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闇、顕現



「よかろう。理由を述べるがいい」


「え……えぇっ!?」


 あっさりと鷹揚に頷く俺。

 思い切り魂消た様子の酒吞童子以下、鬼の軍勢。

 どいつもこいつも全く信じられないと言った風に、不安げな顔を見合わせている。


 救ってやると言っているのに何が不満なのか。


「どうした? 今の話は俺たちを騙すための布石か?」

「い、いえ! 滅相もない! ただ、あまりにも簡単に引き受けていただけたのが信じられず……もし我らが理由を後付けした場合、どうなさるおつもりなのかと……失礼ですがお坊さまは『お人好し』と言われませんか?」

「余計なお世話だよ!? まぁ、言われるけどさ……それはともかく、俺はお前たちがそれほど悪い連中に思えなかったんだ。少なくとも酒吞童子ちゃん、きみは配下に『人を喰うな』と命令していたのは事実だろう?」

「……はい」

「じゃあ、人との敵対を望んで宵闇ちゃんの要請を断ったわけではないんだね?」

「……」


 無言だが大きく頷く酒吞童子ちゃん。


「であれば、救う価値はある、と俺は判断した。今後一切人間を喰わないと誓うなら共存も可能なはずだ」


 はっきり言おう。これは詭弁である。

 中央大陸では怪物モンスターイコール邪悪だとの認識が根強い。

 あちらならば共存などと言う考えすら生まれることは無いだろう。

 一部の過激な冒険者や宗教家は、相手がただ怪物であると言うだけで悪と断じ、殺戮するほどなのだ。

 例え無害であっても。


 しかしこの東大陸は違う。

 妖怪は人間の生活と密接な関係がある。

 こちらの人々は、妖怪も一般の動物も、そして人間も同じ地に住まう者とし、共生しているのだ。

 お互いの領域を侵さない限りは。

 つまり、既に共存への土壌が出来上がっていると言えるのである。


 まさにそれを体現しているのが宵闇ちゃんだ。

 妖怪総大将である彼女が、自ら人間の住まう藩で暮らしているではないか。

 俺も宵闇ちゃんと出会っていなければ、この考えに至らなかったかもしれない。


 ともあれ、呆然とした顔の鬼たちを余所に、俺は更に言葉を連ねる。


「だが、共に魔神と対抗するべく発せられた宵闇ちゃんの協力要請を蹴り、好き勝手に生きるのかと思いきや、配下の鬼には『人を喰うな』と命令する、この矛盾。俺はここに救って欲しい理由があるんだと思う」


 酒吞童子ちゃんの瞳と表情に、みるみる輝きが戻っていく。

 十匹ほどの鬼たちも同様だった。


「千里眼で見ていた通り、なんと聡明なおかたなのだ……! あなたさまこその聖女の再来なのだ! ……でございます! 彼の聖女は生きとし生ける者全てを救ったと我々の伝承にも残されているのだ……です!」


 興奮しているのか、急に妙な口調で話す酒吞童子ちゃん。

 もしや『なのだ』が口癖なのか?

 まぁ、見た目が少女だし、配下のガチムチ鬼に舐められないようにしようと努力しているのだろう。

 ただし、威厳よりも可愛らしさのほうが際立っているのは否めない。


「さ、理由を話してくれるかい?」

「勿論なのだ! …………ハッ!?」


 笑顔だった酒吞童子ちゃんの表情が一瞬で凍り付く。

 そしてたちまち絶望へと変貌していった。

 彼女の見開かれた瞳は俺……ではなく何か別のモノを映している。


 視線を追って振り返ると、岩の上にそれは居た。


 一言で形容するなら、そいつは目玉であった。

 漆黒の翼を持ち、鋭い鉤爪の付いた一本足の眼球。

 長い睫毛が時折上下する。まばたきだ。


 このような薄気味悪い怪物や妖怪はこれまでに見たことがない。

 現に、脳内で展開されたスキル【モンスター図鑑】にも記載されていないようだ。

 つまり、全く未知の生物である。


 しかもこいつは一匹ではなかったのだ。

 樹上に、空中に、地面に、いつの間にか無数の目玉が現れていた。

 目玉たちはまばたき以外、身じろぎもせず、ジッと俺たちの様子を窺っている。


 この俺に気配を感じさせないとは……って……

 あああぁぁ! また魔導結界を張るの忘れてたあああぁぁ!

 同じ過ちを俺は何度……いや、反省するのは後だ!


「酒吞童子ちゃん。こいつらは一体なんなんだ?」


 努めて冷静な口調で尋ねる。

 俺が慌てれば娘たちや鬼たちも浮足立ってしまう。


「あ、あれは……『物見の魔眼』……使い魔の一種なのだ……」

「使い魔?」


 中央大陸では、高位の魔導士が魔導によって小動物を使役することがある。

 その動物を使い魔と言うのだが、魔導士は使い魔の目や耳を通して情報収集をおこなうのだ。

 多分、東大陸でも同様の意味であろう。

 なら、この奇怪な生物も何者かに使役されていると言うことか。

 目的は前述した通り、情報取集。観察や監視だろう。

 であれば気配を感じさせないのも頷ける。隠形に特化せずには情報など収集できぬのだ。


 わざわざこの場に現れたのであるから、こいつらの監視対象は鬼の軍勢。

 酒吞童子ちゃんは目玉を知っているようでもあるし、それが裏付けと言えよう。

 魔導結界を忘れていたとはいえ、かなり気を張っていた俺に勘付かれない化物……まさか!


 そこまで思考した時、頭の中がスパークした。

 完全なる閃き。

 散らばった積み木が木箱へ綺麗に収まったかのような感覚。


 宵闇ちゃんの要請を断り、人間を喰うなと命じておきながら忠光藩に侵攻しようとした理由。

 そして目玉の使い魔による監視。


 救ってくれ? この目玉からか?

 ……違う。


 もっと恐ろしい存在からだ。


「お父ちゃま!」


 警戒を促す宵闇ちゃんの鋭い声。

 聞くまでもない。


 俺も凄まじい気配をビンビン感じていたのだから。


 バッと上空を見上げる。


 そこにはひとつの闇があった。

 闇のように漆黒の姿をした、形だけは人間の何かであった。


 体表は光沢があり、何も身に付けておらず、顔は目も鼻も口もなく、のっぺりとしている。

 そして背中には真っ黒な片翼。

 まるで物語に描かれる悪魔のようであった。


 放つオーラは異様に禍々しく、およそこの世のものとは思えない。

 それが意味するもの、それは────



「……魔神の眷属……」



 酒吞童子ちゃんの言葉で俺も確信を得るのであった。




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