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バカ師匠



「リーシャの師匠って……」


 以前に聞いた覚えがある。

 あれはシャロンティーヌさまのお城へ慰問に訪ねた時だ。


 リーシャにほんの少しだけ剣技を教えたところでとんずらした、とんでもない人物。

 しかも前払いの授業料を持ったまま。

 名は確かアザトース。


 そいつはなんと、あの【剣聖】オルランディさまに師事していたと言う。

 つまり、リーシャとアザトースの剣技は、オルランディさまの系譜なのだ。

 冒険者ギルドの創設者にして、当代最強の剣士。国王陛下の信頼も厚い【神聖騎士団】団長オルランディさまの。


 そんな歴史に残すべき素晴らしい剣技を、東大陸の、それも卑しい暗殺者風情が……?

 バカな。


「勘違いじゃないのかい、リーシャ」

「……私もそう思いたいですけど……師匠の剣技はオルランディさまから教わったものに、独自の解釈を加えているんです。だから見間違えるはずがありません……」

「そ、そうなのか……」


 リーシャの剣技なら特訓の折に散々相手をしたので良く知っているが、先程の賊が見せたものと脳内で比較してみても、正直俺には違いがわからなかった。

 むしろリーシャのほうが優れているとさえ思える。


 いや、問題はそこではない。

 暗殺者は間違いなく春宮とうぐう一派、もしくは悪霊派の手の者であろう。

 それはアザトースが敵にくみしていると言う事実を意味する。

 つまり、ヤツはこの東大陸に居る、ないしは居たのだ。

 しかし何のためかはわからない。


「もう……いいです……」


 ボソリと呟くリーシャ。

 真意が推し量れず、顔を見合わせる俺と忠光、そして宵闇ちゃん。

 ただ、ワナワナと身震いしているリーシャから凄まじい熱量を感じる。


「……」

「……!?」


 忠光が『兄者が聞けよ。彼氏だろ』と言った風に眼で促す。

 こいつ、俺に押し付けやがった。ズルい。

 宵闇ちゃんは既に俺の後ろへ退避している。

 可愛い。

 が、やっぱりズルい。


 でもまぁ、この中ではやっぱり俺が適任なんだろうね……


「な、なにがだい、リーシャ……?」


 意を決して、おっかなびっくり尋ねてみる。

 猛獣の檻に飛び込む気分だ。


「あのバカ師匠! わざわざ東大陸まで来て人様に迷惑をかけるなんて! 見つけたら絶対に張り倒してやります!」

「ヒッ!」


 リーシャが放つあまりの気勢に、小さく悲鳴を上げる俺たち三人。

 大の大人がなんと情けない。

 だが怒れるリーシャの恐怖は万国共通だと知り、何故か嬉しくもあった。


「なに笑ってんだよ兄者。いいから早くリーシャ嬢の怒りを鎮めてくれって」

「あれほどの気炎では、わっちも近付けぬでありんす!」


 あふん。

 左右から脇をつつかないでくれ。

 変な声が出ちゃうだろ。

 ええい、俺に任せておけ。

 怒りの暗黒面ダークサイドに堕ちたリーシャにはこうするのが一番なんだ。


 俺は、そろりそろりと彼女の背後に回る。

 そして、今にも見えない敵を殴りつけそうな腕ごと抱きしめた。


「……! リヒトさん……」

「落ち着こうリーシャ。まだアザトースがこの地にオルランディさまの剣技を伝えたと決まったわけじゃない」

「……でも」

()にもなにか理由があったのかも知れないだろう? 春宮に脅されて、とかさ」

「そう……ですね」


 急激に怒りが冷めていくリーシャを見て、『おぉ~!』と驚きの声を上げる忠光と宵闇ちゃん。

 見たか。俺のラブパワーを。


「さぁ、まだ夜明けまで時間がある。もうひと眠りしよう。眠れないなら俺の手を握って……」

「あの、リヒトさん。師匠アザトースは女性ですよ?」

「えぇぇえ!?」




 と言うわけで二度寝からの翌朝。


 我が一家は忠光と共に遅めの朝食を摂っていた。


「いやぁ、兄者がくれた助言のお陰でグッスリだったぜ」

「そうか(暗殺者に襲われたってのによく眠れるもんだ……)」

「兄者が言った通り、二度目の襲撃もなかったしな」

「まともな頭脳の暗殺者なら、忠光の警護は厚くされていると考えるはずさ。そうなれば再侵入は非常に困難だ。俺だったらそんなリスクは冒さず、次の機会を狙う。だが余程のバカでない限り、ほとぼりが冷めるまでしばらくは来ないだろうね」

「なるほどなぁ。流石だよ兄者」


 みんなから送られた称賛の視線。

 お陰で気分良く美味しい朝食をいただけた。


 今朝のメニューは真っ白なお米に、サーモン(こちらでは鮭と言う)の塩焼き、ひじきと言う海藻の煮物。大根を炊いた、ふろふき大根。海苔ノリと言う海藻を薄く乾燥させたもの。ネギのお味噌汁。そして生卵。

 東大陸の料理を総じて『和食』と言うそうなのだが、中でもこれらは朝食の代表例らしい。


 驚いたね。

 卵を生のままご飯にかけて食べるなんて。

 しかもそれがやたらと美味いから余計に困ってしまう。

 うーむ。『真・子豚亭』でも出すべきかな。

 お酒を飲んだ後のシメなんかにも良さそうだ。


 大満足の食事を終え、まったりとした空気の中、ちょっとした事件が起こった。


「お父さま、お父さま」

「ん? どうしたんだいアリス」


 トコトコやってきて俺の膝に座るアリスメイリス。

 甘えたいのかなと思ったが、どうやら違うようだ。


「ウェスタニア公爵代理から連絡なのじゃ」

「ブフッ! こ、公爵代理!? 秘書長じゃなくて!?」


 飲みかけのお茶を思わず吹き出す俺。


「……おい、兄者……」


 びしょ濡れの被害者、忠光が恨めしそうに俺を見る。


「す、すまない。いやそれよりも公爵代理ってなんだい!?」

「お父さまが不在の間、多少なりと決定権を持てるようにシャルさまが臨時でお与えになった役職なのじゃ」


 シャルロット王女が……?

 ならば国王陛下を通した公式のもので間違いあるまい。

 ウェスタニアさんには重責かも知れぬが、しばらく我慢してもらおう。

 彼女には本当に迷惑と負担を掛け通しだ。


 しかしアリスの分け身が公爵領にいてくれるってのは本当に便利だね。

 なにかあればこうしてすぐ連絡できるんだもの。

 あ、向こうのアリスが本体で分け身はこっちだっけ。


「それで、用件はなんだい?」

「城塞都市の外側に、もう一枚城壁を建造しても良いかと尋ねておるのじゃ」

「……うん?」

「前に中央大陸のモンスターも活性化しておると話したのは覚えてるかえ?」

「ああ、勿論」

「王都近辺もかなりモンスターが増えて、危険を感じた市民らが公爵領にも大勢流れてきておるのじゃ」

「なんだって……」

「それでの、城下町に入りきれない市民たちが城塞都市の周囲に住み始めてしまったのじゃ。じゃから城壁を増やすべきだとの意見が長老衆からも出ての」

「わかった。了承の旨をウェスタニアさんに伝えておくれ。予算は気にするなってね」

「早っ! 即決じゃのー。さすがお父さまなのじゃ」

「人々を危険に晒したままにするわけにはいかないからね。これは元々の領民たちを守るためでもあるんだ」


 しかし、まさかそこまで事態が深刻化してきているとは……

 中央大陸の様子を見たいものだが、今は叶わぬ願いだ。

 

「公爵代理にしかと伝えたのじゃ! ……わわっ! ど、どうしたのじゃリル? わっ、ひゃっ! くふふふ! そんなに顔を舐めてもお父さまには会えぬのじゃ~! くふふふ!」

「リル?」

「わらわがお父さまと話しておると知って大騒ぎなのじゃ。余程お父さまに会いたいようじゃの~!」


 そうか。

 子フェンリルのリルとも長いこと離れ離れだもんなぁ。


「わたしもリルにあいたい!」

「リルってあの真っ白な子犬? マリーちゃんがこっそり学校に連れて来てたよね」

「アキヒメちゃん! シーッ! それはないしょ!」

「ふわふわでとっても可愛いの~」

「頭もいいし、リヒトさんに良く懐いてますもんね。あ~、私も会いたくなってきちゃいました」


 なにやら聞き捨てならない言葉も聞こえたが、俺も娘たちやリーシャと同意見であった。





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