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鬼の棲む山



「本当にありがとうございました。村を救っていただいたご恩は一生忘れませぬ」

「お侍さん、ありがとうねぇ。また泊りに来ておくれよ」

「お坊さまのお陰であいつらも元気になりやした!」

「やられちまった連中もあの世で感謝してるでしょう」

「嬢ちゃんたちもすごかったぜ! ありがとな!」

「まさかお坊さまが噂の『荷車の天誅人』だったとは……!」

「しかも……あの神々しい黄金色の髪……」

「きっと聖女さまの生まれ変わりじゃあ……なんまんだぶなんまんだぶ」

「悪霊派のやつらにバチを当ててくだせぇ!」


 鬼襲撃事件の翌朝である。


 早朝であると言うのに旅籠へ集結し、口々に礼を述べる村長、旅籠の女将さん、村人の面々に別れを告げ、俺たちは出立した。


 どちらかと言えば、あまりにもお礼を言われまくったんで恥ずかしさの余り逃げ出した、ってのが正解に近いけど。

 ま、急いでるのも事実なんだがね。


 今、こうしている間にも鬼は侵攻を開始しているかもしれないのだ。

 オーガキングやオーガロード並みの力と知性を持つモンスターならば、その蹂躙速度も生半可なものではなかろう。

 街は破壊され、金品は奪われ、人々は殺戮され……そして喰われる。


 そう、ヤツらは人喰い鬼なのだ。

 それが判明した以上、悠長にしてはいられない。

 なんとしても街へ到達される前に殲滅せねば。


 しかし、俺が倒した、はぐれ鬼はこうも言っていた。

 『まさか人間を食うな、なんて言い出すとはな』とね。

 つまり鬼の頭領である酒吞童子は、配下の鬼たちに人を喰うなと命じてたわけだ。

 これをどう捉えるべきなんだろうね?


 百歩譲って好意的に解釈するなら、酒吞童子は妖怪総大将である宵闇ちゃんの要請を断った代わりに、人を喰わないよう鬼に制約を課したってところか。

 もし、そうだとすれば、多少なりと交渉の余地があると思う。

 少なくとも自らを律するのが可能な酒吞童子本人とは話が通じそうだ。


 だが、そんな頭領を戴く鬼たちが、何故急に侵攻を思い立ったのかはわからない。

 何か突発的に事情でも変わったのだろうか。

 例えば、酒吞童子が部下の謀反に遭い、死んでしまったとか。


 いや、それはないかなぁ。

 最強の鬼だって言うし、宵闇ちゃんから聞いた限りではそこまでの悪党でもなさそうなんだよね。

 だからこそ余計に疑問なんだけど……


「お父ちゃま。あすこに見えるのが大江山でありんす」

「おっと、そうかい。なら手前の森から徒歩に切り替えよう。みんな、準備しておくれ」

「はーい!」

「はいなのじゃ!」


 元気な返事と共にガサゴソやりだす娘たち。

 その間に荷車は森へ入り、少し進んだところに手頃な空き地を見つけて停車した。

 必要な荷物を降ろし、荷車に【擬態】のスキルを施す。

 これで盗賊やモンスターに奪われる心配はあるまい。


 俺は降ろしたばかりの大きな荷を担いだ。

 これが無駄にならないことを祈りながら空き地を後にする。


 森はそれほど鬱蒼としているわけでもなく、陽光も程よく入り込む。

 生き物も多数生息しているようで、あちこちから小鳥のさえずりが聞こえた。

 そして、獣道と言うにはかなり幅のある踏み固められた道を俺たちは進んでいる。

 多分、鬼が通ることによって出来たものであろう。

 何よりも、証拠となる大きな足跡がいくつかあった。


 ただ、その足跡は森の外へ向かっているものだけである。

 これはきっと、我々が倒したはぐれ鬼の足跡だろう。

 仮に20体もの鬼が通ったのなら、もっと入り乱れているはずだからだ。

 つまり、酒吞童子を始めとした鬼の軍勢はまだ大江山にいる……とは断言できないが、可能性は高い。


 別の道がないとも限らないからね。

 決めつけるのはまだ早い。


 ちなみに、隊列の先頭を務めるのはリーシャだ。

 続いて二番手を死守したマリー。

 じゃんけんに敗れ、三番手に甘んじたアリスメイリス。

 最も危険な殿しんがりを希望し、あえなく俺に却下された四番手の霞ちゃん。

 無論、殿は宵闇ちゃんを肩に乗せた俺である。


 リーシャは前方に注意しながら進み、マリー、アリスメイリス、霞ちゃんは左右を警戒していた。

 後方は俺の勘と宵闇ちゃんの気配読みで賄う。


 生憎、後ろには目が付いてないんでね……


 時折、ガサリと茂みが動くものの、今のところは小動物が顔を出すばかりで妖怪さえ見かけてはいない。

 鬼の根城が近いせいだろうか。


 とは言え、緊張を弛めるわけにはいくまい。

 見張りの鬼がいないとも限らぬ。

 目前に迫る大江山を見上げて俺は言った。


「そろそろ山に入るから各自警戒を怠らぬように」


 全員が大きく首肯した。

 声を出さないのは鬼に気付かれるのを避けるためである。


 うーむ。

 みんなわかってるねぇ。

 立派な冒険者になったもんだ。


 俺は満足気な笑みを浮かべつつ、大江山に踏み入る。


 途端、空気が一変したと感じた。

 異様に張り詰めているような、そんな気配。


 何らかの結界に入り込んでしまったのかとも思ったが、そう言うわけでもなさそうだ。

 当然、魔導結界も張られてはいない。

 この山そのものが霊山である可能性もある。

 しかしその場合、もっと厳かであったり、神聖な雰囲気が漂うはず。


 でも、全然そんな感じじゃないね……

 こりゃ鬼たちに気付かれていると思ったほうが良さそうだ。


 更なる要警戒の指示を出し、出来るだけ足音を殺しながら上へ向かった。

 林立した樹木の合間を縫うように進む。

 馬鹿正直に山道を登るほど間抜けではない。

 道など、見張る対象の最たるものだ。


 森に入る前、遠目からこの大江山を確認した際、中腹あたりにぽっかりと樹木の無い部分があった。

 20体もの鬼が暮らすとすれば、それなりに広い場所が必要であろう。ならば木を切り倒して広場を作ったのかもしれないと目星をつけておいたのだ。

 俺たちはそこを目指している。


 ある程度近付いたところで【走査スキャニング】のスキルを発動。

 やはり鬼は空き地に固まっているようだ。

 しかし動き回る様子もないのが多少不審であった。待ち伏せだろうか。


 ま、ここまで来たら不意打ちもないだろうし、逃げ隠れする必要はないね。

 堂々と正面から行こう。



 そんな決心をして広場に乗り込んだ俺たちを待っていたのは、驚くべき光景であった。




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