おっさん、挑まれる
「武士団の中にも納得してねぇ連中はいるんだ。いくら殿が認めたっつってもなぁ?」
「おい、弥三郎。リヒトハルトさまに失礼だぞ」
「隊長は黙っててくださいや。聞けばこの方は殿の兄貴分になったって言うじゃねぇですか。だったら、さぞやお強いんでしょうぜ!」
ヤサブロウと呼ばれた大柄な男は、これ見よがしに胸を反らし、不敵な笑みを浮かべた。
指揮官はどうしたものかと俺や忠光に何度も視線を向ける。
ま、こう言うタイプの荒くれ者はどこにでもいるもんさ。
中央大陸でも若い冒険者連中はだいたいこんなものだし、血気盛んなのは若者の特権だ。
それにこいつの言ってることも理解できる。
外様でポッと出の俺が、いきなり藩主の義兄弟になったからって偉そうに口出ししてきたら、そりゃ納得いかないよな。いくら『聖女の再来』なんて威光があったとしてもね。
「さぁ、立ち合うのか立ち合わねぇのか、はっきりしてくれや。もし立ち合わないってんなら、あんたに従う者は誰もいませんぜ。なんなら『腰抜け』って仇名にしましょうか」
「こ、こら! 殿の御前だぞ!」
鼻息の荒いヤサブロウをなんとか諫めようとアタフタする指揮官。
ご苦労様としか言いようがない。
「……弥三郎。貴様の腕前はオレも良く知っているが、どうやら人を見る目はまだまだのようだな」
「殿!?」
「どうだろう兄者。この阿呆にほんの少し実力の片鱗を見せてやってくれないか?」
なんとも良い笑顔の忠光だったが、こめかみに浮かぶ青筋を俺は見逃さなかった。
多分、義理とは言え身内となった俺がバカにされたからであろう。
つまり忠光は『やっちまえ』と暗に言っているのだ。
意図はわからぬでもないが、自分の部下に対しそれでいいのだろうか。
だが、他の武士連中の表情を見るに、これはやらねば収まらないとも思う。
俺も舐められっぱなしなのは気に入らない。
ここで実力差をはっきりさせておかねば、後々の士気や忠光の沽券に関わる。
「……よかろう。俺に文句のある者、承服しかねる者は全員前に出ろ」
睨みを効かせ、敢えて高圧的に言う。
しかし流石は鍛え上げられた武士団。
この程度で怯む者はいなかった。
そうでなくては困る。
彼らはこれから国のトップである春宮一派と、更には魔神やその眷属に立ち向かうのだから。
そして、俺の威嚇にもめげず、前に出てきた者はヤサブロウを始めとした5名。
蛮勇だとしても果敢であると言えるだろう。
「お前ら、真剣を使え。それでも半殺しじゃ済まないかも知れんぞ。覚悟しておけ。ふははは」
無論、俺のセリフではない。
腕組みドヤ顔の忠光だ。
良い藩主とはとても言い難いせせら笑いであった。
この藩の行く末が多少気がかりになる。
「武士団総員に告ぐ。貴様らもよく見ておくがいい。無謀にも兄者に挑んだ弥三郎たちの哀れな末路をな」
おいおい。
マジでなんてことを言うんだいきみは。
煽りにしても酷すぎる。
まぁ、忠光にしてみれば、己の人を見る目が疑われたようなもんだし、頭に来てるのかもしれないけどさぁ……
一応、それほどまでに俺を信頼してる忠光の気持ちには応えてやるつもりだがね。
「じゃあまずはオイラから……ん?」
俺の前に進み出てくるヤサブロウを左手を広げて制する。
当然、彼は不思議そうな顔になった。しかし、すぐに顔を引き締めて身構えたのは、俺が魔導……東方大陸で言う妖術を使うかもしれないと思ったからであろう。
流石に良く鍛えられている。
が、俺は別に魔導を使う気はない。
「きみ一人では物足りん。全員でかかってこい」
「……へ?」
オォォオ……
言われた意味がわからず、抜けた声を漏らすヤサブロウ。
言った意味がわかり、どよめく武士連中。
「……! いい度胸じゃねぇか……! そんなヒョロい身体でよぉ……よし。テメェら、行くぞ」
ヤサブロウの声に、俺を取り囲む武士たち。
5対1。
普通に考えれば劣勢もいいところだ。
だが俺には無敵の肉体がある。
謎のステータス、【+SSS】付きの肉体が。
それにしても失敬だなぁ。
俺の身体はヒョロいんじゃなく、引き締まっているんだよ。
ヤサブロウと違って、ね。
「……」
「どうした? いつ始めてもいいぞ」
「……あんた、得物は抜かねぇのかよ?」
「なんだ、抜いて欲しいのか」
「丸腰のヤツを斬っちゃ武士の名折れだ」
「ほう、良い矜持だな。わかった、きみの気概に免じて抜こう」
俺は背中の大太刀【羽斬丸】をヌラリと引き抜く。
神刀は陽光を受け、鈍く煌めいた。
「……な、なんだあの長さ……」
「いや、それよりあんなもんを片手で……」
「リヒトハルトさまってとんでもねぇ人なんじゃ……」
「ワッハハハ、やはり兄者はすげぇな!」
外野が何やらごちゃごちゃ騒いでいる。
この程度で驚いてもらっても困るが。
「な……」
「おい、コケ脅しにビビるな! 一斉に行くぞ!」
「お、おお!」
「うおりゃああああ!」
腐っても忠光藩の武士。
すぐさま気合を入れ直して5人が一度に斬りかかってきた。
「これなら絶対に避けられねぇ!」
「終いよ!」
「ちぇすとおおお!」
ガガッ
俺は【羽斬丸】を肩に担ぎ、後ろ3人の斬撃を刀身で受け止めた。
しかし、前方にいたヤサブロウともう一人の打ち下ろしは、空いた左腕で受けるしかなかったのである。
その点では彼らの作戦が成功したと言えるだろう。
普通の相手ならば────
「獲った!」
「片腕じゃもう闘えまい! ……ん?」
「……バ、バカな……き、斬れていない……だと!」
「それどころか血の一滴も出ちゃいねぇ……!」
「なんなんだあんた……!」
驚愕に満ちるヤサブロウたち。
ざわめく武士連中。
────そして俺は普通ではない。
「なんだそりゃ!? 斬っても斬れねぇとか有り得ねぇだろ兄者! ワーッハッハッハ!」
「笑い事じゃありませんよ! 殿も知らなかったんですか!?」
「い、いや! 知っていたとも! 兄者の実力はな!」
忠光の嘘つきめ。
初めて見せたのにそんなわけなかろう。
「しかし、ありゃ【金剛体】か?」
「浪人技能のですか? いやぁ、あれは肉体を多少頑強にするくらいで、打撃ならともかく斬撃を完全に止めるなんて真似はとてもとても……」
「だよなぁ(マジですんげぇな兄者! ゾクゾクするぜ!)」
ピキッ
右手の【羽斬丸】を軽く振り払い、後ろ3名の刀と心を折る。
お銀さんから受け継ぎし、ドラゴンを斬ったとの逸話を持つこの大太刀。凄まじい切れ味だ。
「なっ!? ブッッッ!」
呆気にとられた左前の男に緩めの裏拳を叩き込むと、鼻血を撒き散らしながらフッ飛んだ。
返す刀で右にいるヤサブロウの顔面を左手で掴む。
「ぐおっ! は、放せ!」
もがくヤサブロウをゆっくりと地面に押し倒した。
指の隙間から驚愕に目を剥いているのが見える。
「う、嘘だろ……オイラがこんな優男に力負けを……!?」
俺は何か呻いているヤサブロウの喉元にヒタリと大太刀の刀身を当てた。
「どうやら勝負ありのようだが、まだやるかね?」
「くそっ! オイラは負けちゃいね……イッデデデデデ! 顔が、顔が潰れるゥ!」
顔面を掴んだ左手に軽く力を込めると、ヤサブロウは絶叫を放つ。
だが俺は『参った』を聞いていない。
なのでもう少し力を入れる。
メキメキ
「まだやるかね?」
「イデデデデ! わかった! わかりました! 降参します! もうやめてくれぇ!」
いや、もう少しならいいんじゃないかな?
口先だけかもしれないし、顔が骨折するくらいしないと。
なんなら見せしめに一人くらい犠牲になっても……
「あーっ! パパ! ぶしのおじさんをいじめちゃダメだよ!」
「その人は、わらわたちに雑貨屋の場所を丁寧に教えてくれたのじゃ!」
「!?」
突然聞こえたマリーとアリスメイリスの声で、ハッと我に返る。
同時に左手からも力が抜け、ヤサブロウを苦痛から解放した。
「す、すまないヤサブロウ。危うくきみを死なせてしまうところだった」
「……いちちち……い、いえ。失礼の数々、こちらこそ申し訳ありません。本当にお強いのですな、リヒトハルトさまは」
俺はヤサブロウと握手を交わし、そのまま彼の手を引き上げて立たせた。
「どうだ! 見たか貴様ら! これが兄者の実力だ! この御方がいる限り我らに敗北は無いと知れ!」
ウオォォオオオ
現金な忠光の宣言に、武士団から拍手と喝采が巻き起こったのである。




