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ツーマンセル



 キャアアアアアア


「!?」


 三匹の鬼を倒し、戻ろうとした時だった。

 明らかな悲鳴。


 よりにもよって、旅籠の方角から────


 まさか、まだ居るのか!?


 収めた大太刀【羽斬丸ハネキリマル】を再び抜刀する。

 多少痛む足腰に全力疾走を命じた。


 もしもの場合に備え、残してきた娘たちには作戦を伝えてある。

 それに従っているなら、鬼と対峙したとて簡単に負けはしまい。

 ただ、敵の数に大きく左右される。

 大群ならば危うい。 


 迂闊だった。

 俺が鬼に問うたのは『何度も村を襲っているのは貴様らだけか?』である。

 しかし、頭に血が上っていたとは言え、俺は『何度も村を襲っているのは貴様ら三匹(・・)だけか?』と問うべきだったのだ。

 旅籠の女将さんが『三匹』と言っていたのと合致したせいで、俺はそれ以上の鬼がいないものだと思い込んでしまった。

 闇夜に乗じた別動隊がいたとしたら、総数の把握など村人に出来るはずがない。


 とは言え、こいつらは『はぐれ鬼』。

 頭領である酒吞童子に背き、独断で行動しているのは確認済みだ。

 つまりそれほど数は多くないと思われる。

 他にいたとしても、せいぜい二匹か三匹だろう。

 ならば娘たちで充分対処できる。 


 頭ではそうわかっていても、俺の脚は止まらない。

 むしろ加速した。


 子煩悩でも心配性でも結構!

 何とでも呼ばわるがいいさ!


 旅籠へ近付くにつれ、松明や提灯の灯りが見えてくる。

 村人たちのものだろう。


 そして剣戟のような激しい音も聞こえた。

 こちらは娘たちのものに違いあるまい。

 やはり何者かと交戦中なのだ。


「やぁっ! とおっ!」

「ぬっ! ぐっ!」


「はっ! せいっ!」

「ちぃっ! このっ!」

 

 見ればマリーは赤鬼と、リーシャは青鬼と闘っていた。


「そこじゃ!」

「ぐふっ! 小童がちょこまかと!」


「ちぇすとぉぉ! でござる!」

「がはっ!? この小娘がぁぁ!」


 牽制するマリーと連携してアリスメイリスが赤鬼へ攻撃を仕掛け、リーシャによる攻撃の合間を縫うように霞ちゃんが青鬼へ手傷を負わせる。


 見ろ。

 やはり心配はいらなかった。

 娘たちは俺の指示通り、『ツーマンセル』で闘っていたのだ。


 要はマリーとアリス、リーシャと霞ちゃんの二人一組で闘う戦法である。

 この二組はこれまでの道中にて、ずっと特訓パートナーを組んでいた。

 それ故にお互いの得手不得手を熟知している。

 つまり、弱点を補い合えると言うことだ。


 現に鬼らは防戦一方で、身体のあちこちから血を流している。

 娘たちに対抗するなら、鬼も連動した攻撃を仕掛けるのがベストなのだが、忠光が言っていた通り頭はそれほど回らないらしく、個々で闘うと言う愚行を繰り返すばかりであった。

 小娘などと侮っている鬼たちに勝ち目はない。


 俺は加勢の必要なしと判断し、大太刀を納めて村人のもとへ向かう。


「女将さん。悲鳴が聞こえましたけど、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ、お坊さま。あたしゃ大丈夫だよ。でも、避難中に何人か襲われて……」

「怪我人がいるんですね? どこです?」

「中で寝かせてあるよ……でももう虫の息で……」

「わかりました。中ですね」

「あ、ちょっと! お坊さま! お子さんがたが鬼と……!」

「あぁ、それこそ大丈夫ですよ。ああ見えて子供たちは冒険者ランク……じゃなかった、浪人格付けが高いので」

「……だ、だけども、あっちの鬼は……? まだちょっとしか経ってないさね……」

「倒してきましたよ。だから安心してください」


 ポカンとする女将さんを残し、旅籠に入った。


「……うぅ……」

「いてぇ、いてぇよぉ……」

「…………ぅ……」


 数名が土間に敷かれた茣蓙ゴザの上に寝かされていた。

 一人は腹を抑えた手の隙間から内臓がはみ出し、もう一人は足が付け根から千切れかけ、更に全身の骨を砕かれたのか、歪な形となった者までいる。


 これは惨い。


「お、お坊さま……あたしゃ薬師なのですが、もう手の施しようもなく……」


 怪我人を診ていた老婆が振り返ってそう言った。

 そうであろう。

 もはや薬でどうこうできる問題ではない。


「俺が診てみます」


 左の導術、右の癒術。

 その魔導原則に従い、俺は右手に生命力を集めた。

 緑色に淡く輝く右手を広げ、もっとも死に近い全身を砕かれた男に向ける。

 首の骨も折れているが、まだ息はあった。

 ならば間に合うかもしれない。


 シュウウゥゥウウ


「……こ、これは癒術……! なんと力強く、温かな光なんじゃ……!」


 薬師の老婆が目を見張る。

 みるみる治癒していく様子に、今度は目を剥いた。

 骨を元の位置に戻し、接合する。一先ずこれで危機は脱したはずだ。


「と、とんでもない神通力じゃ……! お坊さまは神か仏の化身かのう……!?」

「いえ、俺はしがない元料理人ですよ」


 ポカンとする老婆を残し、俺は次の者の治療に取り掛かった。

 足が千切れかけた男である。


「お婆さん、彼の足を固定しててくれませんか」

「あ、あぁ」


 寸断された骨と骨の位置を合わせ、老婆が押さえる。

 後は骨、筋肉、血管を繋ぎ合わせればよい。

 失血した血液は戻せないが、若い男でもあるしすぐに回復するだろう。


 ふぅ。

 足が残ってて良かったよ。

 流石に無いものは生やせないからね。

 ……試したことがないからわからないけど。

 さて、もう一人。


 残るは内臓がはみ出た男である。

 一見したところ、腸に損傷はない。

 なら話は簡単だ。


「お坊さま!? いったい、なにを……!」


 無造作に内臓を腹に押し込む俺を見て、老婆が素っ頓狂な声を上げた。

 この程度、牛の内臓調理となんら変わらぬだろうに。


「お婆さん、傷口を強く押さえつけてください。もっと強く」

「は、はい」


 右手から溢れる光が傷を塞いでいく。

 見た目は派手な怪我でも、この中では一番の軽傷だ。


 虫の息だった男たちは、既に安らかな寝息へと変わっている。

 痛みが消えて安心したのだろう。

 俺は桶の水で手を洗い立ち上がった。


「これで良し。お婆さん、後は任せましたよ」

「本当にありがとうございます。お坊さま……いや、大神の大権現さま!」


 神!?

 冗談はやめてくださいよ!

 俺はそんなに立派なヤツじゃないんです!


 老婆の羨望に耐え切れず俺は旅籠から逃げ出た。

 同時に歓声が巻き起こる。


 半分は俺の癒術を目撃した村人から、もう半分は今まさに鬼を倒した娘たちに向けられたものであった。


「パパ! かったよ!」

「マリーお姉ちゃんとのコンビなら楽勝なのじゃ!」

「ああ、よくやったね。偉い偉い」


 駆け寄って抱き着くマリーとアリスメイリスの頭を撫でる。

 弾ける笑顔がなんとも愛らしい。


「リヒトさん! やりました!」

「拙者たちも褒めてほしいでござるよ、リヒト殿!」

「勿論さ。二人とも見事な連携だったね」


 労うようにリーシャと霞ちゃんの頭も撫でた。


 そんな俺たちの様子に、村人たちは更に熱狂的な歓声と拍手を送るのであった。



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