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鬼の軍勢



「た、大変でありんす~!」


 広間へ飛び込んできた宵闇ちゃん。

 ただならぬ様子は何事かあったものか。

 その報告をするために宵闇ちゃんは真っ直ぐ忠光のところへ……向かわず、俺に突進してきた。


「お父ちゃま~! 大変なのでありんすー!」

「おっと……あ……」

「……おい」


 宵闇ちゃんを抱き止めようとした忠光の両手が空を切る。

 広間に、いたたまれない空気が漂った。

 当の宵闇ちゃんは俺の背にすがりつき、『大変大変』と繰り返す。

 息子のように思っている忠光の胸に飛び込むのは、母親代わりとしてのプライドが邪魔したのだろう。

 たがその代償に忠光のプライドはズタズタだ。彼の眼には母が息子(忠光)よりも男(俺)を取ったようにしか見えまい。

 

 大人組のリーシャ、霞ちゃん、お銀さんが『早くこの空気をなんとかしてください』と言いたそうな目で俺を見つめる。

 はっきり言って嫌な役目だが、最年長者としてはいたしかたあるまい。


「……宵闇ちゃん。どうしたんだい?」

「大変なのでありんす~!」

「だから何がだよ宵闇。ちゃんと答えろ」


 どうにか気を取り直した忠光が口を挟む。

 多少引きつった声音だが、俺たちは聞かなかったことにした。

 大人の対応である。


 などとアホなコントを繰り広げる俺たちだったが、宵闇ちゃんの一言で気分も空気も全て吹き飛ぶのであった。


ヌエによれば、『鬼の軍勢に動き有り』との報告が入ったのでありんす!」

「なんだと!?」

「鬼!?」


 鬼とはオーガのことである。

 オーガと言えば中央大陸でも結構な強敵として知られるモンスターだ。

 人型ではあるが、人間よりも遥かに屈強で、大きな身体をしているのが特徴。

 だが馬鹿力ではあっても、さしたる知性はない。奴らは脳にまで筋肉が詰まっているのだと揶揄されるほどに。

 つまり組織立った戦力があるならば、オーガの群れだとて十二分に対処できるのだ。


「頭の悪いオーガなんて、この藩の武士団なら余裕なんじゃないかい?」

「ですよね」


 一時は白百合騎士団に所属し、戦術を学んだリーシャが俺の言葉に同意する。

 しかし、忠光をはじめ、霞ちゃんやお銀さん、そして宵闇ちゃんは静かに首を振った。


「中央大陸のオーガと違って、こっちの鬼は人と同等か、上回る知性を持っているのでござるよ……」

「オレも聞いたことがあるぜ。向こうの鬼は頭に糞が詰まってるらしいじゃねぇか。そんな連中だったら楽勝なんだがなぁ」

「怪力のみであるならば、どうとでもなるのでございまするが……」

「鬼の軍勢は、その力量ゆえか妖怪総大将わっちの説得に応じぬ妖怪のひとつでありんす……」


「えぇー!?」

「そ、そうなんですか!?」


 口々にそう返され、驚くしかない俺とリーシャであった。

 知性のあるオーガと言えば、オーガロードやオーガキングなどが挙げられるが、それらと同等と考えるべきだろうか。

 だとすれば相当な脅威であり難敵と言える。


「忠光、なにか対策はあるんだろう?」

「それなんだが……悪い。兄者、ちょっと行って退治してきてくれないか?」

「ああ、わかっ……わかるかっ! なに『散歩してくれば?』みたいなノリで軽く言ってくれちゃってるんだ!?」

「だってオレ、動けないもの」

「はぁ!? ……あー、藩主だからかい?」

「だな。今オレが動けば春宮一派に隙を与えちまう。オレの不在中に攻め込まれでもしたらまずいだろ?」

「くっ……! 何と言う正論……!」

「安心しろって兄者。あいつらのことは前々から宵闇の手下てかを使って調べさせていたんだ。説得に応じない時点で叛旗有りと見てな。んでまぁ、ヤツらの勢力も概ねわかった。総数で20体と言った程度なのさ」

「お、多いじゃないか……!」


 どこに安心しろと言うのだろうか。

 オーガロードが20体もいたら、小さな街の二つや三つは滅んでしまう。

 とは言え、藩主も軍も動かせないとなると……

 広間に集った面々をグルリと見渡し、溜息を吐く。


 どう考えても適任者は俺しかいなかった。


「……はぁ……わかったよ。俺が行こう」

「すまんな兄者。迷惑をかける」

「頭なんか下げなくてもいいさ、忠光。俺たちは兄弟じゃないか」

「……兄者……(男気あるなぁ!)」


 お互いニヤリと笑いながら拳を打ち合わせる。


「じゃあ、鬼の現在地を教えてくれないか」

「ああ、それは簡単だ。ヤツらにゃ拠点がある」

「ほう。どこだい?」

「この藩を出て西へ二日ほど行ったところに大江山ってぇ山があるんだ」

「ふむ。西へ二日か」


 そのくらいの距離なら全力を出せば半日程度で到着できるだろう。

 足腰が持つか心配だが。


「必要なものがあれば用意させる。何でも言ってくれ」

「うーん。食料くらいかな」

「……それだけか?」

「え。他になにか要るっけ?」

「いや、いいんだが(すげぇな……兄者のほうがよっぽど散歩気分じゃねぇか!)」

「じゃ、早速行ってくるよ。おっと、ひとつ確認しておくが、鬼は別に始末しても構わんのだろう?」

「あ、あぁ、勿論だ……(うぉぉ……! その眼光、ゾクゾクするぜ……!)


 準備をするべく立ち上がろうとした時。


「私も行きます!」

「わたしも!」

「わらわもじゃ!」

「拙者も!」

「このお銀もでございまする!」

「お父さん、私も行きたい」

「あー、わたしも行く~!」


 何と、忠光と宵闇ちゃんを除く全員が綺麗な挙手をした。

 言い出しそうな気はしていたが、まさか全員とは。


「だっ、ダメダメ! 俺一人でいいって!」

「落ち着きなんし! お父ちゃまが困っているでありんしょう!」


 宵闇ちゃんが俺に加勢してくれた。

 流石は妖怪総大将。小さくともなかなかの威厳である。


「案内役のわっちとお父ちゃまだけで充分でありんす」

「!?」


 きみも行く気満々じゃないか!

 さては狙っていたね宵闇ちゃん!


 まぁ、確かに土地勘のない俺にとって案内役がいると言うのは有難い。

 それに、道中で妖怪と遭遇した場合、宵闇ちゃんがいれば無駄な戦闘を回避できるのではなかろうか。


「で、ありんしょう? お父ちゃま」

「そうだね。一緒に行ってくれるかい?」

「お父ちゃま……! 勿論でありんすぅ~! すりすり」


「あー! よいやみちゃんズルい!」

「抜け駆けなのじゃ!」


 ブーブーとブーイングを飛ばす娘たち。

 そこへ大人組も加わり、てんやわんやになりつつあった。

 収拾がつかなくなる前に手を打たねば。

 つまり、結局連れて行くしかないらしい……


「いいかいきみたち。今回は迅速さが決め手となる。出来れば鬼が山を下りる前に決着を付けたい。わかるね?」

「そーそー、お父ちゃまの言う通りでありんす」


 同行が既に決まっている宵闇ちゃんは余裕のドヤ顔であった。


「それに、東大陸こちらの鬼はオーガロードと同等だと思ったほうがいい。相当な危険を伴うはずだ」

「いや、兄者。あいつら基本バカだぞ?」

「余計な茶々を入れないでくれよ忠光! 今説得中なんだから!」


 って、鬼はバカなのか!?

 ま、まぁいい。それを問うのは後回しだ。


「取り敢えずメンバーは俺が決めるから、各自納得するように。これは家長としての決定だからね」


 渋々と言った感じに頷く面々。


「流石に俺と宵闇ちゃんだけじゃ一度に20体もの鬼は対応しきれないと思う。なので、最低限の戦闘人員を選ぶよ」


 ゴクリと喉を鳴らすみんな。

 なぜか忠光までも。

 行けないと自分で言ったくせに、選んで欲しいのだろうか?


「リーシャ、霞ちゃん、マリー、アリス。一緒に来てくれ。お銀さんは残ってアキヒメとフランの護衛を頼む」

「はい! リヒトさん!」

「はいでござる!」

「はーい! やったー!」

「お父さまはわかっておるの~!」


「えぇ~!」

「わたしは~!?」

「い、居残りでございまするか……主さま……シクシク……」


 異論があろうともこれは決定です!



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