度……


 ニイ、と眷属は明らかな悪意を込めて笑った気がする。


 まさか狙いは俺ではなく、山ごとブチ抜いて裏側にいる娘たちを────!?

 ふざけるな!


 怒髪冠を衝いた俺は、眷属の全身を4メートル四方の球体で覆った。

 絶対魔導障壁である。


「ッッ!? ギッ!?」


 わけがわからず驚愕する眷属。

 ドゴンドゴンと障壁を殴りつけるも、亀裂ひとつ入らぬ。

 慌てたように眷属は左手の魔力を霧散させた。

 障壁内部で放った場合、自らも無事では済まぬと判断したのだろう。その思考は正しい。


 だがこれは、相手をただ閉じ込めるだけの魔導ではない。

 対強敵用に俺が開発した創成魔導なのだ。


「貴様、俺の娘を殺そうとしたな?」

「……ギィッッ!!」


 静かな声と共に俺の左手が膨大な魔導力に包まれる。

 圧倒的な力を前に、眷属は遂に怯えを見せた。


 容赦する気は毛ほどもない。

 こいつは俺の逆鱗に触れたのだ。


「己の身をもって知れ。【獄炎インフェルノ】」


 俺の魔導力が障壁内を満たし、永劫不滅の業火が眷属を襲った。


「ッ! ギギィッ!?」


 炎は徐々に、赤、黄、白、青と色を変えていく。

 熱量が増大しているのだ。

 既に魔導障壁内の温度は数万度に達したが、まだ収まる気配を見せなかった。

 俺が込めた魔導力の多寡によって決まるのだ。よって、温度に上限はない。


「────ッッッッ! ギィィィィィッッ!!」


 眷属は最早消し炭同然。

 しかし消し炭どころか魂すら焼き尽くすまで消えることなき炎。


 魔導障壁は直視できぬほどに光量を増した。


「──! ────! …………」


 獄炎が350万度を超えたところで眷属は完全に消滅した。そしてその魂魄も。

 同時に目的を果たした炎が自動的に消え去る。


 パリィィン


 魔導障壁が役目を終え、細かな粒子となって散った。



「貴様には死すら生温い」



 俺は娘たちの待つ鬼の広場へ向かって歩き出した。




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